第34話 猛獣美女の大暴れ 11

「馬鹿な……」


 そしてエミリオン連合軍の旗艦ライオットの艦橋では、グレアスが冷や汗交じりに呟いていた。


 彼の目的はシルバーブラストとその管制システムを司るシオンだ。


 しかし今だけは蒼い戦闘機に視線を釘付けにされていた。


「あり得ない……。あの殲滅技は……あれは……あの男だけが使えるものだった筈だ……」


 旋回する機体。


 光の剣。


『バスターブレード』と呼ばれた驚異の技。


 かつて、エミリオン連合軍に存在していた最強の操縦者。


 レヴィアース・マルグレイト。


 かつては自身の部下であり、その技倆は誰よりも勝っていた。


 しかし彼は死んだ筈だ。


 他でもない、自分が殺した。


 直接手を下した。


 死体を確認した訳ではないが、範囲殲滅攻撃に巻き込まれた以上、生き残っている筈がないのだ。


 そう自分に言い聞かせているが、あの操縦、あの動き、そしてあの技。


 その全てがたった一人の男を連想させてしまうのだ。


「准将……あれは……あの機体は……」


「まさか……でも、あの人は死んだ筈……」


「もしかして、生きているのか……?」


 艦橋にも動揺の声が広がる。


 レヴィアース・マルグレイトはエミリオン連合軍にとっても伝説の操縦者だった。


 この中にも彼を知っている者は少なくない。


 特にオペレーター達は過去に彼の戦闘をサポートしたこともあり、ディスプレイを通してその動きや戦い方をよく知っていた。


 その姿が、蒼い戦闘機のそれとどうしても重なってしまうのだ。


「………………」


 その呟きを聞く内に、グレアスは恐ろしくなった。


 獲物を狙うのはこちらの筈だった。


 マーシャが獲物で、自分達が狩人の筈だったのだ。


 それなのに、今は立場が逆転してしまっている。


 百五十機あった戦闘機は、既に全滅している。


 つい先ほど、最後の四機をあの蒼い戦闘機が撃墜してしまった。


 戦闘艦が八隻残っているが、あんな動きをする戦闘機に攻撃を当てられるとは思えない。


「何者だ……お前は……」


 マーシャ・インヴェルクに仲間は居なかった筈だ。


 外部から雇い入れた護衛なのかもしれないが、あそこまで腕の立つ人間ならば、それなりに名前を知られていないとおかしい。


 スターリットにそんな存在がいるなどという話は聞いたこともない。


 それにエミリオン連合軍を正面から敵に回す神経が信じられない。


 マーシャは亜人なので、エミリオン連合を恨んでいる可能性がある。


 その事情を考慮すれば、取引を拒絶して逆らう気持ちも理解出来なくはない。


 歩み寄るつもりはまったく無いが、こちらに反感を抱いていることぐらいは察せられる。


 しかし真っ当な人間がエミリオン連合軍に逆らうということは、宇宙を支配する組織を敵に回すことに等しい。


 エミリオン連合の名前で指名手配が出されれば、何処に行っても追われる立場となってしまう。


 宇宙に点在する各惑星の相互扶助を目的として設立されたエミリオン連合軍だが、今となっては各国の影響を受けながらも、宇宙最大の権力を持つ存在になってしまった。


 つまり、惑星レベルでようやく対等な取引が出来るという存在なのだ。


 非合法の海賊や犯罪者ならばまだしも、個人でこのエミリオン連合に逆らうなどということは、あまりにも馬鹿げている。


 しかし、あの男が生きているのなら話は別だ。


 損得は関係ない。


 破滅も関係ない。


 それはあの男にとって今更のことなのだ。


 不当に命を奪われたことに対する復讐。


 あそこにいるのがレヴィアース・マルグレイトの亡霊なのだとしたら、エミリオン連合軍を正面から敵に回し、グレアスを殺そうとする理由にも納得がいく。


 どうして亜人と手を組んでいるのかまでは分からないが、この悪夢のような状況は理解出来てしまう。


