第41話 旅立ちと始まり 5

「………………」


「悪い悪い。ちょっとやりすぎたな」


「………………」


 よろよろと歩くマーシャを支えながら、レヴィがご機嫌に話しかける。


 マーシャの抱き心地は最高だったので、ついやりすぎてしまったのだ。


 初めてのマーシャにしてみれば、たまったものではない。


 しかしレヴィが自制を失うほどに自分を求めてくれたというのは、少しだけ嬉しくもある。


 涙目で睨んではいるが、本気で恨んでいる訳ではない。


 どちらかというと、恨みがましそうな視線を向けているだけだった。


「とりあえずホテルまでは送っていくから、機嫌直せよ」


「今、敵に襲われたら間違いなく敗北してしまうな……」


「その時は俺が撃退してやるよ。もふもふパワーで元気いっぱいだしな」


「………………」


 マーシャを抱いている最中も、ひたすら尻尾を触りまくったレヴィなので、発言がかなり酷いことになっている。


 尻尾の方も妙な感じ方をしてしまうので、それを細かく試されてしまい、マーシャの方は体力的にガタガタだった。


 そしてレヴィはそんなマーシャの反応を心から楽しんでいる。


「私はレヴィの事は大好きだし、心から尊敬していたつもりだけど……」


「何だ? 過去形かよ?」


「今はアホだと思っている」


「ひでえな。アホはないだろ、アホは」


「発言がアホっぽい」


「う……」


「深く関わると見えてくることもあるってことなのかな。残念な一面……いや二面……三面……」


「いちいち数えなくていい」


 残念な面を数えられると凹んでしまう。


 しかも否定出来ないのが切ない。


 それでも直すつもりはなかった。


 どちらかというと開き直る気満々である。


「じゃあもう尊敬はしてくれないのか?」


「操縦者としては尊敬している」


「そうか」


「人間としては半分ぐらい幻滅したけど」


「……そこまでか。そこまで嫌われたのか」


「別に嫌ってはいない。好きだという気持ちは変わらないし。幻滅したのと好きな気持ちは別問題だ」


「それもなんだかなぁ」


 好きだと言って貰えるのは嬉しいのだが、幻滅した事実もきちんと突きつけられているので、プラマイゼロになってしまっている。


 自業自得なのかもしれないが、実に切ない。




 そんな話をしている内にホテルの部屋へと到着した。


 マーシャと一緒ならば最高セキュリティのスイートルームにも通して貰える。


「お帰りなさい、マーシャ。って、どうしたですか?」


 帰るなりぐったりしているマーシャを見て、シオンがぎょっとする。


「ちょっと……疲れた……」


「疲れた? 戦闘でもあったですか?」


「いや。そういう訳じゃないんだが……」


 気まずそうに視線を逸らすマーシャ。


 レヴィの絶倫モードに敗北してしまったとは、流石に言えなかった。


「ちょっと張り切りすぎてな。まあきちんと休ませれば回復するから、安心しろよ」


「はぁ。張り切りすぎですか? 一体何をしたんですか?」


「それはもちろんファイトいっぱ……ぐはっ!」


 最後まで言い終わる前にマーシャの拳がレヴィへと襲いかかった。


 鳩尾パンチを喰らい、床に沈むレヴィ。


 しかしすぐに起き上がった。


「何するんだよっ!」


「子供に妙なことを吹き込むな」


「子供って……シオンはそれなりに育ってるじゃないか」


「身体はともかく、シオンは生まれたばかりだから中身は正真正銘の子供なんだ」


「そうなのか」


「ああ。だから情操教育によろしくないことは吹き込むな」


「むしろ性教育として必要なんじゃないか?」


「………………」


「あ、すんません。冗談です」


 マーシャの銀色の瞳がギラリと物騒な光を帯びる。


 このままでは再び殴られる気がしたので、素直に謝るのだった。


 触らぬもふもふに祟り無し。


 マーシャを怒らせると尻尾に触らせてもらえなくなるかもしれないので、それは遠慮したかった。


 久しぶりに触った尻尾は最高の触り心地だったので、マーシャがしばらくここに留まるというのなら、是非とも頻繁に会いたかったのだ。


 怒らせたらスターリットを出て行ってしまうかもしれない。


 もふもふ欲求を差し引いても、マーシャと再会出来たのは嬉しかったので、すぐに離れるようなことは遠慮したかった。


「まあ、いろいろあってな。ちょっと疲れているんだ」


「レヴィさんとデートしてきたんですよね? デートってそんなに疲れるものなんですか?」


「時と場合による」


「具体的には、どんなデートかにもよるな」


「………………」


 それ以上言ったらまた殴るという視線を向けられて、レヴィは慌てて口を噤んだ。


 どうやらマーシャはシオンの情操教育に対してかなり気を遣っているらしい。


 宇宙船の管制システムとして造った筈のシオンに対して家族のように接しているのを見て、少しだけ嬉しくなる。


 レヴィが望んだ通りの成長をしてくれているのが、とても嬉しいのだ。


 ただし、もう少し暴力的な面は抑えた成長を望みたかった。


 これに関しては昔からそうだったので、望む方が酷なのかもしれないが。


 マーシャが優しい女の子であることは間違いないと思っているが、同時に凶悪極まりない一面も持っていることは疑う余地もない。


 怒らせたら危険だという認識だけは常に持っていなければ、命がいくつあっても足りない。


 殺されることはないだろうが、フルボッコにされる可能性なら大いに有り得る。


「ふうん。でも良かったですね。レヴィさんとデート出来て。マーシャ、ずっとレヴィさんのことばかり話していたし」


「うん。楽しかった」


「………………」


 マーシャのこういうところが少し困る。


 もちろん嬉しいのだが、その気持ちを受け取る側として困ってしまうのだ。


 普通、そういう時は反射的に否定したり、照れ隠しに怒ったりすることが多いのだが、マーシャは自然体で自分の気持ちを認めるのだ。


 大好きな相手には面と向かってそう言うし、その気持ちに対して質問されても、素直に頷く。


 立派な大人に成長しているのに、その精神は素直な子供の一面を残している。


 無邪気であどけない、幼いままの精神性が残っているのだ。


 もちろん悪いことではない。


 大人になるにつれて切り捨てていく素直さや純粋さを残したままなのだから、いいことだと言える。


 ただし、そんな純粋さは生きていく上では酷く邪魔になるものでもある筈なのだ。


 だからそこが少しだけ心配だった。


 投資家として大金を稼いだり、宇宙船や戦闘機を造ったり、宇宙船の操縦までこなしたりするので、何でも出来る器用な人に見えるが、性格的にはかなり不器用なのではないかと思ってしまうのだ。


 同時に、そういう部分を愛おしいと思ってしまう。


 守ってやりたいと思ってしまう。


 その気持ちを受け入れられないことは分かっているのに、どうしてもそんな気持ちを止められない。


 それが困りものだった。


 自分の中に生まれた苦い気持ちを誤魔化すようにレヴィはマーシャ達に笑いかけた。


 マーシャの頭をくしゃくしゃと撫でる。


 カツラの上からだが、獣耳がぴくんと動くのが分かった。


「俺はそろそろ戻る。何かあったら連絡してくれ。もちろんデートのお誘いでも構わないぞ」


「……デートはしばらく遠慮しておく。身体が保たない」


「わははは。心配しなくても次はもっとマシだと思うぞ。ああいうのは身体が慣れていくものだからな」


「そういうものか?」


「そういうものだ。経験者が言うんだから間違いない」


「経験豊富そうだな」


「それはもう。バッチリだな」


「………………」


 マーシャがなんとも言えない視線を向けてくる。


 女誑しに対する軽蔑の視線なのかもしれなかった。


 レヴィとしては来る者拒まずなだけであって、自分から女性を誑し込んだことはないつもりなのだが、女性から見るとどちらも大差は無いのだろう。


「二人とも、何の話をしてるですか?」


「デートの話だ」


「まあ、そうだな」


 シオンの情操教育上、あまり詳しいことは言えない。


 レヴィは適当にはぐらかし、マーシャは気まずそうに同意した。


「じゃあな、マーシャ。それからシオンも」


「ああ。またな」


「ばいばいですです~」


 美女と美少女に見送られて、レヴィはホテルを出た。


 都心部を一人で歩き回り、やがて見慣れたマンションへと辿り着く。


「さあて、どうするかな……」


 あの二人にどう説明しようか、それが悩みの種だった。


 反対されるとも、断られるとも思っていないが、今の生活を捨てさせることになる負い目だけはどうしても消えなかった。

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