ティミーと陣取り盤

「いやあ、これは驚いた。勝つには勝ったが、これはほぼ互角の勝負だったな」

 そう言いながらマイリーが最後の一手を打ち勝負が決まった瞬間、部屋は驚きの歓声とティミーの悲鳴に包まれたのだった。

「うわあ、最後はちょっと集中力が切れちゃいましたね。絶対にやってはいけないミスを連発しちゃいました」

 陣取り盤ではアルス皇子と並んで最強と言われるマイリーを相手に、かなりの健闘を見せたものの結局最後は自分のミスが原因で総崩れとなり負けてしまったティミーは、悔しそうにそう言って顔を覆ってソファーの背もたれに倒れ込んだ。



 最後は経験不足のティミーなら気付くまいと、少々意地悪な罠にかけて圧倒して勝利したが、最初に手加減した時にうっかり馬車の駒を取られてしまった事は、マイリーの中では近年感じた事のない程の屈辱に近い。

 結果的には勝つ事が出来たが、マイリーにとってこれは、相手をみくびり実力を見誤った自分への戒めの一戦となった。

「いやいや、これは敢えてミスするように誘導したんだよ。上手く引っかかってくれて助かったよ」

 苦笑いしながら何でもない事のようにそう言い、散らばっていた駒を改めて並べ始めた。

「ルーク、ちょっとここへ座れ」

 顔を上げたマイリーにそう言われて、思わず逃げそうになったルークをレイが即座に捕まえる。

「ほらご指名ですよ〜!」

 楽しそうにそう言って、マイリーが立ち上がって空いたソファーに無理矢理座らせる。

「ええ、俺がやるんですか!」

「今の俺は、女王を落として三手先に打たせてから始めたんだ。お前ならどうする?」

 ニンマリと笑いながら駒が散らばる盤を指差してそう言われてしまい、ルークは諦めたようにため息を吐いて肩を竦める。

「まあ、これでも一応年上の意地がありますからね。良いですよ、女王を落として三手先に打たせましょう」

「後悔するなよ」

 鼻で笑ったマイリーは、真顔でティミーに向き直った。

「どうする? まだ出来そうか? 無理なら……」

「出来ます! やらせてください!」

 目を輝かせるティミーの言葉に、マイリーが嬉しそうに頷く。

「そうこなくちゃな。じゃあ、今度はルークと打ってみろ。彼もなかなか個性的打ち方をするぞ。お前ら、言っておくが双方ともに口出し無用だぞ」

 見学する気満々の若竜三人組とレイルズに向かって断言する。

「了解です! 俺達は見学に徹します!」

 代表したロベリオの言葉に続き、ユージンとタドラだけでなくレイも一緒になって直立して敬礼した。 

 マイリーは、ティミーとルークの二人が座る向かい合わせのソファーの横に置かれた一人用のソファーに座り、横からじっくりと盤上を見る場所を確保する。



「では、お願いします」

 真剣な顔でそう言うと、ティミーは最前列にいる歩兵の駒を小さな指で摘んで進めた。




「ううん、これは時間切れの引き分けってところだなあ」

 腕を組んだマイリーの言葉に、悔しそうにしつつもルークとティミーも揃って頷いた。

 途中までは一進一退のなかなか見応えのある勝負をしていたのだが、後半に双方共に陣が崩壊してしまい、互いに打つ手が決められないままに消耗戦となってしまったのだ。

 こういった展開になった場合、これ以上やっても無駄とされて引き分け扱いとなる。

「マイリーとルーク相手にここまでやるって……」

「ティミー凄い。今度ゆっくり教えてもらおう」

「本当だよね。これはすごい先生が来たかも」

 若竜三人組の呟きに、マイリーは苦笑いしつつも何度も頷いている。

「ありがとうございました!」

 嬉しそうに立ち上がって一礼するティミーに、部屋は拍手に包まれたのだった。




「ティミー、俺が入っている陣取り盤の研究会の倶楽部で戦略室の会ってのがあるんだが、体験扱いでいいから仮入部してみないか? やる気があるなら、紹介してやるぞ」

 マイリーの言葉に、横で聞いていたルークが目を見張る。

 以前レイが、竜騎士見習いとして紹介された後に倶楽部の見学に行った時にも入ってみないかと誘っていたが、あれは完全に冗談で言っていたのが分かる程度の軽い誘い方だった。しかし今のこれは本気の勧誘だ。明らかにティミーの腕を認めた上での勧誘なのだ。

「うわあ、これは凄い。ティミー。これも経験だと思って行っておいで。絶対に君の為になるよ」

 真顔のルークの言葉に、若竜三人組は呆気に取られて言葉もなく彼らを見ている。



 戦略室の会は、マイリーと同じ程の強さを誇る会員達が多くいる、数ある陣取り盤の倶楽部の中でも最強と名高い倶楽部だ。

 当然、希望したからと言って誰でも入れるような倶楽部では無い。

 同倶楽部の会員の紹介は必須だし、入る際には最低でも会員三人と打ち合い、それなりの勝負をして腕を認められなければそもそも入る事すら出来ない。

 ちなみにマイリーは、竜騎士となった直後にこの倶楽部に所属しているディレント公爵の紹介で仮入部して、対戦相手を全員打ちまかした伝説の持ち主だ。



「う、嬉しいです。でも良いんですか? 僕はまだ未成年ですけど?」

 嬉しそうに身を乗り出しつつも、困ったようにマイリーを見上げる。

「だからそのための仮入部なんだよ。正式な入部は成人後になるな」

 笑ったマイリーの言葉に、ティミーは嬉しそうに大きく頷く。

 しかしマイリーは腕を組んで考え込んだ。

「どうするかな。城の倶楽部に今のティミーが直接出向くと目立つからなあ。会員達に連絡して、どこかの一の郭に屋敷で会合を開いてその時に顔合わせをすればいいか。近いうちに段取りしてやるから待っていなさい」

「是非お願いします! 戦略室の会は憧れだったんです!」

 目を輝かせてそう言ったティミーは、マイリーと笑顔で手を叩き合った。



 横で聞いていたレイも、今のマイリーが自分の時とは違って本気で勧誘しているのが分かって感心していた。

「そっか、ティミーは身体は小さいし力は無くてまだまだ成長はこれからに期待だけど、どうやら頭の方は、今でも僕なんかよりも遥かに良いみたいだね。凄いや。これから勉強はティミーに教えてもらおうっと」

 感心したような無邪気なレイの呟きに、苦笑いしつつもその場にいたティミー以外の全員が、揃って大きく頷いていたのだった。

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