それはどこまでも青く・・
青い星
第1話
群青、と言うのだろうか。
ロイヤルブルー、と言えばいいのだろうか。
どこまでも、深い深い青。その下に、鉛筆書きのような優しいタッチで、人物の後ろ姿が描かれ、その眼前には、夕闇を迎える町並みが赤く広がっている。大きなカンバスに描かれた絵だった。白い壁に、二方からのライトを浴びて、ひっそりと飾られている。
長い間、卒業展覧会の最優秀賞作品だというその絵を見ていた。
ふと、視界の端に、人影を捉える。その途端、心臓がどくどくと高鳴りはじめた。着ているコートの中で、音を立てる心臓。それは、人影が近付いてくるごとに大きくなった。彼の気配に全く気付いていない振りをして、私は青い絵を見続ける。
視界の端で、彼が立ち止まった。自分の心臓の音が、コートから外に漏れるのではないかと思った。
「先生…」
彼が言った。その声にはじめて気付いたかのように、彼に視線を移す。
「劉、天…」
「元気でしたか?」
少し微笑んで、彼が言った。こちらも笑い返そうとしたがうまくいかない。
「…来ないつもりだったけど、」そう言って、言葉に詰まった。
来ないつもりだったけど、未練がましく来てしまった。彼の顔を見ながら、心の中で言った。その声が聞こえたわけではないだろうけど、彼は近付いてきて、私の手を取った。
「来てくれて、よかったです。先生に見てほしい、思っていましたから」
ゆっくりと、踵を返して、手を引っ張っていく。彼に連れられるまま、白い壁に飾られた絵の中を進んだ。白い壁が途切れて、薄いブルーの壁になった。その一画に、彼の絵が飾られている。
彼は振り返って、寂しそうに笑った。
「あなた、です」
白いカンバスに、影のような、文字のような淡いトーンの、大小さまざまなドットが散りばめられていた。それは、一見煩雑に青、赤、黒と重なり合っている。よく見ると青い空にそびえ立つ赤い塔をバックに、女の人がこちらを振り返っている姿に見えてくる。細かい表情は描かれていないのに、何となく、彼女が赤い唇を大きく開けて笑っているように感じた。
「わ、たし?」
劉天が肯いた。
泣きそうになるのを懸命に堪えた。
「先生、この絵と並んでください。一緒に、写真撮りましょう」
肯いて、私は絵と並んだ。彼が、ポケットから取り出したスマホを構える。精一杯の笑顔で笑った。シャッター音がして、彼が嬉しそうに、写真を確認する。
「これ、忘れない」
「うん。私も、忘れない。卒業、おめでとう」
我慢しきれず、涙がぽろぽろと目から零れた。その涙を手の甲で、劉天が拭いてくれる。
そして、私は彼に別れを告げた。
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