エイベルの事

「それから、これもレイルズに関わる話なのだけれどね」

 マイリーが苦笑いしてそう前置きしてから、レイが蒼の森に住んでいた頃、降誕祭の木を切りに家族と森へ入った時にあった闇の眼との事件のあらましを語った。

「それで、闇の眼の罠にはまって暗闇に囚われた時に助けてくれたのが竜人の子供だったんだ。エイベルって名乗ってた」

 マイリーの話の後にレイも自分の手を見つめて笑いながら話す。

「暗闇の中で握ったエイベルの手は温かかったよ。確かにそこに居たんだって実感出来た」

 驚きに言葉もないティミーを見て、マイリーが口を開く。

「タキス殿は、苦難の末に蒼の森に辿り着き、ラピスに出会って生き延びたそうだ。その後ご自身の手でエイベル様の髪を蒼の森に葬り墓を作られた。小さな石が置かれただけの荒れ果てていたその墓に、タキス殿のお許しを頂いて我らから墓石を贈らせていただいた。ブレンウッドのドワーフギルドの協力を得て、墓石の設置の際には殿下と俺とタドラがレイルズと一緒の蒼の森まで行ったよ」

「いずれ、ティミーやカウリにも順番に蒼の森にあるエイベル様の墓に参る機会を作るからね。その時にはしっかりと挨拶して来なさい」

 アルス皇子の言葉に、ティミーは真剣な顔で何度も頷いているのだった。



「ああ、そういえばセンテアノスとクレアの街の女神の神殿にあったエイベル像は、僕が知ってるエイベルの顔にそっくりだったんだよ」

 突然のレイの言葉に、ティミーだけでなく竜騎士達が全員揃ってレイを振り返る。

「ええ、何ですか、皆して!」

 あまりの反応に驚いて仰反るレイに、真顔のルークが身を乗り出すようにして尋ねる。

「センテアノスとクレアって事は、もしかして巡行で行った時か?」

「そうだよ。えっと、ブルーはもしかしたら作った人が本当にエイベルを見たことがあったのかもしれないって言ってたよ。確かに、エイベルが亡くなってまだ五十年くらいだから、ドワーフや竜人の職人だったらエイベルの事を知っててもおかしくないものね」

 無邪気なレイの言葉にアルス皇子とマイリーは無言で顔を見合わせる。

「センテアノスとクレアのエイベル様を誰が作ったのか後ほど確認しておきます」

「頼むよ。来年以降の巡行で、どちらかに必ず行かせるようにしよう。これは絶対にご挨拶しておかねばね」

「そうですね。ではそのように計らいます」

 当然のようなその会話に言い出したレイが驚いている。

「それは当然だろう? エイベル様は我らの大恩人なのだからな」

「そうですよね。この飴だって、薄荷が嫌いで、咳が酷くなってものど飴を舐めてくれないエイベル様の為にタキス殿が散々苦労して作ったんだって仰っていましたからね」

「ええ、この飴もエイベル様からの贈り物なんですか?」

 揃って頷く一同を見て、ティミーは自分のベルトに取り付けられた小さな飴入れを見る。

「僕、気に入って勉強する時なんかによく舐めているんだけど、今度からもっと感謝していただく事にします」

 大真面目なティミーの言葉に、彼の右肩に座ったターコイズの使いのシルフも、同意するかのようにうんうんと頷いていたのだった。



 次に話されたのは、ニーカとクロサイトの事だった。

 彼女の詳しい身の上を聞き、今までタガルノで竜がどれほど酷い扱いを受けて来たかを聞き、また言葉を無くすティミーだった。



「これに関しては、新しい王が立って以降、かなり改善されている」

「良かった。今度の王様は賢王様なんですね」

 笑ったティミーの言葉にティミー以外の全員が妙な顔になる。

「はっきり言って、賢王とは言い難い人物だな」

 ルークの言葉にティミー以外の全員が揃って頷く。

「ただ、今までのタガルノと違うのは、一人の優秀な竜人の宰相がいるって事だ。王は己の快楽に溺れて政務を彼に全て丸投げしている。今までならば、丸投げされたその人物が政治を取り仕切って私服を肥やすんだけどね。彼は賢明な事に竜がいる事の意味も、それからまつりごととは何たるかも心得ているタガルノでは稀有な人物なんだ。結果として、無能な王が立った事により皮肉な事に国がわずかずつだが豊かになって来ている。特に、今年の秋には少なくとも民達が冬を越せるだけの食糧の増産がなったようだね。これは現地でさまざまに働いてくれている者達からの報告だよ」

「良いのですか? その、タガルノが豊かになれば、また攻めてくるのでは?」

「まあ、政治的な事は陛下にお任せすればいい。それは我々が考える事ではないからね」

 これも真剣な顔で頷くティミーを見て、マイリーは満足そうに笑った。



「まあ、他にも色々とあるのだけれど一度に話すと混乱しそうだからね。また機会を見つけて少しずつ順番に話す事にしよう。お疲れ様、今日の所はここまでだよ」

 笑ったマイリーの言葉にティミーはもう一度真剣な顔で頷いた。

「お話しくださってありがとうございました。早速女神の神殿へ行ってエイベル様に改めてご挨拶して来ます」

「まあ、もう今夜は遅いから後日改めて行って来なさい。大丈夫だよ。エイベル様は気になさらないさ。なあ、レイルズ」

「はい、もちろんです。じゃあ今度一緒に行こうか」

 笑顔でそう言ったレイに、ティミーは嬉しそうに目を輝かせた。

「是非お願いします! じゃあその時に、ぜひ巫女様を紹介してください!」

 突然のティミーの言葉に立ち上がりかけていたレイは、驚きのあまり椅子から転げ落ちかけて、慌ててルークに縋り付いたのだった。

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