第42話 旅立ちと始まり 6

 しかしその懸念は無用のものだった。


 二人の反応はレヴィが呆れるぐらいにあっさりしたものだった。


「いいんじゃないですか。俺は賛成です」


「僕も賛成。アニキの好きにしたらいいんじゃない?」


「あっさりだな」


 反対されるとは思っていなかったが、ここまであっさりと同意されるとも思っていなかったので、レヴィとしては拍子抜けしてしまう。


「俺はずっと貴方を見てきましたからね。貴方が本当は何を望んでいるのか、理解しているつもりですよ」


「流石は長年の相棒だな」


「当然です」


 部下であった頃から頼もしい相棒でもあった。


 それは今も昔も変わらない。


 自分が何を望んでいるのか、きっとレヴィ以上に把握してくれている。


「貴方はずっと宇宙ソラを見上げていた。ずっと宇宙に還りたかった筈です。そして、あの子のこともずっと気になっていた。その二つが同時に目の前に現れたのですから、前に進まない理由は無いでしょう」


「まあ、そうだな」


 トリスのことは残念だが、マーシャに会えただけでも嬉しかった。


 マーシャ達の安全の為にも接触はしないでおこうと決めていたのだが、そんな心配など無用なぐらいに逞しくなっていた。


 きちんとした身分も用意して、亜人としても堂々と人前を歩けるようになって戻ってきてくれたのだ。


 こんなに嬉しいと思ったことも久しぶりだった。


 ずっと何かを諦めながら生きてきたレヴィにとって、久しぶりに心から清々しいと思える時間を過ごすことが出来たのだ。


 それだけでもマーシャに感謝したいぐらいだ。


 そしてスターウィンド。


 生まれて初めて、レヴィが自分自身の手足として相応しいと思えた機体。


 過去にいくつもの戦闘機を操ってきたが、どれも満足出来るものではなかった。


 操縦そのものは楽しいのだが、レヴィの能力を十全に活かせる性能を持った機体に出会えたことはなかったのだ。


 どこかでレヴィが手加減して、合わせなければならなかった。


 自分の能力を抑え込んで、機体に対して手加減しなければならなかったのだ。


 戦闘機とはそういうものだと思っていた。


 しかし、違った。


 初めて操縦したスターウィンドは、レヴィがこうしたいと思うことを十全にこなしてくれた。


 レヴィの望みを余すところなく叶えてくれた。


 初めて、自分の手足として相応しいと思える機体に出会えたのだ。


 スターウィンドはレヴィの為だけに造った特別機エクストラワンだとマーシャが言っていた。


 レヴィの能力を把握して、それを思う存分活かせるようにしたい。


 マーシャの想いが籠もった機体。


 もう一度あの操縦桿を握りたかった。


 そして星の海を飛び回りたかった。


「スターウィンドに乗った時の貴方は、とても楽しそうでしたからね。俺としては、もう一度、いえ、何度でもああいった姿を見ていたいと思えるんですよ」


「物騒な願いだなぁ。戦場ばっかりじゃねえか」


「別に戦場に限った話ではありませんよ。ただ宇宙を飛び回るだけでも構いませんし、ちょっとした腕試しで小惑星帯を飛び回ってもいい。貴方が楽しければ、それでいいんです」


