#36 一時の別れと馬車での出会い

「ノアルー? 起きてー?」

「……ん、起きてる」


 ありゃ、起きてたのか。


「いつから起きてたの?」

「……さっき。 ショーマと同じくらい」


 一緒のベッドで寝ていたノアルは体を起こし、目元を手でくしくしして、小さく、「くぁ……」とあくびをした。


「よく眠れた?」

「……ん、ショーマの近くで安心出来たから、結構眠れた。 ……ショーマは?」

「僕は……、まぁまぁかな」


 昨日の夜、ノアルと約束したように、一緒のベッドで寝ることにしたのだが、意識がはっきりしている時に、女の子と同じベッドに入るのは初めてだったので、ドキドキして眠るのが少し遅くなってしまった。 ……しょうがないよね。


「そろそろ行かないとね。 いつもより大分早いけど、大丈夫?」

「……ん、全然いける」


 ノアルと協力して、ベッドのシーツや掛け布団を畳んで種類別にまとめておく。 最初に僕が布団を畳み始めた時に、ノアルが不思議そうにしていたので、あんまりそういう風習は無いのかなと思いつつ、感謝の気持ちを込めてやってる、という事を説明したら「……ノアルも手伝う」と言ってもう一つのベッドの布団を畳み始めた。


 布団を畳み終え、最後に忘れ物がないか一応チェックして部屋を出る。


 聞いていた馬車の時間にある程度余裕を持って行動しているので、まだ外は少し薄暗く、他の宿泊客もまだ寝ているため、なるべく音を立てないように廊下を歩く。


 そのまま、廊下を抜けて宿の入り口にたどり着いたのだが、そこにはミルドさん、ララさん、ミラルちゃんが立っていた。


「あれ、ミルドさん達、早いですね。 おはようございます」

「……おはよ」

「おう、おはよう」

「おはようございます」

「……おはようです」


 ミルドさん達に挨拶をしたのだが、ミラルちゃん、元気ないな? どうしたのだろうか?


