第二話 偽りの好奇心-1
「……失礼、少々化粧直しをしてきますわ」
適当な理由をつけて一度会場から離脱する。見知らぬ人と話すことは大して不快でもないのだが、むやみやたらと香水くさい人間が多いのは辛いものがある。
あれほどの匂いを身にまとっていると、せっかくの食事も台無しになりそうなものだが、どうやらそれを気にしているような人はそれほどいなかった。おそらくここではそれが普通なのだろう。
(他国の貴族の振りをするのも楽じゃないわね……)
会場にたどり着くまでも自動走行車両という名の運転手必須の移動手段を用い、皆が一様に排気ガスをまき散らしながら現れる。
当の貴族たちも無駄に豪奢な装いに無駄に目線の高い口調。私をまだ成長しきらぬ少女と見れば途端に下心が丸出しになる輩までと『不快』『面倒くさい』のオンパレードであった。
本来であれば私は歪で不出来な鉄の塊には乗らず、馬で行きたかったのだが、馬の健康を考え自重した。この国の上流階級の町はあまりにも滑稽で汚い、という感想を持たずにはいられなかった。
挨拶を続けている中、途中からパーティ自体も始まっていた。目標も見つけはしたが、こちらもエルコーの余計なお世話のせいで全く手が離せず、現在まで接触はできていない。
(……そもそも初対面。かつパーティ初参加の少女が迷い子について問うたところで応じてもらえるのかしら)
とはいえやらないわけにもいかないだろう。やれと言われるのならやり遂げるまでだ。
*
「大丈夫ですか?」
「…………」
お手洗いから出た途端に声を掛けられる。
「……エルコー様、女性のお手洗い前で待機するのは如何なものかと。というか、なぜここに?」
お手洗いの出入り口目の前にエルコーが待機していた。会話の途中でそれとなく理由をつけて抜けてきたため、エルコーを少し拘束できたと思ったのだが……。
「私はフィルリア様のエスコートを申し入れたのです。であれば、最後までエスコートするべきでしょう。途中で投げ出すなどありえません」
「……そうですね……わね」
確かにそうなのかもしれない。が、今現在は嬉しくないし面倒だ。……いや?
「そういえばエルコー様。エルコー様は『迷い子』というものをご存じですか?」
ここはお手洗い前。しかも女性トイレ内に他の人がいないことも確認済だ。であれば周りに人がいないうちに、少し切り出しておくのも有りだろう。
案の定、エルコーの目つきが少しだけ鋭くなる。
「……君のような子が触れるようなことでもないと思うが……。ふむ、貴族ともなればやはり気にもなりますか」
『迷い子』はもはや黙っているだけで国民の大半が知るものである。当然、迷い子になった先でどうなるかなどは知りもしないのだが。しかし貴族ともなればおそらく迷い子を『使う側』。タイミングとしてもこの辺りで情報は仕入れておきたい。
「先に聞いておきたいのだが、君はそれを知ってどうしたい?」
「いえ、こう言っては何ですが、ただの知的好奇心にすぎません。この国で黙認されているという『迷い子』。それがどのようなもので、何が行われているのか。それがただ気になるだけですわ」
「……そうですか」
すると、エルコーは少し悩む素振りをした後、こう切り出す。
「君は私と同じ匂いがするが、知らないというのなら知るのも一興、ですかね。……好奇心は時に命をも落としますが、それでも知ろうとしますか?」
「ええ。私、学ぶことは好きなので。逆にわからないことがあると、とことんまで追求したくなってしまうんですよ」
「……その生き方は、その身を滅ぼしますよ。……まぁいいでしょう。知りたいのなら、迷い子をよく知る方に挨拶をしに行くとしましょう」
そう言うと、エルコーはさっと歩き出してしまう。
「エルコー様」
「なんだ?」
「先ほどまでのように、優しくエスコートしてくださいますか?」
「…………」
エルコーは少しだけ驚いたように目を見開き、そしてゆっくりと私の手を取った。
「ええ、そうですね。では、僭越ながら私がエスコートさせていただきます。フィルリア様」
私はエルコーに導かれるようにゆっくりと歩き出す。
これで良い。エルコーの反応は少し気になるが、まずは接触しなければ始まらない。身を滅ぼすと言われようが、私はやることをやるだけなのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます