紺青の縁(こんじょうのえにし)

鮎風遊

第1話 美術サークル

 霧沢亜久斗きりさわあくとは還暦の歳となった。

 そして、この年の三月末日をもって、長年勤めてきた京都の会社を定年退職した。

 それからまだ一週間も経たない桜咲く春光うららかな日に、妻のルリとともに三千院と寂光院じゃっこういんの大原一円を散策した。

 もちろんこの辺りのベストシーズンは紅葉の頃。だが久し振りに妻と歩いたのどかな里村の道、気分は最高だった。

 そして叡山えいざん電鉄で出町柳でまちやなぎまで戻ってきた。河原町今出川かわらまちいまでがわ辺りで、久々に二人で夕食でも取ろうかと、今賀茂大橋かもおおはしを渡っている。


 それは北の貴船、そして鞍馬から流れくる賀茂川と、八瀬大原から下りくる高野川が合流する地点、そこに架かる大きな橋なのだ。

 今は桜花爛漫おうからんまんの時節。花に酔った人たちの行き交いがそこにはある。しかし、霧沢はそんなざわめきの中にもそこはかとなく漂う古都の風情を感じ取ったのだろうか、橋の中央でふと足を止めた。

 それから何かを思い出したかのように、川の流れを漫然と眺め、その視線を上流へとさかのぼらせる。そして、その先にある風景をぼんやりと眺める。


 賀茂大橋からの遠望、それは学生時代から何も変わっていない。今も右に比叡山、左に鞍馬山、そして中央には北山の山々が連なっている。だがこの時季は春霞がかかっているのか、遠景の山々の輪郭は不明瞭でぼやけている。

 それでも霧沢は、そこからの眺望が一番気に入っているのだ。そのせいか、まるで心を奪われてしまったかのようにそれに眺め入ってしまっている。


「ねえ、あなた、これからどうするつもりなの?」

 横に寄り添っているルリから、心配そうに声が掛かってきた。しかし、霧沢は沈黙したままあごの辺りに手を持っていき、少し伸びた髭をただ無造作にさするだけ。

 ルリはこんな霧沢が多分じれったいのだろう、「そうだわね、第一線からはもう退いたのだから、時間は一杯あるでしょ。また絵でも、一緒に描きましょうよ」と勝手に結論付けた。


 霧沢は遠く霞んだ山並みを、まるでそれに陶酔しているかのように眺めたまま、「そうだなあ、だけど絵を描く前に、ちょっと調べておきたいことがあるんだよなあ」と、横にいるルリに由有り気よしありげに返した。

 ルリはそれに対し「そうなの」と一旦小さく呟いたが、考えを巡らせている。そして、夫が何を考えているのかをきっと見透かしてしまったのだろう、言葉を続ける。

「ねえあなた、あなたが調べておきたいことって、逝ってしまった宙蔵ちゅうぞうさん、それと洋子ようこ、そして桜子さくらこ、それに光樹こうきさんと沙那さな、この五人のことなのね。……、知り過ぎない方が良いこともあるのよ。あなた、それでもいいの?」

 ルリがこう囁き、その後何かに怯えたかのように、自分の手をそっと霧沢の手に添わせてくる。霧沢は「うん、だけど、やっぱり調べてみるよ」と妻に再度自分の意志を伝えた。


 まさしくこの年の三月末日で、霧沢は長年の会社生活に終止符を打った。そして現在、妻ルリとの第二の人生が形式的には始まったところだと言える。

 霧沢にとっての定年退職後の人生、勤務していた頃は日々多忙の中にはあったが、ルリが薦めるように好きな絵でも描こうかと思っていた。しかし、その前に、自分なりに結論付けをしておきたいことがある。  

 それは今まで深く考えることもなかった四つの出来事。それらの過去を振り返り、己の気持ちに決着を付けておきたいのだ。そうしなければ第二の人生へと踏み出せない。


 それほどまでに霧沢亜久斗がこだわってしまう四つの出来事、もしそれらを紐解こうとするならば、学生時代、すなわち四十年前まで遡らなければならない。

 その言い方を変えれば、そこからルリとの男と女の一つの物語が始まった。そして、それはまだ終わっていないのだと霧沢には思えてくるのだった。


 その当時へと回顧すれば、霧沢は十八歳の時に地方から出て来て、京都で学生時代を過ごしていた。そして、その頃のキャンパスは学生運動で大きく揺れていた。

 一九六九年一月十八日と十九日、七十八時間の攻防の末、全共闘が封鎖する東大安田講堂が陥落した。

 また京都では、それに反発するかのように学生運動はさらに激しさを増し、百万遍ひゃくまんべんの交差点が解放区になったりもした。

 そんなラディカルな闘争が続いてはいたが、霧沢は学生運動には興味がなく、いわゆるノンポリの部類だった。その証拠と言えるのかも知れないが、なぜか美術サークルに所属していたのだ。そしてその同類のメンバーに、花木宙三、滝川光樹、桜子、ルリの四人がいた。


 確かに、霧沢は幼い頃から絵を描くことが好きだった。だがノンポリ中のノンポリだったためか、美術サークルだと言っても創作活動にそれほど熱を上げていたわけではなかった。美術室が使える日を狙って、たまにブルータスの石膏像のデッサンをする程度のものだった。

 しかし要領だけは良かったのだろう、留年することもなく二十二歳で卒業した。そして霧沢はその機に心機一転、秘めた夢を追って、海外へと一人羽ばたいて行ったのだ。 

 それからというものは、美術サークルのメンバーたちへ連絡を取ることもなくなり、音信不通の状態となった。

 こうして友人たちとの縁も自然消滅していってしまったのだった。



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