第4話 木曜日/私とあいつの学校生活

放課後。

自習室に向かっている途中で

『小学生の妹がサッカーをやりたがっている。

でも近くに女子サッカークラブが見つからないので、男子サッカー部に入ることも検討している。

男子のサッカー部に所属していた時のことを教えてほしい』

と言われて連れ込まれた社会科準備室。

私は同級生の女子生徒4人に取り囲まれて、口々に責められていた。

「だからさ、男子とベタベタしすぎ」

「火曜日の体育の時だって、Y田君とじゃれてたかと思えば、釈氏君を見つめたりして」

「せめて1人に絞ろうとか思わないの?」

「陰でビッチとか言われてるよ?」

ビッチって…。

男子と話す事が多いからって、ビッチって…。

恋愛感情を匂わすようなこと、言ってもやってもないのに。

「あのさ…Y田とはサッカー繋がりで、小学生の頃から仲良いんだよ。いきなり話さなくなったら変でしょ?」

「そういう風にサッカーやってたことを利用して!」

「ズルイ!汚い!」

4人の中の2人が、カッと顔色を変えた。

もしかしてこの2人、Y田のことが好きなのか。

あいつ案外モテるんだな、知らなかった。

「えっと…じゃあ、釈氏とはテストでいつも1位と2位だから、自然と絡むことが多くて―」

「釈氏君の次に成績良いからって仲良くする理由にはならないでしょ」

「勉強できるからって調子乗ってるよね」

今度は残りの2人がスッと顔色を変えた。

こっちの2人は釈氏のことが好きっぽいな。

釈氏が女子に人気があるのは知っていた。

黙っていれば美少年だもんな、あいつ。

それにしてもこの状況をどう切り抜けたものか。

とりあえず、まずは釈氏のことが好きらしい2人におずおず話しかける。

「えっとね…さっきあんた達、成績良いからって仲良くする理由にはならない、って言ったよね?」

「言ったけど、それが何よ」

睨まれながら返答される。

「私、Y田とは仲良いと自分でも思ってるけど、釈氏とは別に仲良くないんだけど…」

私のセリフに、2人はえっ、という表情をして顔を見合わせた。

でもすぐにキッと私に向き直り

「じゃあこれからは、釈氏君とは口きかないって約束して!仲良くないんでしょ!」

「自然と絡むことが多いって言うなら、これからは意識して釈氏君から離れて!絡まないようにして!」

と、噛みつくように言ってきた。

今度は私がえっ、という気持ちになった。

極端なこと言うな、こいつら。

…釈氏とこれから喋らない、か。

うーん…

「私は―」

―ガラッ!

私が言いかけると同時に、準備室の扉が乱暴に開かれた。

私達は全員驚いてそちらを向く。

「あ…」

「釈氏君…」

扉を開いたのは、不快そうに眉をひそめた釈氏だった。

「…何してるんだい?」

「えっと…」

4人は顔を見合わせながら言いよどむ。

「僕、先生に頼まれて、教材を取りに来たんだけど…何?いじめ?」

釈氏がトゲのある低い声で詰問する。

いじめという単語に4人は大慌てでかぶりを振った。

「違う違う!いじめなんて!ねえ、みんな?」

「ええ!…その…楽々浦さんにサッカーについて聞きたいことがあって」

女子達の返答に

「怒鳴り声がしてたけど」

釈氏はバッサリ切り返す。

「…」

言葉を失った4人に対して釈氏は深くため息をついた。

「どうでもいいけど、そこ、どいてくれないかな。取りに来た教材、君達の後ろの棚に入ってるんだけど」

「あっ、うん、みんな、行きましょ」

1人がそう言うと、4人は足早に準備室から出ていった。

あとには私と釈氏が残された。

「…」

「…」

変な場面を見られて気まずい。私もさっさと出ていこう。

扉に足を向けると

―カラカラカラ…ガチャン

釈氏が扉を閉めてしまった。

しかも鍵まで閉めた。

「…なんだよ」

「楽々浦さん、ちょっと話がある」

「先生に頼まれごとされてるって…」

「あんなの嘘に決まってるだろ」

言いながらこちらを振り向く釈氏は、怖い顔―いや、慄いてしまう程に暗い目をしていた。

「…なんだよ」

後ろ暗いことは何も無いはずなのに、なんだかたじろいでしまって、声が少し震えた。

「僕がこの部屋に入る直前、僕とはもう口きかないって約束しろ、って言われてたよね?」

うん、とうなづく。

無表情で、暗い目で、低い声で問う釈氏は、呪われている人形のように不気味だ。

「もし僕が来なかったら、君は何て答えてた?」

「え…」

それは

「嫌だって言おうとしてた」

釈氏の雰囲気がパッと明るくなった。

「…あ…そうなの…?」

うん、とうなづく。

「…なんだ…良かった」

先ほどまでの険悪さが嘘のように釈氏は安堵していた。

ははーん。

さてはこいつ、主席の座を虎視眈々と狙っているライバルである私と絶縁になるのが嫌だっただけか。

まあ、好敵手がいなくなると張り合いが無くて困る気持ちは私にも分かる。

「あのさ…なんで?」

「え?」

「なんで僕と口きけなくなるのは嫌だったの?」

「…」

私はこの質問に即答できなかった。

なんでだろ。

自分でもよく分からない。

あいつらの言いなりになるのが嫌だった?

まあ、それもある。

でもそれより。

まだ1度も勝てたことが無いとはいえ、私からしても釈氏は学年主席の座を取り合うライバルだ。

ライバルと絶縁状態になるのはなんだかつまらない。

うん、つまらないから、かな。

「あんたと喋れなくなったら、ちょっとつまんないから…」

「へえ…そう。僕と喋れないとつまんないんだ」

私がやっと出した答えだったのに、釈氏はニヤニヤ笑っていつも通りのからかうような口調だ。

でもその目と声は、今まで見たことも聞いたことも無いほど柔らかだった。

…なんだか居心地が悪い気分だ。

「話はもう終わり?塾に行きたいんだけど」

「ああ、うん。僕も今日は塾あるんだ」

あ、やっぱりこいつも塾行ってるんだ。

2人で準備室から出て下駄箱に向かう。

「引き止めちゃったけど、塾の時間は大丈夫?遅刻しない?」

「いや、大丈夫。授業始まるまで自習室で勉強するつもりだったから。遅刻の心配は全然ない。」

「いつも塾の自習室で勉強してるのかい?」

「うん、あと学校の自習室もよく使ってる」

なんでこいつとこんなに喋ってるんだ。

いや、だって向こうが質問してくるから…。

そういえば、さっきまで釈氏やY田と仲良くするなって言われてたのに、2人で話しながら歩いている。

あの4人組に見られたらまた何か言われるかも。

…まあ、話の内容が勉強のことばっかりだから別にいいだろう。

趣味とかの話ならともかく、勉強の話なら言い訳が立つ。

…言い訳?

なんで私が。

誰に言い訳しなきゃならないんだ。

らしくもなくグルグル考えてしまう。

止めだ止め!

やましいことも無いのに、なんで私がグルグル悩まなきゃならないんだ。

だって私は釈氏もY田も好きじゃないんだから。

私は恋愛的な意味で好きな人は誰もいないのだから。

私はお兄ちゃんの分まで頑張らなきゃいけないんだから。

恋なんてしたこともしてる暇もないんだ。

「僕、学校の自習室はあまり使ったことないな」

「へえ、じゃあどこで勉強してるの?家?」

私も質問してみる。

「いや―」

釈氏は言葉を切り、私をジッと見て、そして

「―秘密基地」

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