「お前自身の望みは無いのかよ」


「貴方の隣で、貴方の力になることが、俺の望みです」


「………………」


 忠実すぎる相棒だった。


 しかしオッドは昔からそうだったのだ。


 常にレヴィの隣に居て、その力になってくれた。


 三年前の事件で命を救われてからは、それが更に顕著になった。


 しかし恩返しのつもりはないらしい。


 自分がそうしたいのだからそうするのだと言われては、レヴィとしても恩に縛られるなとは言えない。


 それがオッドの望みなら、好きなようにさせてやろうと思うだけだ。


 実際、その気持ちは理解出来ないものでもない。


 レヴィもオッドの力になりたいと思うのだから。


「いずれ俺自身の為だけの望みが見つかったら、その時は遠慮無く言いますから、それまでは好きなようにさせてください」


「なるべく早くその時がくることを願うよ。シャンティの方はいいのか?」


「僕? うん。僕もそれでいいよ」


「ここから引っ越すことになるけど、構わないか? 何処に行くかはマーシャ次第だが」


「いいんじゃない? いろんなところを旅するかもしれないんでしょ? 面白そう」


「そうか」


 少年らしい好奇心の方が上回っているようだ。


 成り行きで一緒に居ることになったシャンティだが、その気になれば独り立ち出来るだけの力は持っている。


 腕っ節は弱いが、電脳魔術師サイバーウィズとしての能力をフルで発揮すれば、一生遊んで暮らせるだけの金を稼ぐことも可能なのだ。


 しかしシャンティはレヴィ達について行くと決めていた。


 困っていた時に助けて貰った恩もあるし、二人と一緒にいるのは楽しい。


 それにマーシャやシオンについても興味がある。


 更に言えば、あのシルバーブラストの端末にも興味津々だった。


 あれはシャンティが今まで触れてきたどんな端末よりも高性能だった。


 あれを使ってシャンティの能力を発揮したらどれだけのことが出来るのか、興味は尽きない。


 軍相手にもあれだけやり合えたのだ。


 どこまでのことが出来るのか、是非とも試してみたい。


 マーシャにお願いすればあれを自由に使わせて貰えるかもしれない。


 そしてシオンと組んで何かに取り組めば、凄いことが出来るかもしれない。


 これは電脳魔術師サイバーウィズとしての純粋な好奇心だった。


「二人とも、ありがとう」


 オッドにも、シャンティにも、それぞれの理由がある。


 無理をしている訳でもなく、我慢をしている訳でもない。


 純粋にそうしたいからという理由でこれまでの生活を捨てることに、何の未練も見せない。


 その態度に感謝した。


「気にしないでください」


「そうだよ。楽しみなぐらいだしね」


「そうだな。実を言うと俺も楽しみだ」


「アニキが楽しみなのはマーシャさんの尻尾を触ることなんじゃないの?」


 シャンティがからかい混じりに言うと、レヴィは意外そうな顔になった。


 失礼な……とでも言うつもりだろうかと思ったのだが、その逆だった。


「何を言ってるんだ。それは前提条件だろう。あのもふもふを触らないなんていう選択肢が俺にある訳がない」


「………………」


「………………」


「あれからデートしてじっくり触らせて貰ったんだけどな。すげー気持ちよかった。最高の毛並みだな。一緒に旅をするようになったら、毎日俺がブラッシングしてやるのもいいかもしれないな」


「………………」


「………………」


 デレデレの表情でそんなことを言うレヴィに対して、なんとも言えない表情を向けるオッド達。


 しかし、敢えて何も言わなかった。


 何かを言えば、これまで大切にしていた感情が少しだけ崩れてしまいそうな気がしたのだ。


「……では、引き上げの準備をしなければなりませんね」


「そ、そうだね」


 一人もふもふの妄想に浸るレヴィを置き去りにして、オッドとシャンティは現実に戻った。


「シャンティも必要な荷物はまとめておけよ」


「大型家具はどうするの?」


「業者を呼んで引き取って貰う。宇宙船に乗り込むことになるから、荷物は最低限にしておいた方がいいだろうな」


「うん。分かった。最低限だね」


「あと、預金もレイス銀行に移しておいた方がいい」


「あ、そっか。スターリットを出たら、簡単に引き出せなくなるもんね。レイス銀行ならどこでも引き出せるし、便利だね。手数料は高いけど」


 レイス銀行は手数料が高い代わりに、宇宙のどこに居ても預金を引き出せるという強みがある。


 地域の制約に縛られる他の銀行に較べると、宇宙を旅する者にとっては使いやすい銀行となる。


「そういうことだ。そのあたりの処理はシャンティに任せる」


「うん。今回はマーシャさんからすっごい大金が入ったしね。しばらくはほくほくだよ、僕たちも」


「ちなみにマーシャについて行ったら月額でもかなり貰えるらしいぞ」


「マジで?」


「つまり、正式なクルーとして給料を支払うということですか」


「そういうことだ」


「しかし彼女は娯楽で宇宙を飛び回るつもりなのでしょう?」


「娯楽であっても俺たちに対する拘束時間はあるからな。正式なクルーとして、しっかりと給料は払ってくれるらしい。ちなみに俺が護衛の戦闘機操縦者、オッドは砲撃手、シャンティはオペレーターとして雇い入れるつもりのようだぞ」


「なるほどね~。マーシャさんなら給料も期待出来そうだね。運び屋も面白いけど、マーシャさんが何をするかっていうのは、もっと興味があるし」


「特に目標がある訳ではないようだな。適当に宇宙を飛び回るだけかもしれない」


「もしかしたら退屈するかもしれないってこと?」


「それはないだろう。マーシャだからな」


「何それ」


「あんなトラブルメーカーについて行って、退屈するなんてことがあると思うか?」


「ああ、なるほど。確かに今回の件もすっごいトラブルだったもんね。納得納得」


「………………」


 退屈はしないで済みそうだと思ったシャンティだが、オッドの方はトラブルばかり舞い込んできても困るという反応だった。


 彼は平穏無事な日常こそを愛しているのだ。


 しかしレヴィが乗り気である以上、付き合うしかない。


 レヴィが自分を必要としなくなるまで、あるいは自分だけの道を見つける日まで、オッドはレヴィに付き従うと決めている。


「じゃあ改めて、今後もよろしくな」


「もちろんだよ」


「ええ」


 それから三人は引っ越しの為の準備に追われるのだった。


 引っ越しというよりは引き払うだけなのだが、それでも数年暮らしてきたこの部屋から荷物を減らすのはかなりの苦労が伴った。


 しかし三日後には全ての荷物を引き払い、その後は外泊することになっていた。

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