お喋りの時間

 食事の後は、大きなソファーが置かれた部屋で歓談の時間だ。

 当然のように猫のレイはレイルズの膝を占領し、ティミーの膝にはすっかり大きくなったタイムがこれまた当然のように占領していた。

「セージよりも、この子の方がちょっと小さく感じますね」

 嬉しそうに自分に甘えてくれるタイムを撫でながら、ティミーはずっと笑顔だ。

「一緒に寝たりしていたの?」

 フリージアを膝に乗せたマティルダ様の言葉に、ティミーは笑顔で頷く。

「はい、いつもこうやって僕の脇の下に潜り込んでました。でも、大抵は朝目が覚めたら枕を占領されていて、僕はこんな風に横向きになって枕から落っこちて寝ていましたね」

 笑いながら両手を顔の横にやって横向きに眠るふりをする。

「確かにこの子と一緒に寝ると、いつも枕を占領されるわね。私は幾つも枕を用意しているわよ」

 笑ったマティルサ様の言葉にティミーも笑いながら何度も頷く。

「はい、なので僕も途中から枕をいくつも並べておいて、セージと取り合いっこしながら寝ていましたね」

「ええ、取り合いっこって、どうして?」

 枕が複数あるのなら、取り合いにはならないと思うのだが違うのだろうか。

 不思議そうなレイの言葉に、ティミーが笑顔で振り返る。

「僕が使っている枕が欲しいみたいで、寝ていると顔の横に来てくっついてくるんです。髭が痛いので横に逃げると枕を取られるんですよね。それで別の枕を使って寝ると……」

「もしかして、またそっちへ来るの?」

 ティミーだけでなく、マティルダ様までが笑いながら頷くのを見て、レイは自分の膝にいる猫のレイをそっと撫でた。

「そっか、大好きな人が使っているものが欲しいんだね。だけど夜はゆっくり眠らせてあげないと」

 撫でられてご機嫌の猫のレイは、そんなの知らないと言わんばかりに喉を鳴らしてレイの手に頭を擦り付けている。

「君は相変わらずだねえ」

 呆れたようなレイの言葉に、見ていたロベリオ達も面白そうに笑っていたのだった。



「ねえレイルズ。彼女とはその後どうなの?」

 向かいのソファーに座ったティア妃殿下の無邪気な言葉に、ロベリオ達が揃って吹き出し、マティルダ様達女性陣は目を輝かせて一斉にレイを見た。

「うわあ、えっと、最近は忙しくてあまり訓練所へ行けていないので、なかなかゆっくり話す機会が無いんです。本部にエイベル様の像の清掃に来てくれた時くらいですね」

 今日は自分に話題が振られる事は無いだろうと油断していたレイは、目を輝かせた女性陣に揃って見つめられて慌てて何とかそう答えた。

「あら、それはいけないわね」

 割と本気で心配するティア妃殿下にレイがなんと言おうか焦っていると、笑ったロベリオが軽く手を挙げた。

「明日はティミーを精霊魔法訓練所へ連れて行きますからね。レイルズも明日は訓練所ですよ」

「当然彼女達もね」

 続くユージンの言葉に、レイは真っ赤になってしまい女性陣を大いに喜ばせたのだった。



「そ、それより! ロベリオの結婚式ってもうすぐだけど、準備は?」

「そうね、その話は詳しく聞きたいわ」

「私にも聞かせてちょうだいな」

 無理矢理自分から話題を逸らそうとしたレイの作戦に、分かっているがマティルダ様とサマンサ様が笑って乗ってくれる。ティア妃殿下も目を輝かせてロベリオを見る。

 カナシア様とアデライド様も同じく目を輝かせて揃ってロベリオを振り返った。

 まさかいきなり自分に矛先が向くと思っていなかったロベリオが、慌てて逃げようとしてユージンに捕まる。

「ユージン様も来月ですよね。準備はどうなんですか?」

 目を輝かせたティミーの声に、ロベリオとユージンは二人揃って悲鳴をあげてソファーから転がり落ちたのだった。

 そこからは女性陣の興味が結婚を間近に控えた二人に移り、無事に逃げおおせたレイは、執事が用意してくれたお菓子を食べながらのんびりと二人の話を聞いていたのだった。




「そう言えば、僕も花嫁様の肩掛けの刺繍に一針ずつですが参加させていただきましたよ」

 用意されたカナエ草のお茶にたっぷりの蜂蜜を落としたティミーが、得意げに胸を張ってロベリオ達を見る。

「へえ、そうなんだ。そりゃあありがとうな」

「ああ、ヴィッセラート伯爵夫人と一緒に来てくれたのかな?」

 ロベリオとユージンに笑って頷き、ティミーは目を輝かせてレイを見上げた。

「はい、その時にリリルカ夫人から聞きました。レイルズ様はお針仕事も器用になさるのだとか。レイルズ様が刺したのだという小花を幾つも教えていただいて見ましたが、本当に綺麗に刺されていて驚きました。どこで覚えたんですか?」

 ティミーにしてみれば、レイルズは精霊魔法や武術が得意な方だと思っていたのに、見せてもらった花嫁のための肩掛けの小花は、どれも見事な出来栄えだったのだ。

「あはは、実を言うと全部ブルーのシルフにどこを刺すのか教えてもらって刺したんだよ。だからあれは僕の手柄じゃないって」

 誤魔化すように顔の前で手を振りながらそう言ったレイだったが、サマンサ様が笑顔で拍手をする。

「たとえ古竜に教えてもらったのだとしても、実際に刺したのは貴方なのでしょう? ならば、それはやはり貴方の手柄よ」

 以前、イプリー夫人に言われたのと同じ事をサマンサ様にまで言われて、助けを求めるようにマティルダ様を見る。

「確かにそうね。どれだけ教えてもらったとしても、実際に針を刺したのは貴方なんですから、綺麗に出来たのだとしたら、それは確かに貴方の技術ゆえですよ」

 しかし笑ったマティルダ様にまでそう言われてしまい慌ててお礼を言う。

「あ、ありがとうございます。実を言うと刺繍も面白いなってちょっと思ったんです。夜会でその話をしたら、ミレー夫人とイプリー夫人にお誘いいただいて、今度刺繍の花束倶楽部に見学に行く事になってるんです。えっとまだ予定は決まっていないらしいんですけどね」

「まあまあ、そうなのね、貴方が刺繍やお針仕事を好きになってくれて嬉しいわ」

 笑顔のサマンサ様の言葉にマティルダ様も嬉しそうに何度も頷く。それから不意に何か思いついたらしく胸元で小さく手を打って満面の笑みになる。

「倶楽部には皇族は入れないのだけれど、ぜひ一緒に針仕事をしてみたいわね。そうだわ、幾つか作りかけの刺繍があるから、今度レイルズに手伝ってもらいましょう」

「ああ、それは良いわね。その時には私も是非とも参加させてちょうだい」

「それなら私も是非呼んでください」

「レイルズ様、すごいです!」

 サマンサ様の嬉しそうな声に続きティア妃殿下にまでそんな事を言われ、ティミーには尊敬の眼差しで見つめられてしまい、もう笑うしかないレイだった。



『良いではないか。刺繍も楽しいと言っていたであろう?』

 からかうようなブルーのシルフの声に、苦笑いしたレイは残っていたカナエ草のお茶を飲んだ。

「確かに刺繍するのは楽しかったけどね。だけどあれを一から全部一人で出来るかどうかって言われたら、正直言って分からないよ。本当に出来るかなあ」

 お茶を飲み込んだため息とともに小さな声で呟く。

『まあ、それはやってみてのお楽しみだな。大丈夫だよ、助けを求めれば喜んで手伝ってくれるご婦人方は大勢いるさ』

「そうよ、いつでも言ってちょうだいね」

 満面の笑みのサマンサ様にそう言われて、レイは苦笑いしつつもお礼を言うのだった。

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