「いつもこれくらいには起きてるんですか?」

「いや、そんな事ないぞ? 普段はもう少し遅いな」

「……なんで早起き?」

「ふふ、ミラルがお二人の見送りをしたいそうなので、私達も一緒にしようかと」

「そうだったんですか……、わざわざありがとうございます」

「いいんですよ。 ほら、ミラル? 話さなくていいの?」

「……お兄ちゃん、お姉ちゃん?」

「どうしたの? ミラルちゃん」

「……なに?」

「……また、会えるよね?」


 これは……、寂しがってくれてるのかな? だとしたら悲しんでるミラルちゃんには悪いけど、少し嬉しく思っちゃうね。


「大丈夫、少なくとも僕は長くても10日くらいで戻って来ると思うよ」

「……お姉ちゃんは?」

「……ノアル、は……」


 ノアルは少し困ったような顔でミラルちゃんを見つめている。 どう答えていいか分からないみたいだ。


 確かに、ノアルが故郷に帰ってどうするかは僕も聞いていない。 そこは僕が口を出すような事ではないだろうし、ノアルは恐らくその事についてもしっかり考えてると思う。


「ごめんなさい、ノアルさん。 私達の事は気にしないでいいですから、あなたの好きなように生きてください」

「まぁ、俺らは宿屋だから、人との別れには慣れっこだ。 ミラルも、そういう事に慣れていかなきゃダメだぞ?」

「……でも」

「……ミラル?」


 悩んでいたノアルが口を開くと、ミラルちゃんはしっかりとノアルに視線を向ける。


「……ノアルは、必ずまた戻ってくる。 だから、いい子にして待ってて?」

「ほんと!? 戻ってくるの!?」

「……ん、約束する。 ……ノアルもミラルとこれっきりになるのは寂しいから」

「良かった……、ありがとう、お姉ちゃん!」


 ミラルちゃんは屈んで、目線を合わせていたノアルにぎゅーっと抱きつく。 ノアルはそれに少し驚きながらも笑ってミラルちゃんの頭を撫でていた。


「ノアルさん……、ありがとうございます。 ミラルのためにそう言ってくれて」

「……気にしないで。 ……それに、ミルドやララともまた会いたいから」

「お、ありがとな。 うちの宿はお前らならいつでもウェルカムだぜ」

「また、ショーマさんも一緒に泊まりに来てください」

「ミラル、いい子にして待ってます! お兄ちゃん、お姉ちゃんは気を付けて行ってきてね!」

「皆さん、本当にありがとうございます。 必ずまた戻って来ますね」

「……行ってきます。 ……またね」


 僕らは最後にそう言い残して、宿屋みけねこを後にした。





「えーっと、馬車は確か、この辺りにいるはずなんだけど……」


 僕らは、街の外に出る門の近くに来ている。 僕ら以外にも、馬車に乗る人達がちらほら見受けられた。


「獣人国行きの馬車ー! 利用する方はこちらにどうぞー!」


 40歳くらいの少し体のシルエットが丸い男の人が大声で呼び込みをしていた。


「2人なんですが、大丈夫ですか?」

「あいよ! 一応、身分証を見せてもらうのと、1人銀貨5枚かかるが大丈夫かい?」

「はい、大丈夫です。 あと、僕らは獣人国の首都までは行かないので、途中で降ろしてもらうことも可能でしょうか?」

「ああ、それなら大丈夫だ! 俺かもう一人の御者に言ってくれれば馬車停めるから降りたいところで言ってくれ!」

「ありがとうございます。 これが身分証と2人分の料金です」


 僕らは自分の身分証を御者の男に見せる。


「お! あんたら冒険者なのか! しかも赤ランクと黄ランクか! 今回の旅は冒険者が多くて頼りになるな!」


 僕らの他にも冒険者が乗るのか。


「はい! 確認出来たぞ! もう少しで出発するから待っててくれや!」

「分かりました」


 僕達は馬車に乗り込み、馬車の壁と一体化している長椅子の端に隣り合って座る。 ちなみに1番乗りだ。


「あの……、ノアルさん?」

「……ん?」

「……近くない?」

「……嫌?」

「嫌ではないんだけど……」

「……じゃあ、このまま」


 まだ誰もいないのに、ノアルは僕の隣にぴったりくっついて座っている。 まぁ、混んできたらこれぐらいになるかもしれないし、気にしないでおこう……。


「お、先客がいるな。 って、珍しい組み合わせだな」


 そんな僕らの乗っている馬車に、3人の男性が乗り込んで来た。 その3人はいかにも冒険者な装備をしていて、体も鍛えていることが見ただけで分かった。


 なにより、彼らの体で目を引くのは、頭の上に付いている獣耳や腰の方から伸びる尻尾だ。


「お、本当だ、獣人と人間の組み合わせなんて珍しいな」

「リーダー! この人達、昨日ギルドで聞いた新人パーティーの2人じゃないっすか!?」

「あぁ、ゲイル達が話していたな」


 リーダーと呼ばれた灰色の髪に犬っぽい耳や尻尾をした獣人の人がそんな事を言っている。


「えーっと、初めましてですよね?」

「そうだな。 だが、話は聞いているぞ? とんでもない速さで赤ランクまで上がった獣人とパーティーを組んでいる新人がいると」


 そんな噂になってたのか。


「そうなんですか。 知っているかもしれませんが、ショーマと言います」

「……ノアル」

「俺はこの3人のパーティーのリーダーで、ギルンと言う」

「俺っちはリット!」

「ヨーガだ」

「ひょっとして、最近までダンジョンに行ってたパーティーですか?」

「ああ、そうだ。 ゲイルから聞いたのか?」

「はい。 ゲイルさんから聞きました」

「そうか、同じ馬車みたいだから、よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 この人たちと同じ馬車なのか。 気のいい人達みたいだな。 ノアルも同じ獣人という事で馴染めそうだし良かった。 リットさんの「よろしくっす!」という声かけにも「……ん、よろしく」と答えているから大丈夫だろう。


 賑やかな馬車の旅になりそうだ。

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