第28話 土人形


 トルテラシティの外れの荒野にある小屋。水平線に浮かんでいるように見えるトルテラシティからは微かだが、星敬祭の盛り上がりを伝える音が聞こえてくる。

 その小屋の前でマーゲールは佇んでいた。すると、エナビィが街の方角から両手で何かを抱え、ゆっくりと歩いてきた。

「マーゲールさん、盗ってきましたよぉ」

 エナビィは両手に抱えていたものを地面に落とすように下ろした。

「お手数をかけてすみません」

「全然ですよぉ。私は盗賊ですしぃ、マーゲールさんのためならなんでも盗ってきますよぉ。でも、こんなもの何に使うんですかぁ?こんな鉄の固まりなんてぇ」

 エナビィが両手に抱えてきたものは拳程の大きさがある無数の鉄の球体だった。

「まぁ見ててください。面白いものをお見せできると思いますよ」

 マーゲールは作られたような笑みを浮かべ、眼鏡を指で押し上げた。

「なんですかぁ?面白いものってぇ」

 エナビィは首を傾げ、不思議といった顔をしている。マーゲールの両手には金のブレスレットが光っている。

「エナビィ、ちょっと下がっててください」

 エナビィはマーゲールの言葉に従い、後ろに下がった。

 マーゲールは前に数歩だけ歩み出て、斜め下の少し離れた地面に左手を突き出すようにかざした。すると、地面は綺麗な四角形にくり抜かれ、マーゲールの手に合わせてそのまま宙に浮いた。

 マーゲールが右手を四角形の土にかざすと、土はみるみる細かく分解された。かと思うとすぐに土は人の形を成していく。

 その体はゆうに六メートルは超えている。完全に人の形を成した後にマーゲールは両手を鉄に移し、かざした。鉄は分解され、マーゲールは左手だけを人の形をした土に向けた。

 分解された鉄は左手の動きに合わせて飛ばされ、人の形をした土の四肢や頭などのあらゆる場所に吸収された。そして、マーゲールはゆっくりと左手を下ろした。

「すごーい!マーゲールさん、流石ですねぇ」

「まだ完成ではありませんよ。最後の仕上げが残っています」

 マーゲールは内ポケットから不気味に赤く光る球体を取り出した。マーゲールはそれを右手に持ったまま突き出すように土人形に向け、手を離した。球体は落下する事なく、その場に浮遊している。

「それってなんですかぁ?」

「これは人や動物たちの生命力を凝縮させて閉じ込めたもので、あの人形の核になるものですよ」

 球体は動き始め、徐々に土人形へ近付いていく。そうして、土人形の胸の辺りに吸収されるようにして埋め込まれた。その瞬間に土人形は意志を持つかのように動きだした。

「うわぁ!動きましたよぉ!」

 エナビィは一人ではしゃいでいる。

「えぇ、そのようにしてありますから」

 土人形がマーゲールの前まで歩み寄り、片膝をひざまつかせてしゃがみ込んだ。

「でもぉ、こんなのってどうしてできちゃうんですかぁ?」

「説明してもいいんですが……エナビィにわかるか心配ですね」

「わかりますよぉ!あたしのこと馬鹿にしてるんですかぁ!?」

 エナビィは頬を膨らませ、怒りを表現している。

「馬鹿になんてしてませんよ。ただ、少し難しい話なので少し確認してみただけです」

「そうですかぁ。じゃあ早く説明してくださいよぉ」

「あんまり急かさないでください。そうですね…簡単に言えば土の成分を一度分解して土としての不純物を取り除きます。それを人の形に再構築させたのちに鉄を分子単位で手足から頭にかけてあらゆる場所の土に結合させるんです。それにより、土の崩壊を防ぐと同時に鉄は神経の役目をも担うのです。あとは先程の生命力を凝縮させた球体を内部に埋め込み、鉄と結合を行えばある程度人の動きを再現できる土人形が完成するんですよ。エナビィ、わかりましたか?」

 エナビィは人差し指だけを立てて顎に当て、首を傾げていた。エナビィの頭の上には幾つものクエスチョンマークが浮いているようにも見えた。

「全然わかんないよぉ。マーゲールさん、なんの話してたんですかぁ?」

「……やはりわかりませんか」

 マーゲールはわかっていたのか、顔に落胆の色は見られない。

「よう、随分楽しそうにしてるんじゃねぇか」

 小屋の中からラディムが松葉杖を突きながら二人の元にゆっくりと歩を進めてきた。ラディムは四肢に包帯を巻いていた。

「あっ、ラディムぅ!まだ動いちゃダメだってぇ」

「大丈夫だ。戦えそうにはないが、動くくらいならたいして痛みはないからな。ところであれはなんだ?」

 ラディムは顎で土人形をさした。

「あっ、あれぇ?あれはマーゲールさんお手製の土人形だよぉ」

「なんだそりゃ」

 ラディムは半分呆れたように言葉を吐き捨てた。

「二人がいることですし、一応今日のことを伝えておきますね」

「そういえば、あの祭りを襲撃するんだったな」

「えぇ。ラディム、行けますか?」

 マーゲールが感情を見せずに尋ねる。

「あぁ、大丈夫だ。だけどよ、大体の話はエナビィから聞いたぞ?襲撃場所とか襲撃時間とか」

「そうですが、大事なことを伝えるのを忘れていました。まず、二人はこの土人形を連れてに行ってください」

「なんの為にだ?俺が怪我して戦えないから、その代わりか?それならいらないぞ」

 マーゲールは作られたような笑みを浮かべ、眼鏡を指でかけ直した。

「その意味も多少は含んでいますが、もっとこの土人形には大事な意味が込められています」

「それってどんな意味なのぉ?」

「できるだけ騒ぎが広がるように派手に暴れて欲しいのです。ですから、この土人形は目立ちますから、派手に暴れるという観点からは最適だと思いますよ。派手に暴れてもらった方が私の仕事がはかどるものですから」

「そういうことか。なら納得だ」

「私は自分の準備に取り掛かりますので、ここらへんで失礼させて頂きます。では、予定通りにお願いしますよ」

 マーゲールはトルテラシティに向けて歩を進め始めた。

「エナビィ、俺は時間まで休ませてもらうな」

「わかったぁ。くれぐれも安静に、だよぉ?」

「あぁ、俺が次に起きた時にはそいつをちゃんと従わせておけよ」

「了解ぃ」

 エナビィはラディムに向かって冗談混じりに敬礼した。ラディムはエナビィの敬礼を無視して振り返り、小屋に戻った。



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