 そして死神の声が届いた。


『よお、久しぶりだな。ファルコン大佐。ああ、今は准将だったか?』


「っ!!」


 声だけで本人の姿は映っていない。


 しかしその声や口調は間違いなくレヴィアース・マルグレイトのものだった。


 発信源はあの蒼い戦闘機。


 機体名は『スターウィンド』と表示されている。


 その全てが悪夢へと繋がる。


「レヴィアース・マルグレイト。どうして貴様が生きているっ!?」


 グレアスは艦長席で叫ぶ。


 亡霊の声を聞いている。


 とても冷静ではいられなかった。


『死んださ。俺はただの亡霊だ。亡霊だから当然、エミリオン連合軍を敵に回すことに対する恐れは無いぜ』


 飄々とした口調。


 いつも通りの自然体。


 グレアスの知るレヴィアースそのものだった。


 だからこそ恐ろしい。


 かつてのレヴィアースはこの調子で敵を殲滅していったのだから。


 そして現在レヴィアースと敵対しているのは自分なのだ。


「質問に答えろっ! どうして生きているっ!? 何故亜人などと手を組んでいるっ!?」


『だから、生きている訳じゃない。俺はただの亡霊だ。レヴィアース・マルグレイトは三年前に死んでいる。その部下達もな。ただの亡霊が過去の復讐に走ったところで、責められる筋合いは無いな。先に殺したのはお前達だ』


「っ! だがあれはっ!!」


『仕方がなかったとでも言うつもりか? それで俺たちが納得するとでも? 俺たちはただ任務に従った。それなのに不当に殺されたんだ。報復は正当な権利だと思うが?』


「私だって命令に従っただけだっ!」


『だろうな。それがどうした? 殺された側にとっては関係ない。手を下した奴が悪に決まっているだろう』


「………………」


『どうして亜人と手を組んでいるという質問については、ただの成り行きだ。マーシャとはちょっとした因縁があってね。関わったからには見捨てる訳にもいかない相手なんだ。だから手を貸すことにした。ついでに俺の復讐も出来るし、一石二鳥って奴だな』


「この戦力差で刃向かうなど馬鹿げているっ!」


『その戦力差で正面から叩き潰されたのはどこの誰だ?』


「それは……」


『俺も初めて見るけど、この技術は凄いな。あんたが欲しがるのも分かるけど、人の物を強引に奪い取るのは感心しないな。それも力ずくで。こんなところにいるってことは、出世ルートから外されて、中央に返り咲く為の切り札にしたいんだろうが、そうはいかない。あんたにはここで死んで貰う』


 飄々とした口調の後に、淡々とした口調へと切り替わる。


 それは殺意だった。


 かつてのレヴィアースは部下思いの上官だった。


 自分と、部下を理不尽に殺された過去は、決して忘れられないだろう。


 そしてやると決めたことは絶対にやる。


 それが分かっているからこそグレアスは恐ろしかった。


「あの時は仕方が無かったっ! 他に方法は無かったんだっ! お前達は必要な犠牲だったっ!!」


 レヴィに言い聞かせるというよりは、自分に言い聞かせるような口調だった。


 艦橋にいる他の部下達は首を傾げている。


 レヴィアース・マルグレイトが死んだという事実は知っていても、どうして死んだのか、その本当の理由は知らないのだ。


 それは闇に葬られた事実だから。


『大義の為の犠牲だから文句を言うなとでも? それで俺たちが納得すると思っているのか?』


「それは……」


 そんな中でも二人の会話は続く。


『納得する訳がないだろう。俺は絶対に許さない。理不尽に殺された恨みはここで精算させてもらう』


「ま、待てっ!! お前が生きていることを本部が知ったらどうなると思うっ!? と、取引をしないか? 私はお前が生きていることを秘密にする。ここにいる奴らにも厳守させる。それでどうだ?」


『無駄だ。通信はこちらに向けて以外は全て封鎖してある。ここであんた達を殺せば、俺が生きていることは秘密に出来るんだ』


「な……」


 グレアスは慌ててオペレーター席を見る。


 通信が封鎖されているかどうか、確認をさせる為だろう。


 通信担当は慌ててコンソールを操作するが、絶望的な表情で首を振った。


「だ、駄目です。彼らに向けての通信以外は封鎖されています。これでは救難信号を出す事も出来ません」


「馬鹿な……救難信号はこの宇宙船における最優先機能だぞっ!? どんなハッキングを受けても、これだけは出せる筈なのにっ!」


「わ、分かりません。ただ、通信だけが封鎖されていて、他の機能は普通に使えるんです……」


 通信士はおろおろしながら応える。


 この船の管制がハッキングを受けていることは理解出来たが、その痕跡が全く感じられないのが恐ろしかった。


 相手は恐ろしく腕の立つ電脳魔術師サイバーウィズであることが分かるぐらいだった。


「こ、これでは援軍を呼ぶことも出来ませんっ!」


「くっ!!」


 状況は絶望的だった。


 たった一隻の船。


 そして一機の戦闘機。


 小さな敵に追い詰められている。


 グレアスにとっては悪夢でしかなかった。


「いや……まだだ。他の機能が使えるというのなら、あの戦闘機を追い詰められる。残りの船はあいつを取り囲めっ! 砲撃を浴びせ続けろっ!」


 他の船との通信は生きていたので、グレアスは指示を出す。


 戦闘機ならば潰されてお終いだが、砲撃の嵐ならば追い詰めることが出来るかもしれない。


 距離を取っていればあのバスターブレードに殲滅されることもない。


 あれは戦闘機ならば絶大な効果を発揮するが、戦艦が相手だとリスクが高すぎる位置にまで接近しなければならなくなる。


 かいくぐってすぐに旋回砲撃、という訳にはいかないのだ。


 だからこそ距離を取った砲撃の嵐で封じてしまおうと考えた。


 レヴィアース・マルグレイトの戦い方をよく知っているからこそ、咄嗟に思い付いた戦術だった。


 そしてそれは正しい。


 たった一機の戦闘機を封じるならば、八隻の戦艦が集中砲撃を食らわせるのが効果的だった。


『うわっ! 容赦ねえなっ! まあ当然の反応だけどっ!』


 レヴィは慌てて機体を動かす。


 逃げ場の無い砲撃の嵐を、器用にかいくぐっている。


 しかし避けるのが限界だ。


 近付こうとすれば他の船が牽制する。


 彼らも生き延びる為に必死だった。


 グレアスとの通信は聞こえていないが、それでも圧倒的戦力差を覆したあの蒼い戦闘機とシルバーブラストが脅威だということは理解しているのだ。

 

 どうしてもここで潰しておく必要があった。


 そんな中、レヴィは必死で逃げ回る。


「……ピンチなんだけど、全く危機感が無いんだよなぁ」


 すれすれのところで砲撃を避けながら、レヴィは呟く。


 どうしてなのかははっきりしている。


 今のレヴィは一人ではないからだ。


 頼りになる仲間が居てくれる。


 ピンチの時は助けてくれる。


 そう信じられるからこそ、彼は自分のやるべきことをやっていた。


 砲撃の中をかいくぐり、彼らの注意を自分に向ける。


 そうすることで、マーシャ達を動きやすくしているのだ。


 レヴィの活躍と存在感で、一時的にシルバーブラストの存在を忘れている。


 あの天弓システムがあれば、戦艦だろうと関係ない。


 一つ一つは戦艦を相手取るには物足りないかもしれないが、集中砲撃を食らわせればひとたまりも無いだろう。


 シオンの精密制御があればそれも可能だ。


 あの天弓システムにも有効範囲というものがあるようで、ある程度近付かなければ命中させられないらしい。


 だからひっそりとシルバーブラストが近付いてくるまで、レヴィは囮を務めることにしたのだ。


「マーシャのことも、グレアスのことも、過去の因縁なんだよなぁ。なんだか不思議な縁だとは思うけど」


 二つの過去はまったく別のものだ。


 それなのに、未来において重なり合うというのは、本当に不思議なことだと思ったのだ。

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