第30話 片鱗②

よくよく話を聞くと、皆が特殊な能力を手に入れたきっかけは全て魔力覚醒だと言う。

この71組以外の生徒にはそういった特殊能力が発現したという話は一度も聞かなかったと涼平君は言っている。

となると本当に私にも何か特殊能力が目覚めていてもおかしくはない。


「ふふふ·····キタ·····キターーー!」


学校が終わり自室に戻った私は、堪えきれず歓声を上げる。

魔術覚醒をしただけでも魔力因子を持つ者の中でも二割程度という割合であり、十分に珍しい存在なのだけれど、それに加えて特殊能力まで持っているのならさらに唯一無二の存在と言える。


まさに選ばれし者。

ガンダムで言うところのニュータイプ、スターウォーズで言うところのジェダイ、猫で言うところの三毛猫の雄。


「落ち着け私、考えろ私、思い出せ私。あるはずだ何か違和感が·····」


魔力覚醒がきっかけだとして、特殊能力を得ていたとして、それを私が気付いていないのだとしたら、あの日から今までの間に何かしら変化が起きているかもしれない。

それこそ自分で気付かぬ程の些細な変化だとしても。


その変化に気付ければ自分の能力を見つける突破口になるかもしれない。


「う~ん·····」


最初の魔力暴走は少し特殊だったような気がするが、それ以降の日常は私にとっては常に非日常だったわけで、それ以外の変化は特になかったように思うのだけど。

先日の合宿の最中で何か異変があったかというと、私は今まで通りの私で特別何か特殊な能力を目覚めさせた感は皆無。

強いて言えば魔獣との戦いの時、自然と足が動いて茂明君の補助をしたという事くらいだが、あれが特殊能力って感じもしない。

あの時は何かやらなくちゃという使命感で動いていたというのが私の心情。


どんどんわからなくなっていく。

魔術だって別に普通だし、魔力量も一般的なレベルで成長度合いも飛び抜けている訳ではない。

ごく一般的な魔術士見習いと言っていい。


「なんかこう、すごい魔術でも使えたらいいんだけどなぁ。ミサちゃんみたいな特別なやつ」


その時、コツンという音を聞いた。

茂明君みたいな超聴力を持っていなくても十分に聞き取る事が可能な音だ。

そしてそれに違和感を覚えたのは、音の発信源が玄関とは真逆のベランダ側からだったという点である。

ベランダのガラス戸を見ても、そこに誰かがいる訳でもなく雨がガラスを叩いたという事もない。


違和感が恐怖へと姿を変え始めて、私は寝転がっていたベッドから恐る恐る立ち上がる。

確かに窓を叩く音が聞こえた。

呼吸を乱しながらも誰もいないベランダ向かってゆっくりと歩いていく。

そしてそこにいつもはないある物を見つけた。


「手紙·····?」


ベランダに落ちているのは封筒らしきシルエット。

少し安心してガラス戸を開け、その封筒を手に取ってみるが特に封筒には何も書かれていない。


封筒を開けてみると中には一枚の便箋が入っていて、それを取り出して内容を確認する。


「え·····」


書かれていた文字はたった一言。



『怒り』



わからない。

意味が全くわからない。

誰かが私に怒っているという意思表示なのか。


「どういう事·····?」


次の瞬間、その文字がゆらゆらと揺れ始め、意志を持っているかのように浮かび上がった。


「な、何これ·····」


空中を揺蕩う二文字が僅かに歪んだかと思ったら、瞬きの一瞬でそれは完全に消えてしまっていた。

書かれていたはずの文字が跡形もなく消えたのだ。

持っている便箋はもう白紙で、消えた文字がどこへいったのかもわからない。


「もしかして·····今のも魔術なの·····?」


気味が悪くなった私はその手紙をすぐに捨てて、ベランダへ飛び出した。

もちろんベランダへ誰かが侵入した形跡もなく、この手紙を投げ入れた人物の姿も確認出来ない。

そもそもここは地上三階で、こんな紙の手紙を投げ入れるなんて簡単に出来るわけもないので、犯人は風の魔術を使える魔術士と考えるべきだ。


この寮に住む風の魔術士は来栖君だけ。

まさかこの手紙は来栖君が·····。

何か意図があっての事なのか·····。

でも来栖君がこんな事をするのか·····?


頭の中は混乱、正しい答えを導き出すにはパズルのピースが圧倒的に足りていない。


「あぁっ!もうっ!」


得体の知れない恐怖と謎の体験に、私はどうしていいかわからず頭を抱えて声を漏らす。

このモヤモヤした感情はどうにも落ち着かない。

私は気分を変える為にお風呂へ入る事にした。












―――「釣れましたね。魔力の低い相手には効果は覿面ですねやはり」


71組の寮、そのすぐ近くで遠見秀一は指でメガネをかけ直しながら笑みを浮かべる。

秀一の横では腕を組んだまま、落ち着きなくトントンと指でリズムを刻み続ける時雨。


「さすがはシュウ、本当はもっと精神的に追い込みたかったけど今回は仕方ない。多少強引でもいい、奴らを潰せればな」


「効果はあまり続きませんので、早いうちに決着を。これがバレると僕の立場が危ういので」


「わかっているさ。まずは篠舞那月、堕ちてもらう。私の餌として」












同時刻、交番の中に駆け込んできた女性警察官、宇佐美珠奈は先輩の時貞龍馬の前に持っていた資料を置いた。


「調べてきましたよー先輩!TRの件、なかなか興味深い感じになってます!」


「やるなー、仕事が早いってのは出世するぞ」


龍馬もすぐにその資料を手に取り、それに軽く目を通せば目付きが鋭くなる。


「父親は官僚、母親は弁護士。小学校の時から何度か問題を起こしているみたいで、その中でも飼育小屋のウサギを虐待して殺したという疑惑はちょっと目を引きますね。結局、彼女がやったという証拠もなかったのでお咎めなしになったみたいですが」


「なるほどな。両親の力をもってすれば多少の事件はもみ消す事が出来るわけだ」


「中等部にいた頃の噂話などもいくつか聞いてきましたが、一番ヤバそうな話がありまして·····」


珠奈は周りを確認して声を殺し、密やかにその情報を話し始めた。


「彼女、中等部の頃に付き合っていた人がいたみたいなんですよ。ですがその人、三年生の頃に自殺してるんです」


「マジか·····。動機は?」


「遺書らしきものがあったみたいなんですが、内容はネガティブな呟きみたいな言葉が羅列してあったらしいです。自分は生きてる価値がないとか、人の視線が怖いとか、幸せになる権利がないとか·····」


「精神的に追い詰められていた、という訳か」


「クラスでは彼女が追い詰めて殺したんじゃないかという噂がたったみたいなんですが、これに関しても証拠がなく、単なる自殺として処理されたみたいです」


「·····まずいな、これはもしかしたら想像していたよりもずっとまずい案件かもしれんぞ」


「この噂がもし真実だったとしたら、彼女は相当ヤバイ人間かもしれないです。その人が今、生徒会長という権力を手にしてるのならなおさら」


龍馬は資料を机に置くと、神妙な面持ちで立ち上がり、珠奈の耳元で囁く。


「天知時雨の動向を監視しろ。向こうがしっぽを出すまで独断で行動するな。相手は学生だが油断はするなよ?」


「了解です!任せて下さい!必ずしっぽを掴んできますね!」


「あぁ、頼んだぞ」

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