ラストエバー

大柴 萌

Zクラス

第1話 編入①

そこは私の知らない世界。

今まで三年間の間過ごしてきた中等部を卒業して、何事もなく平凡に高等部へと進み、毎日を自分の思うように行動して楽しく過ごしてきた。

多分この先も同じように楽しく過ごしていけるんだろうなって、特に不安や苦悩も葛藤もなかった私は無意識下でそんな事を考えていたのだろう。

自分の身に宿っている魔力因子の事など思考の奥深くに置いてきたままで、自分には関係の無い事だと決めつけていた節はある。

運命なのか偶然なのか必然なのか、しかし奇跡と呼べる程珍しい訳でもないその現象が私を襲ったのは春休みの出来事だった。

あの日、あの場所で、あの事態に遭遇していなかったら、きっと私は今でも何気ない日常を謳歌する一女子高生でいられたのだろう。


「ふぅ·····」


私は見慣れない廊下を歩きながら小さな溜め息を吐いた。

それは決してこの先の未来への悲観から漏れた訳ではなく、新しい一歩を踏み出す事に対する少々の緊張があったからであり、その小さな溜め息によって高鳴る鼓動を抑えるのには十分な効果はある。


「なんだ緊張してるのか?」


私の前を先導していた私よりも一回り大きな背中は、立ち止まる事も振り返る事もなく、ただ少しバカにしたような含みを持たせて私に問う。


「え?そりゃちょっとは緊張しますって。なにせこんなの初めてなんですもん」


「そんなに緊張するような所じゃない。見たらわかる」


目の前のこの男が何を言いたいのかというのを予想するのは時間の無駄だろう。

もうじきその場所へと到着するのはわかっている事で、結局そこで私はその真意を知るのだから考える必要は無い。

とはわかっているが、そんな風に簡単に割り切る事が出来ればそもそも緊張なんてする事はないはずだ。


「あのー、一つだけ聞きたいことがあるんですが·····」


「手短に話せ。答えるかは質問次第だ」


「あなたは本当に·····教師なんですか?」


私の突拍子もない質問にいよいよその足を止めた男は、ようやく振り返ってつまらなそうな顔で鼻を鳴らす。


「ふん、お前がどう感じようが構わないが、残念ながら俺がお前の教師になるという事実は変わらない。諦めろ」


「は、はぁ·····」


「しかしまだ会って間もない人間に向かってそういうセリフを吐けるその図太さは少しは評価しておいてやる」


今のは間違いなく私をバカにしていたな。

確かに似たような事はよく言われるけども。

たまにこういう軽口が出てしまうのは私の悪い癖であるとは自覚しているが、たまに悪気なくポロッと出てしまうのは無意識で無自覚だからなかなか治すのは難しい。


「言っておくが、このクラスに入った事でお前の日常は大きく変わる。今までの学校生活の事は忘れろ。ここから先はまた新たな始まりだ」


「は、はい!」


無精髭に白髪混じりのボサボサの髪、ヨレヨレのトレンチコートを羽織ったその姿はやはりどう見ても教師とは思えない。

見た目にここまで説得力のない人間というのもある意味才能と言えようか。

しかしこの男がこれから私が編入するクラスの担任だと言うのだから認めざるを得ない。


「·····ここだ」


私の心の準備など少しも考えずにそのまま教室のドアを開け放った担任(仮)の後に続いて、私もその教室内へと一歩を踏み出す。


始まるのだ、ここから。

私の新たな人生の1ページが。


ここから先は私の知らない世界。

魔力を覚醒させた者のみが集う場所。

この『Zクラス』から私の新たな人生が動き出す。


はず。

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