昼食会と小さな料理

「レイ、君、重すぎだよ、いったいどれだけご飯を食べてるんだい?」

 真顔で猫のレイと向き合って真剣に話すティミーに、見ているレイルズだけでなくロベリオとユージンも吹き出しそうになるのを揃って必死で堪えている。



「そんなに無茶な食べさせ方はしていないのにねえ。この子達の種類は、毛が長い事もあって全体に体の大きな子が多いみたいね。特に雄猫は大きくなるわよ。レイの親もかなり大きな子達だったって聞いているわ」



 突然背後から聞こえた笑った言葉に、ティミーは目を見開き慌てて立ち上がった。

 振り返ると、マティルダ様とティア妃殿下、それからアデライド様とカナシア様、それから車椅子に座ったサマンサ様までが笑顔で自分を見つめている事に気がつき、ティミーは真っ青になった。

「し、失礼致しました」

 慌ててその場に膝をついて握った両手を額に当てて深々と頭を下げる。

 しかし、挨拶をしようと口を開いた瞬間、まるで真剣なティミーをからかうかのように猫のレイがふわふわな尻尾でティミーの鼻先を何度も叩き始めた。挙句に跪いた彼の目の前を右へ左へ行ったり来たりしながら握った手に頭を擦り付け、また尻尾を振り回してティミーの頬や鼻先を何度も叩いて遊び始めてしまう。

 それを見た女性陣の笑う声が部屋に響いた。

「わふぅ、ちょっとお願いだから邪魔しないで」

 小さな声で必死になって言い聞かせるが、猫のレイはそんなの知らん顔だ。

 さらには、頭を下げているティミーの前髪の三つ編みの辺りに鼻先を寄せて、ふんふんとものすごい鼻息を立てながら一生懸命匂いを嗅ぎ始めたのだ。

 ロベリオが我慢し損ねて吹き出しかけて誤魔化すように咳払いをする音が聞こえたが、ティミーはそれどころではない。

「ちょっと、お願いだから……ねえ、レイルズ様、助けてください」

 最後は小さく縋るような声で側にいる彼に訴える。

「ほら、駄目なんだってさ。君はこっちね」

 笑ったレイが猫のレイを抱き上げてくれたおかげで、なんとかティミーは改めてマティルダ様やティア妃殿下を始めとした皇族の方々にきちんと挨拶をする事が出来たのだった。

 やや緊張しつつも堂々と挨拶をするちいさな竜騎士見習いに、皆笑顔になるのだった。




「ようこそ。会えるのを楽しみにしていたわ。ほら、こっちへ来て座ってちょうだいな」

 部屋の真ん中に置かれた大きな丸い机にはゆったりとした背もたれのついた椅子が置かれている。

 レイはいつものマティルダ様とサマンサ様の間に呼ばれて座り、マティルダ様の右隣にはティア妃殿下が、その隣にアデライド様とカナシア様が並ぶ。その隣にロベリオとユージンが並んで座れば、ティミーが座る場所はユージンとサマンサ様の間に置かれた椅子しかない。

 しかもこの席だけ椅子の座面が少し高くなっていて、更に分厚いクッションが置かれているのは小柄なティミーに配慮したものなのだろう。

 ロベリオとユージンの二人に無言で促されたティミーは、一礼してから恐る恐るサマンサ様の隣に座った。



「今日はちょっと楽しい仕掛けをしてみたのよ。足りなければ後でお菓子も用意しているからね」

 まるで少女のように笑ったサマンサ様の言葉に、レイが不思議そうに首を傾げる。

 執事達が音もなく動いて、彼らの前に真っ白なお皿を置いていく。

 そこに乗せられた料理を見たレイが笑顔になる。

「少食だって聞いたからね。きっとこれなら楽しんでもらえると思ったのよ」

 レイとロベリオとユージンのところには、他の人達のお皿よりも多めに料理が盛られているが、そもそも、どれも一口で食べられる様に工夫されていた。

 たとえばごく小さなパイ生地の上には鶏肉を蒸して細かく裂いたものが乗せられているが、それを緑の細い野菜で綺麗に縛ってあるし、その隣の小さな包みは小麦をごく薄く焼いたものにさまざまな具を包んであるのだが、それらも色鮮やかな緑の細い野菜でまるでプレゼントの包みのように縛られている。

 葉物のサラダは、まるで小さな緑の花束のように束ねられていて根本を細い串で縫いとめられている。

 これもそのまま、その串を持って一口で食べられる様に工夫されていた。

 他にも意匠を凝らした様々の細工の施された小さな料理が並び、お皿の上はちょっとした細工物の品評会みたいになっていたのだった。



「これは可愛らしい」

「へえ、どれも一口で食べられそうですね」

 ロベリオとユージンも、目の前のまるで子供の玩具の様な小さな料理の数々に目を奪われていた。

「あ、ありがとうございます。これなら食べられそうです」

 目を輝かせるティミーに、女性陣は満足気に頷いている。

 ティミーは時折嬉しそうに料理を眺めながら、次々に小さな料理を平らげていったのだった。



 次にロベリオとユージンとレイの目の前に置かれたのは、骨つき肉を焼いたもので、いわばメインの料理なのだがこれはいつもの大きさだ。

 不思議に思ってティミーや女性陣のお皿を見ると、そちらはまた別の小さな料理が置かれていた。

 細かく叩いて柔らかくしたお肉を小さな団子状にして焼いたものが、二つずつ串に刺さって綺麗に盛り付けられている。しかも、それらは全部違う味になっていて、色の変わったソースが塗られていたり、種類の違う肉が何本も並んでいたのだ。

 そっと置かれたスープは、子供が大好きな甘めのカボチャのスープだ。

 真っ白なパンもとても小さくて、レイやロベリオ達なら軽く一口で食べられる大きさだ。



「どうやら小さな料理はお気に召したみたいね」

 嬉々として、串に刺さった柔らかな団子を食べるティミーに、マティルダ様は嬉しそうにそう呟いた。

『気遣い感謝する』

『だがそろそろティミーのお腹は限界のようだな』

 その時、マティルダ様のお皿の横に、一人のシルフが現れて小さな声で話しかけた。

「貴方は、ターコイズかしら?」

『いかにも』

『改めて話すのは初めてだな』

「貴方の勇気と強健な体に敬意を表するわ。どうかティミーと仲良くね」

『うむ勿論だ』

 鷹揚に頷くシルフに笑いかけ、マティルダ様はこっそりティミーの様子を伺う。

 確かにもうお腹がいっぱいになったらしく、先ほどから食べる手が止まっている。

 時折、サマンサ様に話しかけられては飛び上がってその度にいちいち横を向いて一生懸命話す姿は、確かにまだまだ子供のそれだ。聞いていた以上に体も細くて華奢だ。同年齢の子供達と比べると、かなり小さいだろう。

 レイがここに初めて来た頃とそれほど変わらない年齢のはずだが、あの頃の彼よりも何歳も年下のように見える。

「全てはこれからね。三年でどれくらい成長してくれるのか、楽しみにしていますね」

 笑って小さな声でそう呟くと、マティルダ様はターコイズのシルフにそっと優しいキスを贈ったのだった。

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