歌と演奏
「目が覚めるたび、朝日の中の君に呼びかける」
「おはよう、今日もご機嫌よう」
「どんな貴女だって思い出せる」
「風に揺れる柔らかなその髪、そして儚げな笑顔」
「僕にだけ見せてくれた。キラキラ光るその涙も」
「拗ねたみたいに怒って尖った口元も」
「全部全部大切な記憶」
ヴィオラを弾き始めたロベリオの演奏に合わせて、レイの歌う声が静まり返った広間に響く。
歌の合間には、レイも抱えた竪琴でロベリオの演奏を追いかけるようにゆっくりと和音を響かせる。
ようやく怪我が癒えた指は、頑張って練習をした甲斐があって滑るように弦の上を動いている。
新しく張り直したミスリルの弦は転がるような優しい音を響かせ、久し振りの素晴らしい演奏にあちこちから感心したようなため息が聞こえた。
「いつだって貴女は僕の真ん中にいる」
「そんな貴女に届けたい」
「広い野原いっぱいに咲いている、この花を全部」
「だけど僕には届ける術がない」
「せめて一輪だけでもと密かに願い」
「勇気を出して摘んできたのに」
「哀れに萎れた小さな花よ」
ここで曲調が一変して、一気に落ち込んだ花を枯らしかけた男性の心情を表す。
すると、シルフ達が広間に飾ってあった花瓶から、歌の歌詞そのままに萎れてくったりとなった花を一輪だけ抜き取って、ふわふわと舞台まで飛んで持って来たのだ。
精霊が見えない人達には、勝手に花が舞台へ飛んでいっているように見えて、あちこちから密やかな驚きの声が上がる。
しかし、竜騎士であるロベリオとレイには精霊魔法が扱える事は皆、当然知っている。
すごい。あれはシルフの仕業なのね。と、あちこちで感心したように囁く声が聞こえた。
「小瓶に入れて女神に祈る」
「どうかお助けくださいと」
シルフ達が持ってきた花に気づかないレイが、落ち込んだ歌い手の気持ちそのままのような情けない声でそう歌う。
目の前に持って来られた萎れた花を笑ったロベリオがヴィオラの弓を持った右手で受け取り、そのままヴィオラの胴体部分に共鳴のために開けられた細いスリット部分に差し込む。
すると、ウィンディーネが現れて萎れかけた花にそっとキスを贈った。
みるみる元気を取り戻す花を見て、会場からは大きな拍手が沸き起こった。
また曲調が変わり、明るく跳ね回るような元気な音が奏でられる。
花が元気になった喜びを表しているのだ。
また間奏が入り、ロベリオとレイの見事な演奏が広間いっぱいに響く。
そのまま、女性部分の二番をフェリシアが歌い始める。
「目が覚めるたび、朝日の中に貴方を呼ぶわ」
「おはよう、今日もご機嫌よう」
「貴方のことなら何でも知ってる」
「逞しいその背中、振り返った弾ける笑顔」
「私だけに見せてくれる、少し憂いを帯びたその顔や」
「時に激しく荒ぶる瞳、うたた寝しているその寝顔」
「全部全部大切な記憶」
女性にしてはやや低めの、しかしとても美しい伸びやかな歌声に皆うっとりと聞き惚れている。
「いつだって貴方は私の中にいるわ」
「そんな貴方に届けたい」
「広い野原いっぱいに咲いている、この花を全部」
「だけど私に届ける術など無いわ」
「せめて一輪だけでもと想いを込めて」
「摘んだその花押し花にして」
「想いを全部閉じ込める」
「詩集に挟んで貴方に贈る」
「この想いは私だけのもの」
主旋律をロベリオのビオラが時折和音を響かせながら演奏し、レイは伴奏役に徹して転がるような和音のつながりを響かせていた。
そして、ここでレイとロベリオが歌と演奏を交代する。
ロベリオの目配せ一つで、レイには彼が何を言いたいのか即座に理解出来たのだ。小さく頷き口を閉じる。
ニコスのシルフ達も笑顔で頷いて口元に揃って指を立てるのを見て、レイは自分が思っていた事が間違いではなかったのを確信した。
「この花を君へ」
「想いを込めて届けよう」
フェリシアを見つめながら、ロベリオが歌う。
「この花を君へ」
「想いを込めて届けるわ」
ロベリオに笑顔で頷き、フェリシアが歌う。
笑顔で交互に歌い上げるロベリオとフェリシアの笑顔に、会場から大きな拍手が沸き起こる。
「この花を君へ」
「想いを込めて、今、届けよう」
「想いを込めて、今、届けよう」
そして最後の合唱部分は、ロベリとフェリシアが二人だけでなく、レイや会場中の人達も参加して一緒になって歌った。
ここでのレイは、ロベリオのヴィオラが奏でていた主旋律を弾きつつ伴奏の和音も担当しているから密かに大忙しだ。
だが、笑顔で目を見交わし仲良く歌い合う二人を間近で見て、レイもこれ以上ないくらいの笑顔になるのだった。
歌い終えた最後に、ロベリオが先ほどシルフ達が持ってきてくれた復活した一輪の花を、フェリシアの前に跪いて差し出す。
胸元で手を組んで嬉しそうな顔になったフェリシアが差し出された花を受け取ると、先ほどよりも大きな拍手と冷やかすような口笛があちこちから聞こえて、会場は笑いにあたたかな包まれたのだった。
拍手と口笛に送られて二人が舞台から下り、舞台に残ったレイが改めて竪琴を抱え直すのを見て会場が静かになる。
元気な演奏が始まりレイが地下迷宮への誘いを歌い始めると、会場から手拍子が起こり、エントの会に参加しているディレント公爵をはじめとする男性達が、あの見事な低い声でレイの歌声に続いて合唱を始めてくれた。
もう何度も歌っているお気に入りの曲なので、演奏にも歌にも不安はない。
顔を上げたレイはこれ以上無いくらいの楽しそうな笑顔で、即席で一緒に合唱してくれるエントの会の人達と目を見交わしては頷き合い、大好きな歌を精一杯歌ったのだった。
舞台の左右に飾られた大きな花瓶や花々の上には、先程のシルフ達を始めブルーのシルフやニコスのシルフ達も集まってきて座り、楽しそうに歌うレイを愛おしげにずっと見つめながら、一緒になってこっそり歌っていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます