第42話 或いは物語の始まり
―――某会議室、政府官僚達が顔を合わせて物々しい空気が漂っていた。
しかし実際にその場にいるのは眼鏡をかけ、白衣が板に着いた四十代の男性が一人。
官僚達はネットワーク回線を通じてテレビ電話のようなもので繋がっている。
「この3ヶ月、鍵の少女の観察を続けてきましたが、やはり我々人間の常識とは異なる次元の存在と言えるでしょう。知能を持ってはいますが脳は存在せず、自立歩行は可能ですが血液は通っていない。50年も研究を続けたというのに我々には理解出来ない」
「ふむ、やはりわからずか」
「しかしどうする。このまま鍵の少女を幽閉し続けるか?」
「外に出すのは危険すぎるだろ。このまま幽閉しておくのが最も安全に違いない」
「とはいえ、少女は幽体離脱のような能力を持っていて、それは外に自由に移動している訳だ。例の篠舞那月の件もそれによって魔力暴走が引き起こされている。我々は既に少女を幽閉しきれていないのだろう?」
「ならばいっその事、外に出してみるというのはどうだろうか」
「少女がBKSと接触してしまうのはまずいのではないか?」
「50年前にも少女はBKSと接触しているが何も起こらなかった。鍵の少女一人ではさほど大きな危険にはならないと考えるが」
「長い眠りから覚めたきっかけが篠舞那月と関係してるのであれば、BKSよりも篠舞那月との接触の方が危険なのかもしれない」
「篠舞那月と鍵の少女、その二人が合わさりBKSと接触すると、もしかしたら懸念している終焉がやってくるやもしれん」
「あくまで憶測の域を出ない話ではあるが、やはり危険であるという認識の方が強いか」
交わされる議論。
その動向を見守っていた白衣の男は、会話が途切れた瞬間を見計らって新しい情報を提供する。
「幽閉という手段はあくまで我々の知識上での話です。眠っていた間は動かなかったので彼女の管理も容易でしたが、今は訳が違う。あの子を幽閉なんて出来ませんよ」
彼の名前は
魔術研究機関COSMOSの八目島研究所所長である。
「というと?」
「鍵がかかり閉じられてるドアもいとも容易く開けられてしまいます。厳重なセキュリティもあの子の前じゃ全く役に立ちません。いずれ自分の意思でここを出る事になるでしょう」
「なんとか留められないか?」
「不可能です。人間に使う薬を投与しても効果はなく、そもそも殺す事も出来ない相手にどうやって太刀打ちしろと?」
「つまり未知の生命を人類が管理する事など烏滸がましいという事か」
「結末は神のみぞ知る。結局我々に出来るのは備える事だけ。その時が来たのならば我々は無力である」
「鍵の少女の管理はそちらに一任するとして、篠舞那月ならばこちらで管理する事も可能だろう。現在までの経過はどうなっている?」
「篠舞那月は71組にて特S級魔術士篝霧也とA級魔術士如月月夜の監視下に置かれていますが、いくつかの接触が試みられたそうです。しかしそれは今回の件とは無関係だと思われます」
「情報漏洩は最悪な結末を迎えかねん。特にメサイアは最近活動が沈静化しつつある。なにか大きな事を企んでいる可能性は高い」
「それに関しては徹底しております。こちらも万全を期していますよ」
「他に篠舞那月に関する情報は?」
「3ヶ月間の監視において、篠舞那月は他の生徒同様に特殊な力に目覚めている可能性が高いという事がわかりました」
「確実にとは言いきれないのか?」
「そうですね、恐らくは本人も自分の能力には気付いていないでしょうし、こちらもまだ実証データが少ないので」
「して、その能力とは?」
少し間を開けた柳誠は、それを言葉にする事を躊躇っていた。
何故ならその能力は、今までに例を見ない特殊なものであり、ある意味恐ろしい能力でもあったからだ。
