第24話 猛獣美女の大暴れ

 車は順調に都市部を走っていた。


 追っ手はかかっている筈だが、流石に都市部で襲いかかるほど見境が無い訳ではないらしい。


 今回の追っ手がエミリオン連合軍なら尚更だ。


 民間人に被害を出す訳にはいかないのだ。


 その辺りの分別があることは、ある種の救いでもある。


 レヴィとしても自分が拠点としている街で被害を出すような真似は遠慮したかった。


 しかしそれも郊外に出るまでだった。


「あーあ。ひーふーみーよー……えーっと六台ぐらいか?」


 軍用車が六台、後ろから付いてきている。


 一台に三人ずつ。


 一人は運転、二人は銃を持っている。


 明らかに仕掛ける気満々だ。


 運転手も含めると十八人。


 十八対四。


 明らかに不利な状況だった。


「さて。どうしようか」


 このまま加速し続けて振り切るのもいいが、目的地が分かっているのならあまり意味が無い。


 移動中に片付けてしまうのが最適なのだが、レヴィはハンドルを握っていて動けない。


 これが宇宙における戦闘機ならば、彼自身が操縦桿を握って、ミサイルや砲撃などで応酬するのだが、この車にそんな武装は無い。


 一応、荒事になってもいいように、防弾処理は施してあるが、軍用武器に集中攻撃されてしまえば、それも長くは保たないだろう。


「自動運転にしてくれたら、僕が大活躍なのになぁ」


 ぼやくシャンティが暇そうにしている。


 シャンティの本領はハッキング上等の電脳魔術師サイバーウィズスキルにある。


 衛星システムを利用した自動運転を活用してくれれば、そこにハッキングをかけて進路を狂わせたりも出来るのだが、手動で運転しているとそうもいかない。


 とりあえず、大人しくしているしか無いのが不満だった。


「ほう。それは大した物だな。通常のハッキングならまだしも、軍の管制頭脳にハッキングをかければ、並の電脳魔術師サイバーウィズでは廃人になりかねないのだが」


 マーシャが本気で感心している。


 軍用車なので、その自動運転を管制しているのも、軌道上にある軍艦の管制頭脳だった。


 車ごとに異なる頭脳は搭載されているが、もとより命令の最上位は管制頭脳にある。


 そこにハッキングをかけることは容易ではないのだ。


 生身の脳と電脳の海が接続されるのだ。


 当然、生身の方に負担がかかるし、高性能であるほどに、それは大きくなる。


 電脳魔術師サイバーウィズとなるにはある種の才能が必要だが、大抵は二十代前半で引退してしまう。


 それ以上は脳が保たないからだ。


 軍の管制頭脳はそういった電脳魔術師サイバーウィズのハッキング対策を十分に施してあるので、生半可な腕の者が仕掛けたところで、逆に返り討ちとなってしまう。


 そうはならなくても、多大なる負担がかかってしまうのだ。


 引き際を誤った電脳魔術師サイバーウィズが廃人になるのは、それほど珍しいことではない。


 機械である人工頭脳が扱う情報量と、生身の人間が許容出来る情報量には大きな隔たりがある。


 高性能であるほどに、仕掛ける側は情報圧力に潰されてしまうのだ。


 脳を圧殺するほどの情報に押し潰されず、自身の望む情報を手に入れたり、操る為に必要なコードを埋め込んだりするのは、並大抵の腕では出来ない。


 しかしシャンティにはそれが出来る。


 自身の脳にほとんど負担を掛けずに、廃人になるリスクも最低限に、軍用の管制頭脳だろうと、国の管制頭脳だろうと、平然と潜り込んで見せる。


 頭脳の方がシャンティの侵入に気付いて警報を鳴らそうとしても、あっという間に宥めて、自分の味方にしてしまうのだ。


 シャンティ曰く、『女の子を口説く感じで仲良くなればいいんだよ』ということらしい。


 人工頭脳にもそれぞれ個性と呼べるものがあるらしく、それらを把握して、相手の望むように振る舞えば、口説き落とすことはそれほど難しくはないらしい。


 パターン化された行動の内、どれを相手に当てはめるか、ということなのだろう。


 シャンティにはそれが出来る。


 リアルの女の子とは恋愛経験が無いくせに、人工頭脳とは経験豊富というのも、なんだかおかしな話だった。


 レヴィが興味本位で問いかけたことがあるのは、『相手が男性人格だったらどうするんだ?』ということだった。


 シャンティは少し嫌そうな顔になったが、すぐに得意気な顔になってこう答えた。


「そういう時はこっちが女の子に偽装するんだよ」


 ということらしい。


 現実は別として、電脳空間では自身の情報を好きに弄ることが出来るらしい。


 電脳空間は何でもアリなのだろう。


 可愛らしい顔立ちのシャンティは、実は女装がよく似合う。


 リアルでも是非やってもらいたいが、それは聞き入れてくれない。


 まあ、少年としては当然の反発だろう。




「まあね~。僕ってば腕利きの電脳魔術師サイバーウィズだから」


 褒められて嬉しくなるシャンティ。


 相手が美女だからなのかもしれない。


 こういう部分は確かに少年だ。


 そしてシャンティ自身も自分の価値を一段低く見積もっている。


 レヴィやオッドからすれば、シャンティは腕利きどころではない。


 まさしく電脳魔術師サイバーウィズの申し子とも言うべき天才なのだ。


 本人にその自覚は無い。


 それは彼の生まれに関係しているのかもしれないが、天才であることは間違いない。


 しかし、こうしている分には美女にデレるただの少年だ。


 それが微笑ましくもあるし、それでいいとも思っている。


 しかしそれを微笑ましく思っている場合ではないことも確かだ。


 迫ってくる軍用車両をどうにかしなければならない。


「レヴィ。先制攻撃を仕掛けてはどうですか?」


 オッドが銃を構えながらレヴィに問いかけてくる。


 しかしレヴィはそれを許可しなかった。


「駄目だ。相手がただの非合法組織ならそれでもいいが、れっきとした軍人だからな」


「だからこそです。相手はエミリオン連合軍、更に言えば指揮官はグレアス・ファルコンなのでしょう? 遠慮をする理由が一つたりとも見つかりません」


「気持ちは分かるけどな」


 オッドもエミリオン連合軍とは因縁がある。


 復讐したいという気持ちは確かにあるのだ。


 だからこそ物騒なことを言っているが、それを聞き入れる訳にはいかない。


 マーシャと違って、レヴィ達はここで暮らしているのだ。


 後々の厄介事に繋がるようなことは、極力避けなければならない。


「相手は正規軍だ。こちらから仕掛けたら、向こうは正当防衛を主張されるぞ。そうなったらスターリット軍や警察まで介入してくる。それは避けたい」


「あくまでも向こうから仕掛けてくるのを待つ、ですか」


「仕方ない」


「分かりました。レヴィの方針に従います」


「悪いな」


「いいえ」


 攻撃を受けてから反撃する。


 それは初手を相手に譲るということである。


 初手でどれだけのダメージを受けるか分からない以上、危険なやり方でもあった。


 しかし後々のことを考えるのなら、確かに先制攻撃は不味い。


 初撃を何とか凌ぐ必要がある。


「大丈夫だろう。この車、防弾処理をしてあるんだろう?」


「ああ」


「だったら車ごと、あるいは人間ごと破壊するような攻撃はしてこない筈だ。そんなことをすればこいつも無事では済まないからな」


 マーシャはそう言ってトランクケースを軽く叩いた。


 どうやら壊れ物らしい。


「相手がその分別を発揮してくれることを祈りたいね」


「仮にも軍人だぞ。その程度は発揮してくれるだろう」


「だといいがなぁ」


 レヴィの方はあまり信用していない。


 マーシャを信用していないのではなく、エミリオン連合軍のやり方を、特にグレアス・ファルコンを信用していないのだ。


「おっと」


 車の方に衝撃が伝わってくる。


 どうやら、相手が撃ってきたらしい。


 マーシャの予想通り、機関銃による攻撃だった。


 しかしこの車に施された防御を突破出来るほどではない。


 撃ち続ければそれも可能だが、それを許すマーシャではなかった。


「攻撃はしてきた。これで反撃が出来るな」


 マーシャはニヤリと笑った。


「それは構わないが、どうするつもりだ?」


「この車、上部は開くか?」


「もちろん。だが顔を出すと危ないぞ」


「一瞬でいい。それでなんとかする」


「なんとかするって……」


 どうするつもりなのだろう。


 この状況ではこちらも銃で応酬するしかないのだが、マーシャには違う考えがあるらしい。


「うん。とりあえず、これかな」


 マーシャが取り出したのはハンドガンのようなものだった。


 しかしハンドガンにしては奇妙な形をしている。


 銃身がやけに太い。


「何だ、それ?」


「何だと思う?」


 ちらりと視線を向けてくるレヴィに、悪戯っぽい笑みを向けるマーシャ。


 どうやら答えてくれるつもりはないらしい。


「分からないから聞いているんだが」


「窓だけ開けていいか?」


「タイミングはちゃんと見計らえよ」


「心配しなくても、この角度なら窓からは入ってこない」


「まあ、そうだろうな」


 追いかけてくる軍用車両は背後にいる。


 マーシャのいる助手席の窓を開けたところで、撃った弾丸が入ってくる訳がなかった。


 跳弾が運悪く入ってくることはあるかもしれないが、周りは自然の木々ばかりで、跳弾を引き起こしてくれそうな鉄骨はほとんど無いのだ。


 強いて言うなら道路のガードレールだろうが、そこまで気にしていたら何も出来ない。


 そうなった時は運が悪かったと諦めるしかないだろう。


「よし。今だな」


 マーシャは気安い調子でそれを撃った。


 ボシュ……と変な音がした。


 銃を撃ったとは思えない音だった。


 しかし、その効果は抜群だった。


 敵の車両群の真ん中あたりに落下したそれは、盛大な爆発を起こした。


 二台が壊滅、残り四台も少なくはない被害を受けている。


 とても追いかけられる状態ではないが、辛うじてこちらを追いかけてきている。


 しかしわずかな動揺と隙が生まれたことは確かだ。


「なんだありゃ!?」


 ぎょっとするレヴィ。


 しかしマーシャは説明するつもりは無かった。


 このチャンスを無駄にすることは出来ない。


 すぐに行動へと移った。


 上部を開いてからすぐに飛び出したのだ。

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