密かな嫌がらせ?

「ようこそいらっしゃいました」

 予定時間よりも遅れて到着したディレント公爵夫妻を出迎えたレイは、笑顔でそう言って車から降りてくる婦人に手を貸した。

「待たせてしまって申し訳ない。ちょっと、出掛けに急ぎの連絡が入ってしまってな」

「いえ、お忙しいのにお越し頂けて嬉しいです」

 そう言って握手を交わし、そのまま中へ案内する。



「ほう、話には聞いていたが、これは見事なミスリルの原石だな。これが其方の家族の所有する鉱山から出たミスリル鉱石なのだな」

「はい、そうです。ギードはまだ相当量の採掘が見込めるって言ってました」

「国内のミスリル鉱山は貴重だからな。頑張って採掘してもらわねばな」

「鉱山では、ノーム達が張り切ってくれてるんだって聞きました」

「成る程なあ。ドワーフが管理する鉱山では、精霊が採掘を請け負うと言うのは誠だったのか。精霊使いとはすごいものだな」

 感心したようにそう言い、大きく頷くとミスリル鉱石の上に飾られた大きな天球図のタペストリーを見上げる。

「よくまとまっておる、其方らしい玄関だな。うむ、素晴らしい」

 笑顔で手を叩く公爵に,レイも笑顔でお礼を言ってそのまま廊下を歩く。

「ほう、ここは幻獣の版画で統一したのか。これはケットシーの親子の連作か。なかなか素晴らしい」

 いつもよりも少しゆっくりと歩き、一枚ずつ飾られた版画を見てくれる公爵を、レイは終始笑顔で見つめていた。

 先ほどロベリオ達からも褒められたのと同じ事を言われ、また慌てて首を振るレイだった。




「父上も人が悪い。あれ、絶対にわざとだよなあ」

 一方、休憩室で寛いでいたルークが、ようやく到着したらしいディレント公爵がいつまで経っても休憩室に来ないのに気づいて、ロベリオ達に向かって苦笑いしながらそんな事を言う。

「まあ、お手並み拝見、って事なんだろうさ。当のレイルズは、張り切って版画の一枚一枚を全部解説していそうだけどさ」

「なあ、どうなってるかちょっとだけ見に行かないか?」

 にんまりと笑ったルークの言葉に、ロベリオとユージンが嬉々として手を挙げ、そのまま揃って部屋を出て行ってしまった。



 大人しく座っていたジャスミンとティミーがそんな彼らの行動を見て驚きに目を見開く。

 通常訪ねて行った先の屋敷で、勝手に案内された部屋から出ていくような事はしない。

 しかし、彼らが執事を伴って出て行ったのを見て安堵のため息を吐いたティミーは、隣に座る母親を見上げた。



「ねえ、母上。ルーク様が仰られたのって、ディレント公爵閣下の事ですよね。お人が悪いって、どういう事ですか?」

 ジャスミンも同じ事を思っていたので、小さく頷いてボナギル伯爵を見上げる。

 顔を見合わせて笑い合ったヴィッセラート伯爵夫人とボナギル伯爵は、視線でのやり取りの後にボナギル伯爵が口を開いた。

「遅れて来られたのがわざとかどうかは分からぬが、要するに、予定外の事態を起こさせて、その対応ぶりを見ようというお考えなのだろうな」

 その説明にジャスミンは不思議そうにしつつも頷く。

「昼食は、庭でいただく予定との事でしたけれど、少々時間が遅れているようでしょう?」

 母の説明に、ティミーも頷く。

「そうなると、裏方の者達の段取りが大きく狂ってくる。出す予定の料理は、基本時間に合わせて仕上げるので、あまり時間が経つと見栄えが悪くなったりするだろうし、最悪の場合には料理自体が台無しになる事だってあるだろうな」

 笑ったボナギル伯爵の言葉に、ジャスミンが慌てたように立ち上がりかけて伯爵に止められる。

「そこで、裏方の者達の技量が問われるわけだ。予定の時間が狂っても、なんとか場を取り繕ってすぐに代わりの料理を出せれば、まあ良し。何事も無かったかのように自然に作りたての料理が間を置かずに出てくれば優秀。更にそれをしながら、各自に好みの肉に焼き方を聞いたり予定外の料理のリクエストにも即座に応えられるようならば最高だな」

「実際には直接指導や教育をしているわけでは無いが、屋敷に働く者達の技量は、そのままその主人への評価に繋がる。特に、今日のように初めての場での様子は、皆注目しているよ」

 横から追加で説明をするマイリーの言葉に。ジャスミンとティミーは納得して頷きつつ、揃って心配になってきた。

「父上、レイルズ様の評価が下がったりしませんよね」

「母上。レイルズ様は大丈夫ですよね?」

 縋るような二人の言葉に、大人達は揃って笑顔で頷いた。

「もちろん大丈夫だよ。まあ見ていなさい。例え何があろうとも私はレイルズ様の味方だから安心なさい」

「大丈夫よ。レイルズ様ですもの。きっと立派に成し遂げてご覧になるわ」

 優しい二人の言葉に、ティミーとジャスミンは、顔を見合わせて揃ってうんうんと頷きあっていたのだった。



 その時、出て行っていたルーク達が笑顔で戻って来た。

「おかえり、どうだった?」

 にんまり笑ったマイリーの声に、ルーク達が揃って親指を立てて見せる。

「いやあ、なかなか面白かったですよ。父上が一枚ずつ版画を見た後に勝手に階段を上がってそこに飾られてる別の版画を見始めた途端、あいつなんて言ったと思います?」

「さあ、また解説を始めたのか?」

 ヴィゴが笑いながらそう言うと、揃って首を振った三人は同時に答えた。

「閣下、美味しい昼食が待っていますので、階段の版画はお食事の後にご案内します。ってな」

「いやあ、いっそ清々しいくらいの無邪気さだよ」

「ああ言われたら、従う他ないよね。公爵閣下も苦笑いしておられたよ」

「おお、ここでも相変わらずの最強ぶりだな」

 感心したようなマイリーの言葉に、部屋は笑いに包まれたのだった。





「お待たせいたしました」

 その時、そんな彼らの話など知らぬレイが、笑顔でディレント公爵夫妻を伴って戻ってくる。

「父上、遅すぎです。俺たちを餓死させるおつもりですか?」

 平然と文句を言うルークに、彼らが見に来ていた事など当然気が付いていた公爵だったが、素知らぬ顔で謝り、そのままアルベルトの案内で揃って庭へ出て行ったのだった。



『成る程なあ。あの公爵もなかなかの曲者だな』

 笑ったブルーのシルフの言葉に、しかしニコスのシルフ達は揃って首を振る。


『だけどあの公爵はとても良い人』

『わざとならもっと遅れて来る』

『それに時間はかけて褒めているけれど』

『わざとけなしたり文句を言ったりはしていない』

『良い人良い人』


『つまり、本当に所用で少々遅れたので、ついでに対応を見てやれと考えているわけか』

 揃って頷くニコスのシルフ達を見て、ブルーのシルフは鼻で笑った。

『人の子の付き合いとは面倒くさいのだな。今日の我は見学に徹するからよろしく頼む』

 うんざりした様子を隠そうともしないブルーのシルフの様子に、ニコスシルフ達は揃って面白そうにコロコロと笑って頷いていたのだった。

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