第69話 クラウスとの再会 4

 そんな会話をしている間に、部屋の呼び出し音が鳴った。


 どうやら到着したようだ。


 怒り狂う父親と対面することは恐ろしいが、だからといって出ない訳にもいかない。


 レヴィはやれやれとため息をつきながらも立ち上がる。


 そしてドアを開けると予想通りに怒り狂った父親の姿があった。


「ぐっ!?」


 いきなり胸ぐらを掴まれるレヴィ。


 現場を離れたとは言え、れっきとした軍人の力なので、かなり苦しい。


「貴様よくも娘を傷物にしてくれたなっ!?」


「ぐ……う……っ!!」


 じたばたともがくレヴィ。


 誤解だと訴えたかったのだが、締め上げられすぎて声を出すことすら封じられてしまっている。


「お、お父様止めて下さいっ! それは誤解なんですっ! この人は私を助けてくれたんですっ!」


 慌てて止めに入るティアベルだが、父親の耳には届いていない。


 背後にはギルバートの付き添いの男も二人ほどいたが、止められずに困っていた。


 怒り狂う父親を止められる人間は誰も居ない。


「う……」


 レヴィとしては掴みかかってまで止めるぐらいのことはしてもらいたいと思ったのだが、如何にも大人しそうなティアベルにそれを求めるのは酷なのかもしれない。


「うぐ……」


 そろそろ締め上げられすぎて気絶してしまいそうだった。


 本気で抵抗すればなんとかなったかもしれないが、そうなるとレヴィも手加減出来なくなる。


 手加減出来なくなるということは、エミリオン連合軍で仕込まれた軍人としての動きを見られるということで、それはありがたくない。


 気絶覚悟で締め上げられ続けるしかないのだった。


 まったく、人助けをして締め上げられるなど、報われないにもほどがある。


 しかしそれは真っ黒な暴風によって中断された。


「あ」


「え?」


 思わず声を漏らすレヴィと、きょとんとなってしまうティアベル。


「人の連れに何をしているっ!」


「っ!?」


 気がついたらギルバートの方が思いっきり殴られていた。


 華奢な女性の拳に殴られたギルバートは思いっきり吹っ飛ばされてしまう。


 そして倒れたギルバートの前に仁王立ちしていたのは、怒れる猛獣マーシャちゃんだった。







 時間は少し遡る。


 パーティー会場で一旦レヴィ達と別れたマーシャは、そのまま最上階へと移動した。


 クラウスから伝えられている部屋に向かい、そして呼び出しボタンを押す。


 少し待つと中から人が出てきた。


「あの……」


 おどおどした、気弱そうな青年だった。


 普段は研究者と聞いているので、正装の経験があまりないのだろう。


 立派なスーツを着ているが、恐ろしく似合っていない。


 如何にも着慣れていないという感じだった。


「初めまして。クラウス・リーゼロックからこの部屋に来るように言われた者だが」


 マーシャはにっこりとその青年、ユイ・ハーヴェイへと笑いかける。


 ドレス姿の美女に笑いかけられて、ユイも赤くなってしまう。


「では、貴女がリーゼロック卿の言っていた投資家の女性ですか?」


「一応そういうことになるな。本職は宇宙船操縦者だが、投資家としてもそれなりに稼いでいる」


「それなりに、ですか」


「名前はマーシャ・インヴェルク。話を聞かせて貰ってもいいだろうか?」


「あ、はい。もちろんです。僕はユイ・ハーヴェイといいます」


 慌てて中にマーシャを招くユイ。


 この部屋にも慣れていないのだろう。


 動きがぎくしゃくしている。


 その様子が微笑ましかった。


 中の部屋はマーシャが取ったものと同じ間取りで、かなり広かった。


 豪華なテーブルとソファがあったので、ユイはそこにマーシャを促した。


 そして二人で向かい合う。


 そしてユイは飲み物を用意した。


 れっきとした交渉の場なので酒ではなくお茶を出す。


 この部屋に予め用意されていたものだが、品質はかなりいい。


 マーシャは用意されたお茶を飲む。


 すっきりとした味わいで、体内に残ったアルコール分を少しだけ吹き飛ばしてくれるような気分になった。


 正面に座ったユイの姿を改めて観察する。


 金髪にブラウンの瞳。


 年齢は二十代後半ぐらいだろう。


 こういった場には慣れていないようで、まだそわそわしている。


 なんとなく、研究一筋の人間なのだろうと思った。


 しかし研究にしか興味が向いていない訳でもないようで、ドレス姿のマーシャにちらちらと視線を向けている。


 それは交渉の場には必要のない、マーシャ自身への興味だった。


 マーシャは黙っていれば文句無しの美女なので、こうやって見惚れられることも珍しくはない。


 マーシャもそういった視線には慣れているので、適当に受け流しておく。


 しかしいつまでも見惚れられていては話が進まないので、早めに話を切り出すことにした。


 あまり長い時間レヴィと離れていたくないという、個人的な気持ちもある。


「資金援助をして欲しいということだが」


「あ、はい。そうなんです。ただ、金額がかなり大きいので、ミス・インヴェルクは大丈夫でしょうか?」


「大丈夫、とは?」


「その、あまりにも大きな負担になるようでしたら、最初から断ってくれてもいいという意味です」


「リーゼロック卿からは兆単位の金額が必要になると聞いている」


「はい。そうなんです」


「研究内容次第だが、その気になれば払える金額だ」


「そ、そうなんですか?」


 兆単位の金額というのは、宇宙船操縦者が片手間の投資活動で稼げるような金額ではない。


 しかしマーシャには可能だった。


 それだけの天才性を有しているのがマーシャ・インヴェルクという存在なのだ。


 ユイはマーシャの天才性を知らない。


 しかしマーシャの様子を見る限り、それが誇張でも何でもない、ただの事実だということは感じ取れたようだ。


「それよりも研究内容を聞かせて欲しい」


「あ、はい。僕は宇宙船の航行技術について研究しています」


「リーゼロック卿からはワープ航法と聞いているが」


「はい。一応、分類としてはそうなります」


「一応?」


「船単体での跳躍が可能な訳ではありませんから」


「となると、何か別の要素が必要になるということか?」


「はい」


「そうなると、推進機関に手を加えるという訳ではないようだな」


「はい。まったく別の要素になります。少し話題が逸れますが、宇宙には歪みを抱えた特殊な地場があることはご存じですか?」


 話題が逸れると言っているが、ユイの瞳には熱が籠もっている。


 これこそが本題に関係のあることなのだろうと感じ取ることが出来た。


 マーシャもそれを見て気を引き締める。


「もちろん知っている。そこに近付いただけで電波が乱されたり、船体が破損したりする危険な地場のことだろう?」


 船乗りの間では危険な場所として情報共有が行われている。


 不用意に近付けば大惨事になりかねないので、そういった情報は常に公開されることになっているのだ。


「ええ。僕たちが知る宇宙の中には、そういった危険な場所が沢山あります。僕はその磁場のことを『フラクティール』と呼んでいます」


「それは公式用語か?」


「いいえ。僕の造語です。研究解析するにあたって、名称があった方がいいと思いましたので」


「なるほど。そんな危険な場所を調べる意味は? もちろんあるんだろう?」


 宇宙の歪みは誰も近付けない危険な場所だ。


 マーシャにとってもその認識は変わらない。


 宇宙空間は未知の危険で溢れている。


 最新鋭の宇宙船シルバーブラストを保有しているマーシャだが、だからといって決して宇宙の危険を侮っているつもりはない。


 常に厳粛な気持ちで宇宙と向き合っている。


 また、そうでなければ船乗りになる資格などないと考えている。


 原因不明の電波の乱れ、近付くだけで計器が狂う特殊な磁場。


 そして不用意に近付けば宇宙船そのものが破壊される危険な場所。


 マーシャにとってそういう場所は人が干渉してはならない部分という認識だった。


 人が触れられない領域。


 マーシャも研究者なので、そこに踏み込むことはある。


 しかし宇宙空間においては、船乗りとしての厳粛な認識の方が上回っている。


 しかしユイはそこに踏み込んだ者だ。


 少しだけ興味が湧いてきた。


「もちろんありますよ。フラクティールは宇宙航行における新たな可能性を秘めています」


「というと?」


 ユイの声に興奮が混じる。


 どうやらここからが本番らしい。


 マーシャも興味が湧いてきたので先を促す。


「結論だけ先に言いますね。フラクティールは確かに危険な場所ですが、未来の宇宙航行においては最大の切り札となりえます」


「どういうことだ?」


「あの歪みこそがワープ航法を実現しうる自然現象なのです」


「………………」


「何の準備もないままフラクティールに近付けば、確かに計器は乱されますし、船体も破壊されます。しかし歪みの波長を合わせて近付けば、長距離ワープが可能になるのです」


「っ! それは既に実験済みのことなのか?」


 マーシャの声が少し震えた。


 興奮と期待が混じった震えだった。


 ワープ航法は宇宙航行における最大の課題であり、人類の夢でもあった。


 人為的にそれを行うことは研究者達の夢でもある。


 マーシャのシルバーブラストは航行速度こそ軍艦よりも上回るという自負があるが、それでもワープ航法までは不可能だ。


 星の海を本当の意味で自在に渡るには、まだまだ性能が足りていない。


 それが宇宙航行の限界でもある。


 しかしその限界は、限界のままではない。


 いつかは突破出来ると信じている。


 マーシャ自身も研究者の一人として、開発者の一人として、それを夢見ている一人なのだから。


 だからこそユイの話が本当ならば、投資を惜しむことはないだろう。


 実用段階になったら真っ先に試したい。


 いや、真っ先に試す権利を主張する。


 その為にも自分が投資をしなければならない。


 期待に満ちた銀色の瞳に射貫かれて、ユイは少しだけ後ずさった。


 しかし彼も本気で助力を望んでいるので、怯んでばかりはいられない。


 意を決してタブレット端末を取り出した。


 映像データを検索して、マーシャに見えるように差し出した。


「………………」


 マーシャはその映像の再生ボタンを押す。


「これが通常の状態でフラクティールに近付いた時の記録です」


「………………」


 実験機なのだろう。


 宇宙船にしてはかなり小さい。


 恐らくは自動操縦で近付いている。


 その結果は予想通りのものだった。


 フラクティールへと近付いた白い機体は、すぐにふらつき始める。


 それだけではなく、みし、きし、という音と共に機体が凹み、両翼が折れた。


 六秒ほどで機体が粉々になる。


 粉々になった機体はゆっくりと形を変えていき、やがて塵と化した。


「これが通常の状態だな」


「ええ。そしてこちらが波長を合わせた機体で近付いた映像です」


 続いて別の映像データを呼び出す。


 マーシャは再生ボタンを押した。


 これも無人機なのだろう。


 しかし先ほどの映像と違うのは、空間の歪みが更に大きくなったように見えたことだ。


 端から見ると歪みが酷くなったように映る。


「この歪みは……」


「フラクティールの波長を計測して、同じ波長の歪みを発生させています」


「そんなことをして機体は無事でいられるのか?」


「問題ありません。この歪みは同じ磁場を形成すると同時に、機体を護る防御フィールドとしての役割も果たしているのです。この技術を形にするだけでも一苦労でしたが、まあ見ていて下さい」


 この先こそを見せたいのだろう。


 ユイの声が子供のように弾んだものになる。


「………………」


 マーシャは食い入るように画面を見つめた。


 画面の中の機体が歪みに近付いていき、そして……消えた。


「っ!?」


 機体は一切破損することなく、その動きも淀みがなかった。


 計器類が狂った様子もない。


 ただ自然に、その場から消えた。


 破壊の後はどこにも無い。


 白の機体は傷一つ付かずに、宇宙のどこかへ消えたのだ。


「これは、どこへ消えたんだ……?」


 マーシャが食い入るように画面を見つめたまま、ユイへと問いかける。


 興奮を抑えられない口調だった。


「まだ分かりません。それを調べる為には更に大がかりな観測装置を積む必要があります。恐らくかなりの長距離を移動したのでしょう。移動先さえ分かればその場所に向かうのですが、現状ではそれもままなりません。とにかく機材を用意する予算が足りないのです。現状の僕に出来たのはここまでが限界なんです」


「………………」


 まだまだやりたいことはあるのに、予算が足りないせいで実行出来ない。


 研究者としてはもどかしくてたまらないのだろう。


 しかし予算がなければ研究は行えない。


 利益を生み出すかどうかも分からない研究に多額の予算を費やせるとは限らないのだ。


「あのフラクティールは確実にどこかの空間に繋がっています。あの機体の消失現象がそれを証明しているんです。その先を解明するには、どうしても資金が必要なんです。これが実用化されれば、人類の宇宙開拓は更なる拡大を見込めるでしょう。宇宙船航行における革命を起こすことが出来るんです」


「少し確認したいことがある」


「はい」


「この話をしたのは私が最初か?」


「いいえ。最初はエミリオン連合軍の技術顧問に、次は重工業をあちこち回りました。しかし誰一人としてまともに対応してくれた方はいません。絵空事だと鼻で笑われました」


「だろうな」


 この消失現象だけではワープの確証としては弱すぎる。


 ただ消えてしまっただけであり、二度と戻れない空間を彷徨っているだけということも有り得るのだ。


「ちなみにこの先へ進む為に必要な予算はどれぐらいだと見ている?」


「およそ千兆です」


「………………」


 流石にマーシャの顔が引きつった。


 それは研究予算として消費していい金額の限度を遙かに超えている。


「ミスター・ハーヴェイ。こう言っては何だが、もう少し抑えることは出来ないのか? いくら画期的な研究だといっても、その金額では誰も協力してくれないと思うぞ」


 クラウスが協力を拒否した理由も納得してしまう。


 クラウスならば興味を持ちそうな内容だと思ったが、流石に金額の桁が違いすぎる。


 下手をするとリーゼロック・グループが傾いてしまう。


 並の企業では無理だろう。


 国家で取り組むにしても博打の要素が大きすぎる。


 成果が上がらなかったら目も当てられない。


 天才的な投資の手腕を発揮するマーシャにしても、その金額を稼ぎ出すのは容易ではない。


 容易ではないだけで、不可能ではないというのが複雑なところだが。


 しかし実現出来るのならば、出してもいいと考えている。


 中小国家の年間予算を軽く上回る金額だが、成果が上がった時の恩恵は計り知れない。


 現状でマーシャが保有する資産の約七分の一だが、これで済むとも思えない。


 簡単には決断出来ないことでもあった。


「そうですよね。分かってはいるんです。でも必要な機材の調達や開発費用、改良費用を考えると、どうしてもそれぐらいは必要になるんです」


「………………」


 それは理解出来る。


 研究とはとにかく金食い虫なのだ。


 マーシャ自身にも覚えがあることなので、それは嫌というほど理解出来るのだ。


 彼女に協力してくれているブレーンも、恐ろしく金食い虫だ。


 先ほどユイが言った金額など、軽く消費してくれている。


 だから実用の見込みがあるのなら、是非とも協力したいと思っている。


 総資産の七分の一といっても、マーシャはその気になれば更に増やすことが出来るのだから。


 だからこそ、より確かなものが欲しい。


「他に資料はあるか?」


「え?」


「画像データだけではなく、この研究に対する理論固めをしている資料を見せてもらいたい」


「あの、でも、かなり専門的なことになりますが、大丈夫ですか?」


 ユイはマーシャの事を宇宙船操縦者にして投資家だと認識している。


 専門用語の羅列で埋め尽くされた研究資料を見ても理解出来ないかもしれないと心配しているのだろう。


「いいからそれを見せて貰いたい。私に分からなくても、分かる人間に心当たりがある。それに私も多少は分かるつもりだ」


「分かりました。少し待って下さい」


 ユイはタブレット端末を操作してから、研究データを表示させる。


 専門用語が八割を占めていて、素人には何が書いてあるかさっぱり分からない資料だった。


 ユイは心配そうな表情でマーシャにそれを渡す。


「本当に大丈夫ですか?」


「問題無い。私も多少の知識はあるからな。自分が乗っている宇宙船の開発にも多少は関わっているし」


「そうなんですか? それは凄いですね。操縦者にして投資家にして研究者って……かなり多才だと思うんですけど」


「否定はしない」


 多才である為に勉強もしたし、努力もした。


 その結果を、マーシャ自身は否定しない。


 それが今の自分を形作っているものだと、胸を張って断言出来る。


 そしてマーシャはそれらに目を通していく。


 そこに書かれている理論はとんでもないものだったが、それでも宇宙船がどういうものかを熟知しているマーシャにとっては、全く読み解けないほどのものでもなかった。


 ある程度は意味が理解出来る。


 そして出来てしまうからこそ、その価値にも気付いてしまう。


 ここに書かれていることは、一見すれば荒唐無稽な夢物語だ。


 しかし読み解ける者にとってはきちんと筋道が立った理論であり、研究を進めていけば実用化も不可能ではない、と思わせる内容だった。


 しかしそこにかかる予算もとんでもない金額になると予想出来る代物でもあるのだが。


「ど、どうですか?」


 ユイが不安そうにマーシャを見ている。


 本当に理解出来ているのか、そして資金援助の見込みがあると思ってくれているのか。


 それが心配だった。


 緊張するのも無理はない。


 しかしマーシャは即断したりはしなかった。


 見込みはあると思う。


 しかしこの内容を全て読み解ける訳ではないマーシャは、自分だけでは判断材料が足りないと思ったのだ。


「悪くない理論だとは思う。しかし私だけでは判断がつかないのも事実だ。だから前向きに検討する、とだけ言っておく」


「本当ですか!?」


 興奮気味にユイが顔を上げる。


 望んだ返答には届かなかったが、それでも見込みはあると言って貰えた。


 他の相手には見向きもされなかった研究を、少しだけ認めて貰えた。


 それが嬉しくて堪らないようだ。


「ああ。見込みはあると思う。しかしそれを確信する為には、私よりも詳しい専門家にこの資料を見て貰う必要がある。機密情報だということは理解しているが、その為にもこのデータのコピーを預かっても構わないか?」


「それはもちろん構いません。アドレスさえ教えて貰えば今すぐにでも送信しますよ」


「いや。少し落ちつこう。いくらなんでもそれは不味い。一応は機密データだろう? ネットワークを介して送るのは危険過ぎる」


「あ、そうですね。ですが予備の外部メモリーは現在持ち合わせがないんです。ミス・インヴェルクは持っていますか?」


「いや。私も持っていない。だが部屋に戻れば端末がある。それに直結してコピーさせてもらうのはどうだろう?」


「あ、そうですね。その方が確実ですね」


「では私の部屋に招待しよう」


「はい。って、えええええっ!?」


 マーシャの提案に頷きかけたのだが、その意味を誤解して慌てるユイ。


 どうやら妙な勘違いをしているようだ。


「じょ、女性の部屋にいきなりお邪魔するのは不味いですよっ! そ、その、心の準備がっ!!」


「………………」


 なかなか愉快な勘違いをしていると思った。


 この流れでどうしてそんな勘違いが出来るのかと不思議な気持ちになるのだが、女性経験が乏しいのだろうと思うことにした。


 女性の部屋にお邪魔したことすらないのかもしれない。


 研究一筋のタイプにはよくあるパターンだ。


「部屋に招待するとは言ったが、あくまでも端末を直結する為だぞ。変な意味は無い。一切無い。これっぽっちも無い。欠片ほども無い」


「あ……う……?」


 勘違いをしかけているユイにグサグサと容赦なく事実を突き刺していく。


 困惑気味のユイはグサグサと突き刺される度に正気を取り戻していく。


 一切、これっぽちも、欠片ほども。


 これ以上無く分かりやすく事実を突き刺していく。


 そしてとどめを刺した。


「それに部屋には私の連れもいるんだ。だから妙な心配はしなくていい」


「つ、連れ?」


「ああ。私はこれでも一途だからな。変な心配はしなくていい。連れの前で他の奴と絡むほど節操なしでもない」


「そ、そうなんですか……」


「そうなんだ。だから安心していいぞ」


「は、はい……」


 安心したのか、少しだけがっかりしたのか、ユイは複雑そうな表情だ。


 本気でそういう期待をした訳ではないのだが、言われてドキドキしてしまう程度には期待してしまった。


 マーシャは美人だし、スタイルもいい。


 そういう相手から部屋に招待されてしまったのだから、ほんのちょっぴりそういう期待をしてしまっても、それは仕方がないことだろう。


 きっぱりと否定されてしまったので、それは粉々に打ち砕かれてしまったが。


 研究一筋で対人スキルがほぼゼロであっても、異性に興味が無い訳ではないらしい。


「それでは私の部屋に行こうか。そろそろ連れも戻っているだろうし。ちょっとアホに見えるかもしれないけど、あまり気にしないで貰えると助かる」


「アホ?」


「ああ。アホにしか見えないけど、悪い奴じゃないから」


「どんな人なんですか」


「だから、アホな人だ」


「……?」


 部屋で待っているであろうレヴィのことをアホだと言い切るマーシャ。


 そこに込められた親愛の情を感じ取って、ユイは首を傾げた。


 罵っているのに嬉しそうだ。


 身近で大切な人だからこそ遠慮が無い態度というものに、彼は慣れていなかったのだ。

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