塔 バベル

雨世界

1 あなたのことが大好きです

 塔 バベル


 本編


 あなたのことが大好きです

 

 1


 遅い。いくらなんでも遅すぎる。


『みなさん、おはようございます。本日も一日元気に頑張りましょう』


 巨大な画面に映し出された黒髪の女の子が、街を歩く人々に淡々とした口調で話しかけている。あちこちに設置されたスピーカーから女の子の声が聞こえてくる。女の子は今日の天気など様々な情報を喋り続けているが、その声に反応する人は誰もいない。誰もが時間を気にしながら足早に行動している。

 いつも通りの朝。見慣れた街の風景だ。

 アリスはそんな人たちの中で唯一、足を止めて立ち止まっていた。約束をしている相手が家から出てこないからだ。アリスは腕時計で時刻を確認する。もうそろそろやばい感じだ。


 しょうがないな。


 アリスはドアの横についているボタンを人差し指で連打した。ぶー、ぶー、ぶー、と音が鳴るがただそれだけでなんの反応も返ってこない。


 もしかしてまだ寝てるのかしら?


 ぶー、ぶー、ぶー。

 ぶー、ぶー、ぶー。


『おい、やめろ』


 ようやく反応が返ってきた。


「やめろじゃないわよ!! あんた今何時だかわかってるの!? 人を待たせておいてよくそんなことが言えるわよね。あのね、人を待たせることは時間を盗むことと同じことだって習わなかったの? あんたばかなの? 死ぬの?」

 

 とりあえず言いたいことを全部言ってやった。しばらく沈黙したあと返事が返ってくる。


『すぐ準備する。ちょっと待ってろ』


 まったく。相変わらずいい加減なんだから。待ってろじゃないっでしょ。待ってくださいでしょ。アリスはそれから五分くらいドアの近くで時間を潰した。その間ずっと大画面の中の女の子を見ていた。


『みなさん、今日は『年に一度の定期試験の日』です。準備はよろしいですか? 体調は万全ですか? 頑張って素晴らしい点数を取りましょう。私はみなさんの味方です。私はみなさんを応援しています。不安になったら私のことを思い出してください。私はあなたを応援しています。私はあなたを決して見捨てたりなんかしません』

 

 がちゃっと音がして振り返ると、レインが眠たそうに欠伸をしながら家から出てくるところだった。

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