初めての基礎訓練
「おお、さすがに体は柔らかいなあ」
「本当だ。俺達と全然違うね」
別室へロベリオとユージンと一緒に行ったティミーは。教えてもらってまずは身体を解す柔軟体操から始めていた。
「そうだよ。上手上手。ゆっくりでいいから、普段使わないこの脇腹の辺りもしっかり伸ばしてね」
ティミーは真剣な顔で頷きながら、体を前に折り畳むようにして背中の筋を伸ばした後、今度は教えられた通りに腕を上げてm体を大きく横に倒して脇腹をしっかりと伸ばし始めた。
「うう、ちょっと痛いです」
腕を伸ばしながらティミーが小さな声でそう訴える。
「痛いのはここ?」
やや背中側の脇腹を指さされて頷くティミーを見て、そこまでで止めさせて立ち上がらせる。
その後はまた、言われるがままにティミーは体や腕をぐるぐる回したり、腕を引っ張ってもらったりして順番に体をほぐしていった。
「ゆっくりした動きなのに、汗が噴き出てきました」
前屈運動を終えて体をゆっくりと起き上がらせたティミーは、深呼吸をしてから額を流れる汗を袖口で拭った。
「じゃあちょっと休憩して水を飲むといいよ。どう、体は痛くない?」
「はい、大丈夫です。ちょっとスッキリした気がしますね」
得意気に笑ってそう言い、ユージンが差し出してくれた水筒を受け取って飲む。
「あれ? すごく甘く感じるんだけど……気のせいかな?」
一気に飲んだ水が、いつも飲んでいる水よりも甘くて美味しく感じられて、驚いたティミーが水筒を覗き込む。
「何、どうかした? 何か入ってたか?」
突然のティミーの行動に驚いたロベリオが同じく水筒を覗き込む。ユージンも驚いたように振り返ってそんな二人を見つめている。
「えっと、運動したせいだと思うんですけど、水がすごく美味しく感じられて驚いちゃったんです」
笑って水筒を軽く上げたティミーの言葉に、同じくそれぞれ自分の水筒から水を飲んでいたロベリオとユージンが納得したように頷く。
「ああ、それは当然だよ。今そこに入ってるのは、ウィンディーネ達が出してくれた良き水だからね」
「良き水……? ああ、レイルズ様が以前離宮で教えてくださった、水の精霊のウィンディーネ達が出してくれる水の事ですね」
少し考えたティミーが、目を輝かせてそう言いながら水筒を見つめる。
「ああ、その話は聞いたよ、なんでも水がグラスから噴き出したんだって?」
笑ったロベリオの言葉にティミーが眉を寄せて頷く。
「そうなんです。絨毯と床を水浸しにしちゃいました」
「いやいや、初めてでそれだけ良き水を出せたのなら充分過ぎるくらいに優秀だって。へえ、将来有望だな」
笑ったユージンにそう言われて、ティミーも嬉しそうに元気よく返事をしたのだった。
「さて、休憩も終わったところで、後の時間は走るよ」
立ち上がったロベリオの言葉に従い、二人の後について訓練場の中をゆっくりと何周も走り続けた。
走り始めた当初、ティミーはこの運動を軽く見ていた。
はっきり言って歩く速度よりも少し速い程度で、ティミーの感覚ではこれは走っているとは言えないくらいの速さだ。だから、これくらいならいくらでも走れると思いながら、平然と顔を上げて二人の後をついて走った。
しかし、何周か走り終えた頃、次第に息が上がってきて体がひどく汗をかき始めた。
だが、前を走る二人は最初と殆ど変わらず平然としている。少しは汗をかいているようだが、息を切らして汗がダラダラと流れているティミーとは全く違う。
「ま、待って、くだ、さ、い……」
とうとう息苦しさのあまり走れずに立ち止まってしまい、その場に座り込んでしまう。
「ほら立って、いきなり止まっちゃ駄目だよ。この場でゆっくりでいいから足踏みして」
真顔のロベリオにそう言われてしまい、差し出された腕に縋って必死になって立ち上がったティミーは、何とか必死に息を整えつつ言われた通りにその場で足踏みを始めた。
「そう、そう、ゆっくりでいいよ」
ユージンが隣で同じように足踏みをしつつ、ティミーの腕を軽く叩いて足踏みのリズムを取ってくれる。
少し息が整ったところで足を止めてゆっくりと座らせる。
「どうして、あんなに、ゆっくり、だったのに、こんなに、息が、切れてるん、ですか」
切れ切れのティミーの問いにロベリオとユージンが苦笑いして顔を見合わせる。
「ティミーが今まで走っていたのは、いわば短距離を全力疾走する感じかな?」
ロベリオの言葉に、何度も頷く。
確かにティミーにとっての走る、と言う行為は、駆けっこのように短距離を全力疾走するものであって、今のように目的もなくゆっくり走るなんて、おそらく初めての経験だ。
「これは、基礎体力を上げて持久力を鍛える為の訓練なんだよ。こうやってゆっくり走る事で胸の中にある息をする為の、肺と呼ばれる器官が鍛えられるんだ。それが鍛えられればもっと息を切らさずにもっと長い間走れるようになるし、当然それに伴って身体全体も鍛えられる」
「走るのは、いわば全身運動だからね。全体に満遍なく鍛えられるんだ」
二人が交互に説明してくれる話を、ティミーは必死で息を整えながら真剣に聞いていたのだった。
「分かりました。ちょっと息も戻って来たのでもう一度走ってみます」
そう言って立ち上がって大きく深呼吸を繰り返す。
「大丈夫か? 初日からいきなり飛ばすと後が続かないぞ」
「無理はしなくていいよ」
心配そうな二人の言葉に、ティミーは笑って軽く飛び跳ねた。
「じゃあ、次に息が切れたらもう止めます」
「了解だ。じゃあもう少しだけ頑張ってもらおうかな」
今度はロベリオが先頭を走り、一定の速さで走り始めた。
その後ろをティミーが追いかけ、ティミーの後ろから、彼の様子を見ながらユージンが一緒に走った。
先ほどよりも二周長く走って、初めての基礎訓練は終了したのだった。
息を切らして、それでも良い笑顔で床に転がるティミーに、ターコイズの使いのシルフだけでなく、何人ものシルフ達が集まって来て、せっせと心地よい風を送り続けていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます