第33話 猛獣美女の大暴れ 10

「…………マジか」


 天弓システムの起動を確認したレヴィが操縦席の中で唖然としている。


 無理もない。


 彼の常識ではあり得ないことだったからだ。


 しかしあり得ないことは立て続けに起こっている。


 彼の知る既存の技術限界はとっくに崩壊しまくっているのだ。


 だからあり得ないと驚愕するよりも、またか……またなのか……と呆れてしまうのだった。


 エンジェルリングによる船の浮遊、そこから一瞬の切り替えによる加速上昇、更にはバグライトの戦闘機利用。


 兵器研究者が見たらしばらく立ち直れなくなるぐらいの最新技術オンパレードだった。


 そしてとどめが天弓システム。


 天の弓。


 それがどんなものなのか、レヴィには想像も出来なかったが、ようやく納得した。


 百機の分離型ビーム砲。


 縦横無人に飛び回る飛翔砲撃。


 通常、砲撃というのは船や戦闘機に固定されている武装であり、狙える的には制限がある。


 しかし砲そのものが自由に移動出来るとなれば、その限りではない。


 分離型ビームの開発は進められていたし、その理論も確立されていたが、それを船に実装するのは難しかった。


 自由自在に的を狙えるのは大きなメリットだが、それを操る人間の処理能力が追いつかないのだ。


 しかしこれらを管制システム任せの自動追尾にしてしまうと、狙いがどうしても大雑把になるし、臨機応変やフェイントなどの自由度が低くなる。


 ミサイルと違って、分離型ビームは消耗品ではないので、撃ち落とされやすい仕様になっても困るのだ。


 しかしここにその限界を突破した存在がいる。


 これこそが電脳魔術師素体サイバーウィズマテリアルの真骨頂と言える。


 百機もの分離型ビームを、その一つ一つの狙いを正確に定めることが出来る。


 無茶苦茶に動き回っているように見えても、その一つ一つにシオンの意志が通っている。


 シオンは自分の意識を百に分割して、それぞれの分離型ビームを支配しているのだ。




「さあ、反撃ですです~♪」


 口調は緩いが、砲撃はかなりえげつない。


 自由自在に飛び回る砲撃は、わずか数秒で半数もの戦闘機を行動不能状態にさせた。


 その内の何割かは大破してしまっている。


 運良く避ける機体もあったが、百機の分離型ビームは残った獲物を容赦なく刈り取っていく。


「すげ……」


 それを見たシャンティが冷や汗交じりに呟く。


 シオンがどうやってあの分離型ビームを制御しているのかは理解出来るが、理解出来るからこそ寒気がした。


 人間がこんな真似をすれば、一瞬で脳が焼き切れてしまう。


 シャンティであっても廃人確定の無茶ぶりだった。


 シャンティは自分が電脳魔術師サイバーウィズとしてかなり優秀だと自負しているが、それでもシオンは別格だと認めざるを得なかった。


 あれは人間の処理能力では絶対に不可能な現象だ。


 そしてあれこそが人間を越えた電脳魔術師サイバーウィズの完成形だと思った。


 自分達では決して辿り着けない、その頂点。


 それが見られただけでも満足だった。


 目指すつもりはないけれど(そんなことをすれば間違いなく廃人になるので)、それを見られたのは嬉しかったのだ。


「……これは、もたもたしていると獲物が無くなるな」


 オッドの方も呆れている。


 もたもたしていると獲物が無くなるというのは、あながち冗談でもない。


 レヴィがいる以上、負けるつもりは無かったが、それでも厳しい戦いになるだろうと思っていたのだ。


 それが、こんなにも圧倒的な優位を得ている。


 このシルバーブラスト相手に数の優位は関係ないのだと思い知らされた。


 それ以上に思い知っているのはグレアス達だろうが、味方であるオッドですらもこの技術には寒気がしていた。


 絶対に敵に回したくはない。


 同時に、あの時の少女がこんな技術者に成長していたことが驚きだった。


 年月がもたらす人の成長とは、時にこちらの予想を遙かに超えるものなのだと、しみじみと感じてしまう。




「やべえ。マジで獲物が無くなる」


 そしてレヴィも同じことを感じていた。


 操縦席で天弓システムの暴れっぷりを見ていたレヴィは慌てて動き始めた。


 格好を付けて出撃した以上、見せ場を奪われっぱなしというのは情けない。


 シルバーブラストの安全を最優先に考えようとしていたのだが、その必要は全く無いようだ。


 呆れるほどの逞しさ、いや、凶悪さだった。


「よし。俺も働こう。ちょっとはいいところ見せたいしなぁ」


 マーシャはレヴィに憧れていると言った。


 憧れられている身としては、多少はいいところを見せたい。


 美女に成長したマーシャに対して、ちょっとは見栄を張りたいという気持ちもあったりする。


 実に緊張感の無い出撃だが、それがなんだか嬉しかった。


 そしてレヴィはスターウィンドで敵の戦闘機に襲いかかった。


「うわ。こりゃすげえ」


 本格的に機体を動かして、その運動性能に舌を巻くレヴィ。


 やや持て余しているが、すぐに慣れるだろう。


「とりあえず砲撃からだな」


 的確に狙いを定め、主砲を放つ。


 一気に二機の敵が爆発した。


「流石五十センチ砲だな」


 スターウィンドに与えられている主砲は五十センチ砲。


 通常の戦闘機はエネルギーの問題で十五センチ砲が限界となっているが、その三倍以上の口径を持つ砲撃は、圧倒的戦力差を生み出していた。



 戦闘機の常識を覆す代物。


 レヴィは縦横無尽に飛び回り、次々と五十センチ砲で敵を撃破していく。


「馴らしはこのぐらいでいいか」


 機体の特徴を、癖を掴む為の馴らしは完了した。


 砲撃の癖も掴んだ。


 あとは本当の手足としてこのスターウィンドを操るまでだ。


 優れた動体視力で敵の位置を把握する。


 そこに加えるべき斬撃の線を見極める。


 一瞬のことだが、その一瞬こそが肝だった。


 砲撃を放つタイミングで、レヴィが機体を大きく動かした。


 急加速で動く機体と砲撃。


 それはレーザーの斬撃として敵を屠った。


 一度の砲撃で七機もの戦闘機が大破した。


 最適な斬撃ラインを見極め、砲撃と同じタイミングで機体を旋回させる。


 砲撃による斬撃。


 非常識を通り越した馬鹿げた攻撃方法だが、レヴィはこれを得意としていた。


 彼自身にだけ扱える必殺技でもある。


「ふう。久しぶりだけど成功したな。『バスターブレード』」


『バスターブレード』。


 レヴィはこの攻撃をそう名付けている。


 名前に対して特に深い意味はない。


 なんとなくだが、なんとなくだからこそ気に入っている。


 一度の砲撃で七機もの戦闘機を大破させる。


 こういう攻撃手段を持つからこそ、レヴィは『星暴風スターウィンド』の異名を持つようになったのだ。

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