案内の始まり

「暑い中、ようこそ瑠璃の館へ」

 出迎えたレイの、嬉しそうな声に皆も笑顔になる。

「楽しみにしていたんだよ。どれくらい綺麗になったのが是非詳しく見せてくれたまえ」

 アルス皇子の言葉にレイが元気に返事をして、アルベルトも深々と一礼したのだった。



 元の主人が家をたたみ爵位を返上した後、この瑠璃の館はすっかり第一線からは忘れられてしまい、美しかった庭もやや荒れた印象になっていた。

 最低限の修繕しか出来なかった以前と違い、あちこちに手を加えられて輝きを増した屋敷の壁一面に埋め込まれた青いタイル。新たに窓枠が白く塗られた瑠璃の館は、わずかに差し込む夏の日差しにひときわ輝いて見えた。

 到着してすっかり綺麗になった瑠璃の館を目にした一同の口から堪えきれないような声が上がる。

「ほう、これは素晴らしい。窓枠を白に変えただけで、これほど違って見えるものだなあ。帰ったら母上に報告しておこう」

 感心したようなアルス皇子の呟きに、マイリーとルーク、それからカウリも一緒になって頷いている。

「凄い。本当にラピスの鱗の色そのままだねえ」

「本当ですね。こんなに綺麗になって、建物も喜んでるみたいに見えます」

 タドラの感心したような呟きに、ティミーも同じく瑠璃の館を見上げたままそう言って何度も頷いていたのだった。

 彼らも以前の荒れた瑠璃の館を知るだけに、手を入れればここまで美しくなるのだという好例を見せられて、二人揃って感心しているのだった。

 それから順番に一人ずつ簡単な挨拶を交わす。

 誰も揶揄ったりせずに、一生懸命教えられた出迎えの口上を述べるレイを笑顔で見つめていたのだった。



 馬車から降りてきたロベリオとフェリシア様、ユージンとサスキア様ともにこやかに挨拶を交わす。

 それから最後に馬車から降りてきたヴィゴの一家ともにこやかに挨拶を交わした。

「どうぞ入ってください。暑かったでしょう」

 レイはこれ以上ないくらいのいい笑顔でそう言い、ラプトルを担当のものにまとめて預ける。

 今日の瑠璃の館は、いつもと違って裏方の一番下の者達に至るまで一日中予定が詰まっていて大忙しだ。

 しかし皆、新しい主人の初めてのお披露目会を成功させようと、一生懸命にそれぞれに与えられた仕事をこなしていたのだった。



 一階に設けられた広い休憩室にまずは一同を通すのだが、玄関を入ったところの広い玄関ホールで皆の足が自然に止まる。

「これは見事なミスリル鉱石だね。まるで誂えたみたいにここに収まっているよ。ああ千年樹の飾り板もここに置いたんだね」

 アルス皇子の言葉に、レイも笑顔で頷く。オルダムへ来て初めての年の降誕祭に陛下からいただいた逸品だ。

「へえ、このタペストリーも綺麗ですね」

 小柄なティミーが、首を上に向けて正面上側にかけられている天球図のタペストリーを見て感心している。

 分厚い織物で作られたそれは、圧倒的な存在感を放っていた。



「うん、レイルズらしい玄関だね。とても良いよ」

「そうだね。やりすぎないのに、当主の趣味がわかる。うん、とても良いね」

 ロベリオの呟きにユージンも同意するように頷き、それを聞いた皆も同意見だったので笑顔で目を見交わして頷き合っていた。



 そのまま廊下を通って休憩室へ案内する。

 広い廊下はあちこちに幻獣の版画が飾られている。

「へえ、これも良い趣味って感じだなあ」

「いやあ、レイルズがこんな良い趣味を持っているとは意外だったね。もっと派手に飾り立てるかと思ったんだけどなあ」

 ここでもロベリオとユージンが揃って感心したようにそう言い、彼らの隣を歩くフェリシア様とサスキア様も同意するように笑顔で頷いていた。

「ん、どういう事だ? 俺はすごく彼らしい装飾だと思うぞ?」

 カウリが後ろから覗き込むみたいにしてそう言ってくる。

「ああ、もちろん俺達だってそう思ってるよ」

 笑ったユージンの言葉に、ロベリオも笑いながら壁に飾られた幻獣の版画を見た。

「レイルズのように、市井の出身者が急に高い身分を得たりするとね。まあ嫌な言い方だけど、まず表面ばかりを飾り立てようとするんだよ。金色に光るものを集めたり、装飾も、とにかく派手なものを飾ろうとしたりね。だけどそうなると全体の統一性が無くなって、見渡した時にガチャガチャして散らかった感じになったりするんだよね」

「それから過剰装飾とも言うんだけど、模様の入った壁にさらに模様を追加したものを飾ったりするのも駄目な飾り方の代表って言われるね。この場合は相当気を配って配置しないと、全体に見ると互いの模様が邪魔をしあってまとまりがなくて下品とされるんだ。これは本当に駄目で、正直見ていて落ち着かないし、良い趣味とは言われないね」

「だけど、ここは玄関を入ったところから、当主の恐らくは一番気に入っているであろう二点だけを過剰な装飾の類は一切無くそこに飾った。どちらも一点でもその存在感は抜群で、だけどお互いを邪魔せずに高め合っている」

「玄関装飾の良作の見本みたいだったよね」

 二人が笑顔で交互に説明してくれるのを聞き、レイはどんどん真っ赤になっていく。

「いや、あの、僕はそんな事全然考えずに、単に好きなものを並べただけです」



 しかし、そんな事は百も承知な二人が笑顔で振り返る。



「そんな事分かってるよ。だから感心してるんだって。何も考えずに好きな物だけを飾れる。もうその時点で初心者卒業だよ」

「だよな。普通はまず人が見てどう思うか考えて、出来るだけ豪華に見えるものを無駄に多く飾り立てようとするんだよ。そうすると何をやっても品が無いまとまりのない飾り方になる。今言ったみたいなよくある失敗例をやっちゃうんだよね」

「こんなふうに、廊下の飾りにも統一性を持たせている。これも良い趣味とされるね。作者は色々みたいだけど作品の全てが幻獣で統一されている」

「彼の好みも伺える上に、趣味も良い。本当に素晴らしいね」

 生粋の貴族である二人からの手放しの褒め言葉の連続に、もうレイは耳まで真っ赤になってルークに縋り付くみたいにして、必死になっていつものように隠れようとしていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る