第9話 新天地と別れ 3
そして翌日、レヴィアースがやってきた。
「よう。元気にしてたか? マティルダ。トリス」
「レヴィアース。遅いぞっ! 待ちくたびれた」
マティルダは玄関先でレヴィアースを出迎えたが、少しだけ怒っていた。
「何だ。待っていてくれたのか」
レヴィアースはなんだか嬉しそうだ。
怒っているマティルダを目の前にしても、尻尾がそわそわと揺れているのが分かるからだろう。
言葉以上に感情が分かりやすいのは亜人の欠点かもしれない。
しかし素直になれないのを苦々しく思っている場合には、尻尾の感情表現が役に立つ。
「待ちくたびれて昼寝するところだった」
「……それは別に昼寝をしてくれてても良かったんだがな」
「ちゃんと出迎えたかった」
「そりゃ嬉しいね」
レヴィアースは上がり込んでから、マティルダとトリスに新しい服を与えた。
「とりあえず外に出ようぜ。ずっと家の中に居たから、外に出てみたかっただろう? このロッティは治安がいいから、亜人であることを隠せば安心して出歩けるぜ」
「それでも亜人であることは隠さなきゃならないんですか?」
トリスがレヴィアースに問いかける。
自分の正体を隠すことに慣れていないトリスは、どうしてそこまでしなければならないのかをまだ理解していないらしい。
「まあ治安が良くても悪人がいない訳じゃないと思うしな。どんな場所でも悪い奴はいるもんだ。そして亜人が絶滅したという話は既に連合ニュースで流れていて、エミリオン連合加盟惑星であるこのロッティにも、その話題は知られている。つまり、今のトリス達は『珍しい存在』になっている訳だ。しかも子供で、可愛い。そんな二人が無防備に外を出歩いたら、どうなるか想像出来るか?」
「売られる」
「しかも結構高値で」
トリス、マティルダの順番で答えが返ってきた。
あまり悩まずに解答できたようだ。
二人とも、頭の回転はかなり速い方なのだろう。
「正解。まあ絶対にそうなるとは言わないけどな。でも避けられるリスクは避けた方がいいだろう?」
「うん。それはそうだな」
「でも、そうなると僕たちは今後、ずっと人間のフリをして生きていかなければならないってこと?」
「まあ、都市部ではそうなるなぁ。もっと田舎の方で、亜人を受け入れてくれる場所があれば、ありのままの姿で暮らしていっても問題はないと思うけど。それを希望するなら、探しておいてやるよ。といっても、俺も結構忙しいから、時間はかかるけどな」
「私は構わない。人間のフリをしていても、私が私であることに変わりは無いんだから。その方がいろいろと便利なら、私は我慢出来る」
マティルダの方はすんなりと了承した。
人間のふりをすることにそこまで抵抗はないようだ。
亜人というだけで今まで差別され続けてきたのだから、人間のふりをすることで平穏に生きられるのならば、それでもいいと思ったのだろう。
「そうだな。余計な衝突を避けられるなら、僕も我慢出来ると思う」
トリスの方も同じように受け入れた。
避けられる衝突ならば避けるべきだ。
無理に反発すれば、どちらもダメージを負う。
自分が傷つく以上に、マティルダに傷ついて欲しくなかったのだ。
「よし。じゃあ今後は人間の子供のフリをして生きていくことで方針は決まりだな。まあお前らはその姿の方が可愛いと思うけどな」
「え?」
「え?」
きょとんとする二人。
亜人の姿を可愛いと言われたのは初めてだった。
しかもお世辞やご機嫌取りではなく、本心から言っている。
「………………」
ぱたぱたと揺れるマティルダの尻尾。
気持ちが実に分かりやすい。
「ちょっと触ってもいいか?」
もふもふして気持ちよさそうなので、レヴィアースはそんな要求をしてみた。
「う、うん」
マティルダはおずおずとレヴィアースのそばに行って座った。
そして尻尾を向ける。
レヴィアースは楽しそうな表情でその尻尾に触れた。
「おお。もふもふして触り心地がいいな」
「そ、そうかな」
「おう。ずっと触っていたい気分だぞ」
「それは困るけど」
「だよなぁ」
少し名残惜しそうにしながらレヴィアースはマティルダの尻尾から手を離した。
「トリス」
「な、なに?」
「せっかくだからトリスのも触っていいか?」
「ぼ、僕のも?」
「駄目か? 気持ちよさそうだから興味あるんだよ」
「い、いいけど……」
トリスの方はマティルダほど素直には慣れない。
状況に戸惑いすぎて、どうしたらいいのか分からなくなってしまうが、今の状況でレヴィアースに逆らうつもりもないようだ。
マティルダ以上におずおずと近付いてから、彼女よりも大きな尻尾を向けた。
「すげーなっ! マティルダ以上にふわふわもふもふじゃないかっ!」
そしてそれは極上の触り心地だったらしく、レヴィアースはうっとりとした表情になった。
「む……」
そしてマティルダが少しだけむくれた。
たしかに尻尾はトリスの方が大きいが、自分のだってかなりの触り心地だった筈だ。
別に触り心地を競い合いたい訳ではないのだが、なんだか負けたような気持ちになってしまうのが複雑だった。
「そ、そろそろ離して欲しいんだけど……」
「う……もう少し……」
名残惜しそうどころか、未練たらたらで尻尾にしがみつくレヴィアース。
すっかり魅了されてしまったようだ。
「………………」
そんな様子にドン引いてしまったトリスは力が抜けた隙を見計らってすぐに離れた。
「ああっ! 極上のもふもふがっ!」
「………………」
「………………」
そして二人のジト目がレヴィアースに向けられる。
「うっ!」
トリスのジト目は引いた結果だが、マティルダのジト目はわずかな嫉妬が混じっていた。
自分のものよりも、トリスの尻尾の方が明らかに反応が良かったのが気に入らないらしい。
「あー……こほん。ま、まあどちらも結構なお点前でした、ということで」
「………………」
「………………」
二人のジト目は変わらない。
むしろ呆れ具合が増している。
「うぅ……ちょっともふっただけなのに、どうしてそこまで引かれなければならないんだ……」
レヴィアースとしては少しもふもふしたかっただけなのだが、二人はすっかり機嫌を損ねてしまった。
マティルダの機嫌の損ね方はトリスとは少し方向性が違うのだが、レヴィアースはそれに気付かない。
二人のジト目に晒されながら、レヴィアースは今後の方針を話し合うのだった。
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