ティミーの得意な事

「あの、申し訳ありませんがもうお腹いっぱいです。これ、お願いします」

 半分どころか、三分の二以上が残ったカスタードタルトを、ティミーが申し訳なさそうにそう言いながらレイにお皿を押して寄越した。

 遠慮せずにもっと食べれば良いのにと言いかけたが、おそらくティミーにとってはこれが本当の精一杯なのだろう。カスタードタルトの横には、カットした果物も半分以上乗せられているのを見て、すでに二個目を半分以上食べ終えていたレイは笑って頷きお皿を受け取ってやる。

「わかった、じゃあこれはもらうね」

「でもレイルズ様。本当にそんなに食べて大丈夫ですか?」

 あっという間に二個目のタルトを平らげ、貰ったタルトを食べ始めるレイを見て、ティミーは呆れ顔だ。

「大丈夫だよ。甘いものは……」

「別腹と申しましてな」

 笑ったロベリオ達の声が、レイの言葉に重なる。

「レイルズ様。確かにそうは言いますが、別腹が大き過ぎです。どこかに穴でも空いてるんじゃあありませんか?」

 呆れたようなその言葉に、レイは堪える間も無く吹き出してむせてしまい、ティミーとラスティ達を慌てさせていたのだった。




 最後にカナエ草のお茶の残りでいつもの薬を飲み、揃って本部の休憩室へ戻った。

「ティミーは、陣取り盤って知ってる?」

 大きな陣取り盤を取り出して机に置きながらティミーを振り返る。

「ああ、父上がお元気だった頃に少しだけ習いましたから、駒の動かし方程度は知っています」

 嬉しそうに笑うその言葉に、レイの目が輝く。

「そうなんだね。じゃあちょっとやってみようよ!」

 これ以上無いくらいの笑顔になったレイが、向かい側のソファーを示す。

「ほら、座って!」

「はあい、じゃあちょとだけですよ」

 机を挟んだ向かい側のソファーに座ったティミーは、嬉々として取り出した駒を並べるレイを見て、小さく笑って自分の分の駒をせっせと並べ始めた。




「ええ、ちょっと待って!」

 しかしいざ打ち始めると、レイは早々に驚きの悲鳴をあげる事になったのだった。

「もう、待ったは無しですって。さっきそう言いましたよね」

 わざとらしく腕を組んでそう言うティミーに、顔を覆ったレイが呻き声を上げて横に倒れ込む。

 レイの両横にはユージンとタドラが、ティミーの右横ではロベリオがそれぞれ座っていたのだが、レイの悲鳴と同じくらいに彼らの顔も驚きに満ちていた。



 駒の動かし方程度なら知ってるとティミーは言ったが、実際に打ってみると駒の動かし方どころかとんでもなく強くて、レイはもうほぼ何も出来ずに一方的に攻められ、あっという間に王様の駒を追い詰められて勝負がついてしまった。

 これにはレイだけでなく、周りで見ていた若竜三人組までが揃って驚く事になったのだ。



「うわあ、これはとんでも無いのが現れたぞ」

「絶対、マイリーが大喜びするよ」

「だよね。これは凄い。レイルズが相手にもならなかったよ」

 三人の呟きに、ユージンにもたれかかるみたいにして倒れていたレイも、言葉もなく無言で何度も頷いていた。

「いやあ、これって冗談抜きで俺達でも相手にならないんじゃないか?」

「確かに! 決断の速さはマイリー並みだよね」

「ついでに言うと、容赦の無い攻めっぷりもマイリーを見てるみたいだった」

 揃ってしみじみとそんな事を言われて、倒れていたレイは情けない悲鳴を上げたのだった。

「えへへ、実は陣取り盤にはちょっと自信があるんです。夢は最強と言われるマイリー様と打ち合ってみる事なんです」

 照れたように、しかし得意げに胸を張ってそう言うティミーに、若竜三人組だけでなく、起き上がったレイも揃って一緒に拍手をしたのだった。




「俺がどうしたって?」

 その時、声がしてマイリーとカウリの二人が揃って休憩室に入って来た。

「ああ、お疲れ様です」

「お疲れ様です!」

 振り返ったロベリオの言葉にレイも笑顔で続き、そのまま立ち上がって手を上げた。

「マイリー、ここへどうぞ!」

 早くも駒を並べ直し始めている彼らを見て、不思議そうにしつつもマイリーはレイが譲ったソファーに座った。

「これは、俺にティミーとひと勝負しろって事だよな?」

 机を挟んで目を輝かせて座っているティミーを見て、マイリーは戸惑うように隣に座るユージンにそう尋ねる。

「はい。まさにその通りです。どうぞ遠慮なく」

 軽く一礼して陣取り盤を示すユージンの言葉に目を見開いたマイリーだったが、ニンマリと笑うと嬉しそうに頷いた。

「了解だ。じゃあ遠慮なく行かせてもらうよ」

「よろしくお願いします!」

 居住まいを正すティミーの言葉に、マイリーは嬉しそうに笑って頷き駒の並びを見る。

「女王を落とそうか?」

「お願いします!」

 対戦相手に実力の差がある時などに、強い側の女王の駒を最初から落とした状態で始めるがお約束だ。

 当然そう提案するマイリーに、ティミーも嬉しそうに頷く。

 周りで見ているレイ達は何も言わない。

「じゃあ、三手進呈するから先にどうぞ」

 これも同じく実力に差がある時のお約束で、弱い側に先に三手動かしてもらってから始めるのだ。

「ありがとうございます。では参ります!」

 真剣な顔でティミーがそう宣言して、ゆっくりと駒を動かし始めた。




「マイリー。ちょっとこの資料を見てもらえますか?」

 ノックの音と共に、分厚い資料の束を持って休憩室に入ってきたルークは、部屋中にみなぎる張り詰めた緊張感に驚いて足を止めた。

 ティミーと若竜三人組とレイルズの赤毛がソファーに座っているのが見える。その横にはカウリの姿も見える。

 そしてティミーの向いに座っている亜麻色の髪はマイリーだろう。



 ルークの声が聞こえているだろうにマイリーからの返事は無く、それどころか誰一人振り返ろうとも顔を上げようともしない。



「何だ?」

 戸惑うように小さくそう呟き、持っていた資料を椅子に置いてロベリオの後ろから覗き込む。

 マイリーと対等に打ち合うティミーを見てルークの目が見開かれる。

 大きく両者の駒は減っているが、しかしほぼ互角の戦いが繰り広げられていたのだ。

「ええ、これって……」

 身を乗り出すようにしてもっと見ようとするルークに気付き、レイが無言で横に動いてルークの座れる場所を開ける。

 言葉もなくそこに座ったルークもまた。一進一退を繰り広げる盤上の激戦に目を奪われていくのだった。

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