蒼の森の家族との語らい
「それじゃあおやすみなさい」
「おやすみなさい」
「ああ、お疲れ様」
「ゆっくり休んでおくれ」
笑顔で一礼してそれぞれの部屋に戻るティミーとレイを廊下で見送り、ロベリオとユージンは揃って安堵のため息を吐いた。
「さてと、明日は精霊魔法訓練所だな。ケレス学院長にティミーを紹介しないと」
大きく伸びをしたロベリオの言葉に、ユージンも笑いながら頷く。
「しかしティミーも良い子だよね。あれ、レイルズといい勝負なんじゃないか?」
「確かに」
「伯爵家の一人っ子って聞いていたから、なんて言うかもっと我儘で自分勝手な子かと思ってたんだけどなあ」
腕を組んだユージンの言葉に頷き、にんまりと笑ったロベリオがユージンを覗き込む。
「ユージン君。自分を基準に物事を考えるなよな」
「ええ、俺はロベリオの子供の頃を思い出してたんだけどなあ。このいじめっ子!」
「泣き虫だったのは誰だ〜〜!」
「うるさい! それを言うなら毎回泣かせたのは誰だよって!」
「はいはい、もう良いから休むぞお前ら」
また戯れ合いの口喧嘩に突入しそうになった二人を、呆れた口調のルークが仲裁する。
「それじゃあおやすみ」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
苦笑いした二人の言葉に、ルークも笑って手を上げて部屋に戻った。
「それではおやすみなさい。明日も蒼竜様の守りが貴方にありますように」
「おやすみなさい。明日もブルーの守りがラスティにありますように」
湯を使った後、いつもの挨拶をしてベッドに潜り込んだレイは、灯りを消して部屋を出ていくラスティを見送ってから小さなため息を吐いて天井を見上げた。
「蒼の森は今頃、深い緑で溢れてるだろうね。今年の畑の様子はどうかな。トケラの代わりに来てくれたトリケラトプスは、ちゃんと働いてくれてるのかな」
「呼んでやろうか。皆、いつものように居間で飲んでいるぞ」
「うん、お願いしてもいいかな。声が聞きたい」
ベッドから起き上がったレイの言葉に頷き、ブルーのシルフの横に何人ものシルフ達が並んで座る。
『レイ元気でやっていますか?』
並んだ先頭にシルフが、タキスの声でそう言ってくれる。
「うん、元気だよ。ちょっと声が聞きたくなったの。皆いる? 今、話しても大丈夫ですか?」
『ここにいるよ』
『ワシもいるぞ』
『あの……また私もおります』
いつもと変わらないニコスとギードの声に続き、片手を上げたアンフィーの声も聞こえる。
「もちろんアンフィーもそこにいてね。いつもありがとう。ねえ、子竜達の様子はどう? 大きくなった?」
身を乗り出すレイの言葉に笑ったアンフィーは、ロディナから定期的に人が来て、子竜達を知らない人に少しずつでも慣れるように少しずつ躾けている事などを詳しく話して聞かせた。
「へえ、そんな事をするんだね。ロディナの人達に感謝だね。タキス達だけだったら、絶対そんなの出来ないよね」
『そうですね』
『本当に感謝していますよ』
嬉しそうなタキスの言葉に、レイも笑顔で何度も頷くのだった。
「ねえ、トケラの代わりに来てくれたトリケラトプスはどう? 上手く働いてくれてる?」
トケラはとても賢くて働き者だったから、実はちょっと心配している。
『ええとてもよく働いてくれていますよ』
『はじめは私達も大丈夫かと心配していたんですけれどね』
『先日は蒼の森へギードが薪を取りに』
『アンフィーと一緒に行ってくれたんですが』
『全く怖がる様子も見せず』
『しっかり働いてくれたそうですよ』
笑ったタキスの言葉に、安心して何度も頷いた。
「さすがはシヴァ将軍だね。きっとロディナで一番の働き者のトリケラトプスを連れて来てくれたんだね」
無邪気なその言葉に、タキス達も笑顔になる。
『それよりレイ』
『そっちはその後どうですか?』
『変わりありませんか?』
タキスの言葉に一瞬声が止まる。
ニコスに話したあの夜会での一件は、もうレイにとっては思い出したくも無い事件になっている。ニコスの様子がいつもと変わらないので、レイもあの一件は話題にしない事にした。
「実を言うと、今右手の親指に包帯を巻いてます」
シルフ達に見せるように包帯を巻かれた親指を突き出して見せる。
『ええ! 一体どうしたんだ?』
『怪我か? 訓練でか?』
ニコスとギードの叫ぶような声に、レイは慌てて首を振った。
「ああ、心配しないで。大丈夫だから」
『じゃあ一体何で怪我をしたんだ?』
心配そうなニコスの言葉に、レイはため息を吐いて親指を見た。
「夜会の後、別室での懇親会で竪琴を演奏中にミスリルの弦が切れたんだ。それで親指の爪の横をざっくり切っちゃったの。すごくいっぱい血が出て大変だったんだ」
『竜騎士様は出血を伴うお怪我には注意が必要なんですよ』
アンフィーの心配そうな声に、レイがもう一度謝る。
「しかもここって、以前蒼の森にいた頃に岩塩を削ってて怪我した箇所と同じところでね。それでいつも以上に怪我の治りが遅いんだって」
タキスの心配そうな声に続きニコスも呻くような声をあげる。二人にとってもあの時の怪我は本当に心配だったのだ。
「えっと大丈夫だよ。ハン先生に朝晩診察してもらって湿布をしてるから」
その言葉に、ニコスが安堵のため息を吐いた。
竜騎士隊専任の医者であるハン先生の事はニコスも聞き及んでいる。
『それなら安心ですね』
『でもしばらくはそれなら竪琴の演奏は出来ないな』
タキスの言葉に続き、からかうようなニコスの言葉にレイも苦笑いしながら頷く。
「そうなんだよね。だから夜会の時は、誰かの演奏に一緒に参加させてもらって歌を披露してるよ」
『そうなんですね』
「だけど、歌だけだとなんだか手元が寂しくてね。僕も早く竪琴を演奏したいです」
『無理は禁物だよ』
『特に武器を持つ右手の怪我には注意が必要だよ』
真剣なニコスの声に、レイも真剣な顔で何度も頷くのだった。
『久し振りにレイの歌声を聴きたいのう』
『いつも歌っているのはどんな歌なんじゃ?』
いきなりそんな事を言われてしまい、悲鳴を上げて枕に突っ伏すレイだった。
『ああレイの歌なら俺も聴きたいな』
『私も聴きたいですね』
ギードの言葉に続きニコスとタキスにまでそんな事を言われてしまい、ため息を吐いたレイはゆっくりと腹筋だけで体を起こした。
「ちょっとだけだよ」
照れたようにそう言って座ったまま背筋を伸ばす。
ゆっくりと目を閉じて精霊王に捧げる歌を歌い始めたレイを、ブルーのシルフは黙ったままずっと愛おしげに見つめていた。
そして、並んだシルフ達も、うっとりとその優しい歌声に聞き惚れていたのだった。
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