#32 準備(1)

 朝起きると、ショーマが土下座していた。


 それも、ベッドの上ではなく、床の上でだ。


 なんで謝っているのだろう? むしろ起きたら怒られるものかと思っていたのだが。


 昨日の夜、1人で眠ろうとして眼を閉じると、眠気の代わりに不安や恐怖といった負の感情が襲いかかってきた。


 村に戻った時に、家族や村人がいなくなっていたらどうしよう。


 どこかに移動したのならまだしも、もし……、死んでしまったりしていたら、と言うような考えがどうしても頭をよぎる。


 寝ていたベッドから体を起こし、横のベッドを見ると、そこには昨日と同じように、彼が寝ていた。


 この人は、不思議な人だ。 いや、お人好しと言った方が正しいか。


 ただ、決して悪い意味ではない。


 一昨日も同じような負の感情に襲われ、一瞬眠りにはつけたのだが、酷い悪夢を見てしまった。


 悪夢の内容が最悪なものになる直前に飛び起き、そのまま反射的に彼のベッドに入ってしまった。 誰かの温もりを感じていないと、自分が1人で取り残されたように思えてしょうがなかった。


 同じベッドで寝ている彼の近くはひどく安心してしまった。 そして、そのまま彼の横で彼の温かさを感じながら眠りについた。


 その温かさを覚えている以上、昨日も彼のベッドにお邪魔するのに大した時間は掛からなかった。


 朝起きたら、怒られるかもしれないが、その時はちゃんと事情も説明して謝ろう。


 と、思っていたのだが、なぜか自分が謝られている。


「……なにしてる?」

「ごめん、ノアル……」

「……?? ……なにに対して?」


 事情を聞くと、どうやら自分の魔力を回復させる方法を実は持っていて、それに先程気づいたそうだ。


「本当にごめん!」

「……頭を上げて」

「え?」

「……怒ってもないし、気にしてもない」


 そもそも、自分は彼がいなかったら死んでいた身で、故郷に戻るなんて選択肢を選ぶ事は出来なかったろう。


「……もちろん、早く故郷に戻りたいって思わないわけじゃない。 ……でも、しっかり準備しないと、今回はノアルだけじゃなくてショーマもいる。 ……だから、結果的にはこれで良かった」

「でも……」

「……ショーマがいなかったら、ノアルはここにはいない。 ……本当に感謝してる。 ……だから、謝る必要はない」

「……そっか」


 彼の顔は、まだ納得していないような、そんな表情だ。


 ……ちょっとイライラしてきた。


 こちらは許すと言っているのに、いつまで自己嫌悪してるんだろう。


 そんな所が、彼をお人好しと言わせる要因なんだけれども。


「……なんで、そんな悔やんでるの?」

「ノアルの家族が危ない目に遭っているなら、早く行くに越したことはないと思う。 ……家族は大事にするべきだよ」


 そんな事を言う彼の顔は、とても悲しそうで寂しそうだった。


「……そんな顔、しないで?」

「……! ……ごめん」

「……ショーマが自分を許せないなら、1つお願いを聞いて欲しい」

「お願い? うん、いいよ。 僕に出来る事ならなんだってする」


 よし、言質は取った。


「……これから寝る時は、ショーマの近くがいい」

「えぇっ!?」

「……なんでもするって言った」

「い、言ったけど……」

「……ダメ?」

「うっ」


 彼はとても悩んでいるみたいだ。


 このお願いは彼のためにも自分のためにもなる。 彼はこのお願いを聞く事で自分に対する罪悪感が薄れ、自分は彼の近くで寝ても怒られる事が無くなる。


 こちら側にしか利がないように見えるのは気のせいである。


「……分かったよ、ノアルがそれを望むなら、そうしよう」

「……ん、お願い聞いてくれたから、もう後悔しなくていい」

「そっか、ありがとうノアル」


 彼は少し申し訳なさそうにしながらも笑いながらそう言ってくれた。


 本当に、彼はお人好しだ。


 優しくて、実力もあって、それに……、カッコいい。


 そんな彼の事を、自分は…………





 なんだか、妙な事になってしまったが、結果的にはノアルには許してもらえた。


 最初から気にしていなかったようにも思えるが。


 そんな僕達は、部屋から出て食堂で食事をしている。 ちなみに、ゲイルさんも一緒だ。


「ゲイルさん、遠出するために必要なものが売っている店ってありますか?」

「ん? あぁ、獣人国に行くんだっけか? それなら道具屋に行けば色々と便利なもの売ってると思うぜ?」

「道具屋ですか?」

「あぁ、冒険者に役立つもんとか、割となんでも置いてあるぜ。 ……ただ、お前なら自分で作れるんじゃないか?」


 最後の方は周りに聞こえないよう小声で話してくれた。


「自分で、ですか?」

「あぁ、道具屋には魔道具も置いてあって、例えば、魔物に見つかりにくくなる結界を張る石とか、それ使って寝るだけで体力回復する寝袋とかあるんだが、寝袋はともかく、結界石ならお前でも作れるんじゃないか? 確かあれも魔法付与されたもんだったと思うぜ」

「なるほど、もしかしたら作れるかもしれませんね。 とりあえず、道具屋に行ってみて色々と見てこようと思います」

「それがいいな。 あとは食料とかもしっかり準備していった方がいいぞ。 うちのパーティーで遠出する時は、ミリーが収納魔法使えるから、あらかじめ作っておいた食べ物をミリーが保管して、必要になったらその都度出すっていう感じでやってるな。 ショーマも収納魔法使えるし、やってみたらどうだ?」

「いいですね、教えて下さりありがとうございます。 僕達も同じようにやってみます」

「相変わらず硬ぇなぁー、気にすんなって! 帰って来たら向こうで何があったのかとか教えてくれや!」

「もちろんです」


 その後、僕達は朝食を食べ終え、宿を出た。


 今向かっているのは、ゲイルさんに場所を教えてもらった道具屋だ。


「馬車使って行ったらどれくらいで着くだろう?」

「……何もなく行けば、2日くらいだと思う。 ……ノアルがあっちこっち行きながら走って3日くらいだったから、真っ直ぐ向かえば2日掛からないかも」


 という事は、少なくとも確実に1日は野宿する事になるのか。


 一応、手持ちは金貨20枚近くあるから、十分、必要なものは揃えられると思う。 けど、少しは残しておきたいから、なるべく必要なものだけ買うようにしよう。


「あ、ノアル? 道具屋に行く前に、少し寄りたいところがあるんだけど、そっちに行っていいかな?」

「……もちろん」

「ありがとう」


 寄りたい場所というのは、この前、少し立ち寄った市場だ。 あそこに行って、食料を買いたいのと、酸化鉄を売っていた鉱石屋が、もしかしたらいるんじゃないかという希望もあるので足を運んでみようと思ったのだ。 道具屋に行く通り道でもあるし、一石二鳥だろう。


 宿屋から少し歩いた、この前と同じ通りにその市場はあった。 相変わらず、活気があって、とても良い雰囲気の市場だ。


「……ここは?」

「市場だよ。 ここで、食材とか買って後で使おうかなって思ってるんだけど、どうかな?」

「……後で使うって?」

「ん? ああ、僕が今から買う食材使って料理作るんだよ。 朝出る時に、ララさんに厨房借りる許可はもらっておいたから」

「……! ショーマ、料理出来るの?」

「ララさん程ではないけどね。 家族に出せる程度の料理は作れるよ」

「……そうなんだ。 ……ショーマの料理、楽しみ」


 あんまり期待されると、好みに合わなかった時に困るからやめて欲しいんだけど……、美味しいって言ってもらえるよう、頑張らなきゃな。


 食材を売っている店に行き、色々と食材を買いまくる。 食材に使える金貨は5枚くらいなのだが、この市場で売っているものは結構安いものが多く、普通に1週間、節約すれば2週間分くらいの食材を買う事ができた。


 買ったものとしては、野菜や果物は見たことのあるものを中心に、少し見たこともないものも買ってみた。 肉は家畜の肉も買ったのだが、店の人に勧められた魔物の肉も同じくらい買った。 なんでも、家畜の肉よりも普通に美味しいんだそうだ。 後は、パンを買い、乳製品と卵を買い、他には、意外にもパスタの乾麺が粉物を売っている店に売っていたので、ある程度買って、同じ店で小麦粉とか、片栗粉も売っていたのでそれらもまとめて購入した。 最後に、調味料として、砂糖、塩、酢、醤油、味噌のいわゆる、さしすせそと呼ばれる主だった調味料に加えて、油や料理酒、香辛料にハーブも少しずつ買っておいた。


 うん、結構買って満足した。 久しぶりにこういう買い物をして、少し夢中になってしまった。 珍しい食材も沢山あったし、安かったのも原因だろう。 結局、金貨3枚くらいしか使わなかったし。


「ごめんね、ノアル。 時間かかっちゃって」

「……大丈夫、ノアルも楽しかった」


 ノアルにも意見を聞きながら買い物をしたので、退屈はしてなかったみたいだ。


 さて、食材以外にも、準備しなければいけないものは沢山ある。 今日中に準備終えるためにも色々と見て回らないとな。

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