朝練の開始

「あれ、一緒に行くんですか?」

 昨日、確かティミーは一緒に朝練には行かないと聞いていたのに、何故かロベリオとユージンはティミーを連れてレイの後ろを歩いている。

「ああ、いつも使っている訓練所の隣に小さい訓練場があるんだよ。俺達はそっちを専用で使わせてもらうんだ」

 確かに、いつも使っている大きな訓練所とは別に少人数用の部屋がいくつかあるのを思い出した。

「そうなんですね。頑張ってください。それじゃあねティミー」

 到着したいつもの広い部屋にレイはそう言って手を降ってから一人で入って行った。



「何だか、レイルズ君の背中が逞しくなった気がするなあ」

「まあ、そもそもレイルズの背中は俺達よりデカいんだけどね」

 腕を組んでしみじみと呟いたロベリオの言葉を、ユージンが笑って混ぜっ返す。

「確かに、あれは頼り甲斐のありそうな背中だなあ」

 顔を見合わせた二人が、笑いながらそう言って仲良く頷き合っている。

「巫女様は、男性を見る目があるお方なんですね」

 笑ったティミーの言葉に、振り返ったロベリオとユージンがこれ以上ないくらいの笑みになる。

「精霊魔法訓練所へ行けば、彼女ともすぐに会えると思うよ。それ以外でも、定期的に本部にあるエイベル様の像の掃除の為にニーカと一緒に来てるから、本部にいる時ならちょっとはゆっくり話せると思うよ。まあ本当に驚くくらいに素直な良い子だよ。それに無欲だしね」

「素直な良い子ってのはわかる気がしますが、無欲なんですか?」

 不思議そうなティミーに、ロベリオとユージンが顔を見合わせる。

「そうなんだよな。もう驚くぐらいに自分の事を後回しにして何も欲しがらない」

「普通さ、恋人が竜騎士見習いで明らかに自分にベタ惚れしてるってわかる状況だよ。しかも、周りの竜騎士達までが自分達の恋を応援しているって分かれば、ちょっとは傲慢というか、調子に乗ったりしないか?」

「例えば欲しいものをねだったり、もっと時間を取って会って欲しいとわがままを言うとかさ」

 ティミーもそう思うので、真面目な顔で頷く。

「だけどさ、クラウディアは本当に何も欲しがらないし、そもそも自分から何かを求めたりした事なんて、一度も無いんじゃあないか?」

「でも、去年の花祭りで、レイルズ様が巫女様に竜騎士の花束を捧げたんですよね。じゃあそれは彼女が欲しがったんじゃあなくて、レイルズ様が自主的に取りにいったんだ。へえ、それも凄いですね」

 この話は貴族達の間ではかなり有名な話なので、まだ未成年のティミーでも知っている。ティミーの母親のご友人方は、こういった恋の噂話が皆大好きなのだ。

 笑ったロベリオが、今年の花祭りでレイルズが花束を取り損なった事と、その後の二人について少しだけ話すと、ティミーは大喜びでその話をもっと聞きたがった。

「まあ、この話はまた後で改めて当事者から詳しく聞くといいよ。ちなみにその時にはタドラも一緒に花束争奪戦に参加していて、その場で見事に花束を掴んでヴィゴの娘さんのクローディア嬢に求婚したんだよ」

「その場で跪いて?」

「もちろん。俺達は一緒には行っていなかったけどさ。大勢の人の前で跪いて求婚したんだって聞いたよ」

「この話も、話し出すと長いからまた今度な。事の起こりから全部教えてやるよ」

「お願いします!」

 実は母上の影響もあり、こう言った話が大好きなティミーだった。

「さてと、それじゃあ話はここまでで、まずは準備運動からだな」

 今日使う訓練場の扉を開けて中に入ったロベリオの言葉に、ティミーも一転して真剣な顔で何度も頷くのだった。




 一方、一人でいつもの訓練所へ入ったレイは、いつもの場所で一人でゆっくりと準備運動を始めた。

「おはようございます。今日はお一人なんですね」

「おはようございます、ご一緒させていただきます」

 レイの姿を見て、マークとキムが揃って側に来てくれる。

「おはよう。うん、ロベリオとユージンは、ティミーと一緒に別室で個別に訓練するんだって言ってたよ」

 顔を上げたレイの言葉に、二人が納得したように揃って頷く。

「確かに、ティミー様はお体も小さいし、まだ未成年だものなあ」

「しかも軍人の家系じゃあないから、武術方面はおそらく本当の基礎程度で、もしかしたらそれもまだ受けてないかもしれないくらいの年齢だろうしな。だとしたら、やるなら一番最初の基礎体力作りからだな。身長はまあ、これからいやでも伸びるだろうからさ」

 そのあたりの事情には、三人の中では一番詳しいであろうキムの言葉にレイも笑って頷く。

「確かにそう言ってたね。まずは体力をつけさせるんだって」

 お互いの腕を引いて、背中の筋をゆっくりと伸ばしながら、レイが笑って頷く。

「だけど、それだって簡単な事じゃあないと思うな。最短でも秋頃まで、恐らくだけど今年いっぱいくらいまでは個別指導で基礎体力作りに専念なさるんじゃあないかな?」

 立ち上がって何度か屈伸していたキムの言葉に、もっと早く終わると思っていたレイが驚いて顔を上げる。

「ええ、そんなにかかるものなの?」

 驚いたように大きな声でそう言われて、逆にキムの方が驚く。

「いや、そんなにかかるって言われても……いえ、当然です。未成年でまだまだ成長期のティミー様ですから、当然今現在は筋肉なんて年相応かそれ以下の最低限しかついていません。なので無理するとお怪我をなさったり、どこか不用意に痛めたりすると将来に渡って不自由が出る事だってありますからね。特に最初のうちは慎重過ぎるくらいにゆっくりやるので丁度いいんですよ」

「へえ、そうなんだね。僕、もっと簡単に出来るんだと思ってたよ」

 無邪気なレイの言葉に、顔を見合わせて笑うしかないマークとキムだった。

 柔軟体操と荷重訓練を一緒にやってから、一礼して仲間達のところへ戻るマークとキムを見送る。

 その後は来てくれたキルートに木剣で手合わせをしてもらい、張り切ってかなり頑張ったのだが、やっぱり最後は叩きのめされて床に転がっているレイだった。

「ああもう、キルート強すぎだよ。全然打ち込む隙が無い!」

 そう叫んで腹筋だけで起き上がったレイは、飛んでいった木剣を拾い直して改めて身構える。

「もう一本お願いします!」

「よし、打ってこい!」

 大声で応えてくれたので、レイは大声をあげて正面から力一杯打ち込みに行ったのだった。

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