ラッキーポルカ
「お疲れ様、見事な演奏だったね」
舞台から下り、広間にいる皆のいる場所に戻ったところでマイリーに笑顔でそう声をかけられた。
「はい、フェリシア様の歌う声がすっごく素敵で、僕、演奏中にうっかり聞き惚れそうになっちゃいました」
「あはは、そりゃあ大変だったな。一応聴いていた限り問題は無かったと思うけどな」
笑ったルークにそう言われて、レイは苦笑いしつつ胸を張った。
「当然です。お祝いの席なんだから間違わないように必死だったんですからね。うまく演奏出来た僕を褒めてください」
「ああ、偉いぞ。よく頑張ったなあ」
完全に棒読みのルークの言葉に、レイも堪えきれずに吹き出し、ルークも遅れて同じように吹き出してしまい、二人で顔を見合わせて大笑いになった。
「しかも最後はお前、完全に二人の間に挟まれてておじゃま虫状態だったよな」
ユージンが笑いながらそう言って、横からレイの肩に腕を回して抱きつく。
「それは僕も思いました! 最初は僕だけで歌う予定だったのに、何故だかお二人に舞台が始まってから乱入されちゃいました!」
笑いながらそう答えるレイの言葉に、竜騎士達全員が揃って大笑いしている。
「あのなレイルズ。さっきのにはちゃんと意味があるんだよ」
これまた笑ったヴィゴの言葉に、レイは不思議そうに首を傾げる。
「ええ? さっきのあの舞台に、何か意味があるんですか?」
なんの事だかさっぱり分からなくて驚いていると、笑ったルークが舞台を示した。
今は、貴族の青年が一人でヴィオラを弾いている。一人での演奏だがこれもなかなかの腕前で、聞こえてくる旋律は見事な響きを伴っている。
「お上手ですね。だけどあの方がどうかされたんですか?」
「まあ見てろ。そろそろかな?」
それ以上何も言わず、ルークは笑いを堪えた顔をして舞台を見つめている。
一体舞台の上で何が起こるのだろう?
目を瞬いたレイが不思議そうにしつつも、ルークに倣って舞台に向き直った。
すると、驚いた事にロベリオとフェリシアがまた舞台に上がってきたのだ。
しかも、あれは明らかにこっそりと忍び足だ。
どうやら、舞台でヴィオラを演奏している人には明らかに内緒で上がって来ているようだ。
しかもロベリオの手にあるのはとても小さなヴィオラで、あれは未成年の十歳程度までの小柄な子供が練習用に使う、いわば子供用のヴィオラだ。
普通のヴィオラと違い、まるで玩具のような軽くて甲高い音がする。音の響きは全くと言っていいほどに無い。あれはあくまでも音を出す練習と、子供の小さな指でも弦を抑えられるようにと全体に小さく作られた練習用の楽器なのだ。
そしてフェリシア様の両手には、カスタネットと呼ばれる二枚貝のような形をした木製の小さな打楽器がある。握り込むようにして指を使って連打すれば、よく響く賑やかな音を立ててくれる。
しかし、前を向いて立ったままヴィオラの演奏をしているその青年は、自分のすぐ後ろに並んだロベリオとフェリシアの二人の存在に全く気付いていない。
舞台に近い場所には、どうやらロベリオの友人達と思しき同年代の若者達が大勢集まってきている。
全体には男性のほうが多いが、女性の姿も少なからず見受けられる。
しかし、皆舞台に上がっているロベリオとフェリシアが見えているだろうに、誰も全く反応していないのだ。
少し離れて見ている人達の中には、舞台を見てこっそり笑っている人もいるが、それでもあからさまに舞台を指差してロベリオ達が上がってきていると声を出すような事をしない。
どうやら皆、今から何が始まるのか分かっているらしい。
演奏していた曲が終わり、軽く一礼したその青年が再びヴィオラを構える。
二曲目の演奏を始めようとしたまさにその時、突然後ろにいたロベリオが、あの子供用のヴィオラで演奏を始めたのだ。それと同時にフェリシア様がカスタネットで賑やかにリズムを刻む。
今まさにヴィオラを弾こうとした瞬間に、突然後ろから聞こえてきた賑やかな演奏にその青年が思いっきり吹き出す。
「ぶはあ!」
そうとしか聞こえない音で豪快に吹き出したその青年は、そのまま膝から崩れ落ちる。
途端に舞台前に集まっていた大勢の若者達が一斉に手を叩き笑い出して大爆笑になる。
広間で様子を伺っていた他の人達も、皆あちこちで吹き出しては大喜びしている。
いつの間にか広間は大爆笑になっていたのだ。
「やってくれたな〜〜〜!」
立ち上がったその青年が、まだ当たり前のように小さなヴィオラで演奏しているロベリオに向かって叫ぶ。
フェリシア様も笑いながらも賑やかにリズムを刻んでいる。
「負けるか!」
笑いながらそう叫んだヴィオラを構え直したその青年が、ロベリオの演奏に続く。
同じヴィオラとは思えないくらいに違う音だったが、どちらも奏者は相当な腕前だ。しかし、ロベリオはわざとなのか不可抗力なのかわからないが、時々音階がすっぽ抜けて妙な音が挟まるのだ。その度に笑いが起こっていた。
もう見ている人達は皆笑い過ぎで、あちこちで呼吸困難を起こしてしゃがみ込んだまま笑っていたり、近くの人と抱き合うみたいにして寄り掛かり合いながらそれでも笑っている。
演奏されている曲は、ラッキーポルカ。
二拍子のポルカと呼ばれる曲で、オルベラートで人気の曲なのだそうだ。
笑ったフェリシア様が、カスタネットを鳴らしながらいきなり踊り始めた。
それを見て、舞台前にいた他の女性達も大喜びで一緒になって踊り出す。
それはレイが習ったような男女が対になってゆっくりと踊るようなダンスではなく、女性も男性も一人で、或いは手を取り合って、足で二拍子のリズムに合わせて素早いステップを踏みながらその場でクルクルと回っているのだ。
踊り出す若者はどんどん増え、曲が更に早くなり賑やかさを増す。
あの子供用のヴィオラの甲高い音が、妙にこの曲に合っていてなんだか聴いているだけで楽しくなってくる。
レイも気づけば初めて聞く音楽に体を揺らしながら手拍子を打っていた。
しかも、見ていた宮廷楽士の人達までが何人も立ち上がって一緒になって演奏を始めたのだ。
見ていた人達からは拍手が沸き起こり、手拍子が始まる。繰り返し演奏される賑やかな曲に合わせて、満面の笑みの花嫁が踊る。
最後は全員が同時にステップを踏み、曲が終わると同時に広間は拍手と大歓声に埋め尽くされたのだった。
大はしゃぎで一緒になって踊っていたシルフ達も、最後は皆と一緒に大喜びで拍手をしていたのだった。
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