「·····彼女の能力は心の解放」
「心の解放?どういう意味だ?」
「人の心のドアを開けるマスターキーを持っているという事です。つまり彼女の能力を使えば自然と心を開いてしまう、たとえ相手が誰であっても」
「それは脅威になり得るのか?」
「今のところそういった検証は出来ていませんし、何よりまだ仮説段階ですので·····。ただ仮にこれが本当であり、その能力を使いこなされたとしたら·····」
誠はゴクリと生唾を飲み込んだ。
この場で顔を揃えている官僚達にはその深刻さは未だに理解出来ていなかった。
「この世界を一変させてしまうかもしれません」
―――雨は嫌いだ。
暗くてジメジメするし、傘をさしてても外を歩けば否応なしに濡れるし、何より嫌な記憶を思い出すからだ。
6月、夏も間近というこの時期、気温は少しずつ上昇傾向にあるが、天気は駄々をこねるように下り坂。
そう、梅雨真っ盛りである。
今日も教室には窓を叩く音がBGM代わりとなって響く。
もちろんそんな事は誰も気にしていないようだが、窓の外を眺めるのが趣味(?)の神君は変わらず外を見つめ、一体何を思うのだろう。
かく言う私も、外を眺める神君の姿を眺めるのが趣味というか習慣というか、生きがいになりつつあるのだが。
今日も密やかに想いを馳せる自分はきっと幸せ者なんだろう。
恋だと気付いたあの日から私の気持ちは高揚したまま下がる事を知らず、周りの景色は以前よりも鮮やかに色付き始めているのがなんとなくわかる。
恋とはまさに魔法なのだ。
人を変えてしまう劇薬とも言える。
雨の日で憂鬱だというのに、ここまで高揚していられるのはまさにその劇薬のお陰だ。
このままこの気持ちが続いてくれればいいのに。
「おい篠舞、聞いてるのか?魂が抜けたマヌケな顔してるぞ」
授業中にボーッとしてたところを篝先生は見事に指摘する。
それにようやく我に返った私、もはや授業に支障が出始めているようだ。
「だ、大丈夫です!マヌケな顔ってのは余計です!」
「素直な感想だ」
「うわっ!ひどい!」
もはや篝先生とのこういうやり取りも慣れたものだ。
クラスの人数が少ないお陰で授業も退屈なものではなく、いくらかくだけた、ラフな感じである。
71組を担当するのは篝先生と如月先生の二人だけ、苦手な先生もいないので大分ユルい日常を送っていると自分でも思う。
この三ヶ月の月日は本当にあっという間に過ぎていった。
あまりに色濃い毎日のせいなのだろうけれど、こんな日々もいつかは終わるのだと思うと何だか切ない。
とは言え私たちはまだ二年生、あと一年半の猶予が残されているわけで、それなら全力で駆け抜けていきたいと私は思っている。
「ん·····?」
ぼんやりと外を眺めていた神君が珍しく何かに気付いたようで、授業中にも関わらず小さく声を漏らす。
彼に注目してばかりの私がそんな彼の些細な変化に気付かない訳もなく、それに釣られるように私も彼の視線の先に見えるものを追った。
そしてそれは探すまでもなく私の目に飛び込んでくる。
「え·····」
心臓が一際大きく揺れ動く。
背筋に寒気が駆け抜け、私の時間は停止する。
釘付けになっていた。
大きく目を見開いたまま、瞬きすらも出来ない。
窓の外、グラウンドの中央。
一人の少女が雨の中、傘もささずに立ち尽くしていた。
その姿は異様で、腰元まで伸びる銀色の髪と白いワンピースから覗く白い腕と足、靴を履いているようには見えない。
それだけでも驚くに値するだろうが、私の場合はさらにもう一つ。
「あの子·····」
頭の中にリフレインする記憶の断片。
春休み、バイト帰りのあの場所で。
私はあの子と出会っている。
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