37歳の引きこもり息子の部屋に20年前の37歳の母親がタイムスリップしてきて将来食うに困らなくしてくれます

@rakugohanakosan

第1話同い年の母親

 二十年前、一九九九年


「うるせえな! ババア! 俺の部屋に入ってくるんじゃねえよ! 俺だって色々考えているんだよ!」


「どうしたの、ショウちゃん。なんで部屋に引きこもっちゃうの? あんなに勉強頑張ってたじゃない。理由だけでもお母さんに聞かせてちょうだい」


 現在、二〇一九年


「うるせえな! ババア! 俺の部屋に入ってくるんじゃねえよ! 俺だって色々考えているんだよ!」


「ねえ、ショウちゃん。部屋から出たくないのならそれでもいいの。ほら、今ならインターネットで部屋にいてもいろんなことができるでしょう? だから、何をやっているかだけでもお母さんに教えてちょうだい。お母さんだっていつまでもショウちゃんの面倒見てられないんだよ」


「ババアに言ったってどうせわかんねえよ。俺のことは放っておいてくれよ」


「お父さんだって、『母親のお前が甘やかすからいけないんだ。こんなバカ息子の面倒なんて見てられるか』って家を出ていっちゃったのよ。ショウちゃんがいまやってるインターネットのお金だって、お母さんのパート代から出してるのよ」


「恩着せがましいこと言うんじゃねえよ、ババア」


 ホワンホワン


 あれ? なんだか急に静かになったな。母さん、今日のところはあきらめてくれたかな。いつもみたいに、部屋のドアの前にご飯だけ置いていったのかな。


「ショウちゃん、入るわよ」


 なんだ、やっぱり母さんいたのか。それにしても、声が少し若返ったような……そんなことより、『部屋に入る』だなんて……ここ二十年そんなこと言ってきたことはなかったのに。いままで部屋の前で泣き崩れるばかりだったのに。だけど、ちゃんとドアにはカギもかけているし、まさか無理やりにでも部屋に入ってくることはないだろう。


「ショウちゃんがドアのカギを開けないのなら、母さん非常手段を使うわよ」


 非常手段? いったい何をすると言うんだ。と言っても、もう母さんも五十七歳だ。年老いた体ではそうそう強引なこともできないだろう。


 ザシュッ!


「か、母さん。いきなりドアの隙間からそんなごついナイフ突き立ててどうしようって言うんだよ?」


「決まってるじゃない。ショウちゃんがこのままカギを閉めたままでいるのなら、このナイフで留め金を切断して部屋に無理やり入るのよ」


「わ、わかったよ。母さんがそこまで言うのなら、部屋に入れるよ。だから、そんな乱暴なまねはよしてよ」


 ガチャリ


「この部屋の中に入るのは二十年ぶりってことになるのかしら、ショウちゃん。いくらなんでも息子を二十年間ひきこもらせっぱなしなんてのは甘やかしもいいところだったわ。これからは厳しくいきますからね。それで、久しぶりに自分の母親とご対面して、何か言うことはないのかしら」


 何か言うことと言っても、たしかに実際に母さんと顔を付き合わせるのは二十年ぶりだけど。今まで週刊マンガ雑誌と間違えて月刊マンガ雑誌を間違えて買ってきた母さんにドア越しで怒鳴り散らしたり、ネット契約に母さんだけ店にいかせたりしてたけれど……


「に、二十年ぶりだね、母さん。二十年もたって、ずいぶんと顔にシワが増えた……増えてないみたいだね。めっきり腰もひん曲がって……ひん曲がってないみたいだね。あれ? 二十年も見ていない顔だから俺が忘れちゃったのかな? でも、母さんは二十年前と何一つ変わってないみたいだけど……」


「二十年間たったって言うのに、ショウちゃんは母さんの顔を忘れていなかったみたいだね。うれしいわ。でも、母さんが二十年前と何一つ変わってないのも当然よ。なにせ、母さんは二十年前の母さんなんだからね」


 二十年前の母さん? たしか母さんは二十歳の時に俺を生んだって言ってたな。となると、俺の目の前にいる母さんは俺と同い年で三十七歳ってことになるのか? たしかに、二十年前、部屋に引きこもる前に見た母さんと何一つ変わらないといえば変わらないけれども……


「どうしたの、ショウちゃん。そんなに母さんの顔をまじまじと見つめちゃって。それもそうか。二十年ぶりだもんね。母さんの顔が懐かしいのも当然か。いいよ、ショウちゃんが気のすむまで見つめるといいわ」


 懐かしい? いや、俺が今感じている気持ちはそんなものじゃない。こうしてみると……二十年前の母さんの顔って、今三十七歳の俺の好みの直球ど真ん中? いや、そんなはずはない。二十年前の俺は、母親の顔なんて老けたおばさんとしか思っていなかったはずだ。プロポーションだって、くずれかけであることを隠しきれていないし……


「あらら、ショウちゃん。どうしたの、そんなに顔を赤くしちゃって。ひょっとして、照れてるのかな」


 だとすると、部屋に引きこもっていただけとはいえ二十年の月日が俺の性的志向を変えちゃったってことか? そりゃあ、最近おかずにしてるネットに違法アップロードされている同人誌が、女子高校生モノからその女子高校生のお母さんモノになってきたけど……


 でも、実のお母さんだよ。二十年間のへだたりはあるとしても、俺の実のお母さん。その母さんを、俺は、俺は……

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