レイとジャスミンの贈り物

「それでレイルズは、結局ティミーに何を贈ったんだい?」

 残った木箱を見ているマイリーにそう聞かれて、レイは驚いて目を瞬く。

 どうやらあれを手配してくれたのはルークだったので、他の人達はあの木箱の中身を知らないみたいだ。

 ティミーも興味津々で残った大きな木箱を見ている。

「じゃあ、手伝うから開けてみる?」

「お願いします。あの大きさは僕一人では開けられそうにありませんから」

 嬉しそうにそう言って笑うティミーと手を叩き合い、ルークが渡してくれた釘抜きを使って蓋を留めていた釘を順番に抜いていく。

「また随分と厳重な梱包なんですね。割れ物ですか?」

 不思議そうにそう言いながら、蓋を開け、中身の大きな包みを取り出した。

「あれ? それは花器……ですか?」

 包みの中から最初に取り出された丸い玉のようなものを見て、ティミーが不思議そうに首を傾げる。

「でも、単なる花器にしては他にも色々入っていますね? これは何ですか?」

 さっぱり分からずに、助けを求めるように笑顔で自分を見ているレイの腕にすがる。



「あのね、この丸い球は空に見える月の模型なんだよ。ほら、模様が入っているのが分かるでしょう」

 取り出した丸い球は、真っ白な陶器で出来ているのだが、その表面はデコボコとしていて、不思議な模様が刻まれていた。

「今度、夜に部屋に来てくれたら天体望遠鏡で実際の月を見せてあげるよ。これはね、月が満ち欠けする仕組みを表した模型なんだ。組み立ててこっち側の部分のランタンに入れられた蝋燭に火を入れて回転させると、真ん中の月に影が出来て満ち欠けするんだよ」

 レイルズが大学の高等科で天文学を専攻しているのは有名なので、ティミーも当然知っている。嬉々として組み立て方を教えてくれるレイの言葉に従い、ティミーも嬉しそうにその装置を組み立てるのを手伝った。




 ようやく全部組み上がり、部屋のカーテンを全部閉めて暗くして言われた通りにランタンの中に入れられた小さな蝋燭に火を入れる。

 その際も、今までなら別の蝋燭の火を移して灯すところなのに、レイが指先でその蝋燭の火芯の先をそっと突くと、何もしていないのに一瞬で火がついたのだ。

「今、一瞬見えたのって、火蜥蜴……ですか?」

 目を瞬いて蝋燭を覗き込むティミーにレイが目を輝かせてロベリオ達を振り返った。

「ティミーは確か、火にはあまり適性が無いっていってたよね? でも今ので火蜥蜴が見えたのなら、適性が無いって事はありませんよね!」

「確かにそうだな。もしかしたらまた適性が上がっている可能性もあるな。今度精霊魔法訓練所へ行ったら、もう一度改めて適性試験を受けてみてもいいかもな」

 ロベリオの言葉にティミーとレイは満面の笑みでお互いの手を叩き合ったのだった。




「うわあ、すごい! 本当に月が満ち欠けしてる!」

 火の灯されたランタンが月の模型の周りをゆっくりと回転すると、真ん中部分の月の模型の影が、ランタンの動きに合わせてゆっくりと移動していく。

 不思議なその月の満ち欠けを再現した模型をすっかり気に入ったティミーは、小さな蝋燭が燃え尽きるまでの間、嬉しそうに何度も何度もランタンを回しては、現れる影を見て大喜びしていたのだった。




「じゃあ、これはこちらの棚にこのまま置いておきましょう。それならいつでも見ていただけますからね」

 執事のマーカスは、レイルズの贈り物のその月の満ち欠けする道具を本棚の横にあった花瓶などを飾る飾り台の上に移動させた。

 棚を少し前へ引き出せば、このままで模型を動かして楽しむ事が出来る。

 嬉しそうなティミーに笑顔で頷き、他の贈り物も順番にティミーの担当従卒のロートスと手分けして片付けてくれた。



 その時、ノックの音がして竜騎士隊付きの執事が一人、大きな包みを抱えて入ってきた。

 リボンが掛けられたそれを差し出されて、進み出たロートスが受け取る。

「こちらは、ジャスミン様よりお届けものでございます。本日は女神の神殿にて年に一度の季節の祭事が行われているため、竜司祭見習いとして後学のために祭事に終日立ち会わなければならず、お出迎えも出来ず大変失礼をいたしました。との伝言でございます」

「そうだったんですね。お姿が見えないからどうなさったのかと心配していました。どうか僕の事はお気になさらず、お勤めを頑張ってくださいとお伝えください。贈り物も確かに受け取りました。心遣いを感謝します」

 ロートスから手渡された包みを受け取り、ティミーは贈り物を持ってきてくれた執事に当然のように堂々と応える。

 そんなティミーをレイは驚きの目で見ていたのだった。



「何を贈ってくれたのかな? これ、柔らかいけど結構重いよ?」

 包みを見て不思議そうにそう呟いたティミーは、そっとリボンの端をひっぱり結び目を解いた。

「うわあ、すごく綺麗。これはベッドカバーですか?」

 取り出したそれをレイルズも手伝って広げてみる。それは細工を施された大きな蔓草模様が織り込まれた一枚の布だった。

 やや縦長のその布の両端の短い辺には細やかな細工のレースが、左右の長い辺には一定間隔でレイの剣の鞘に取り付けているのと同じような房飾りが幾つも並んで縫い付けられていた。

「はい、こちらはオルベラートのレース工房の新作のベッドカバーでございます。両端の房飾りには魔除けの意味があります。また、レースの模様は安眠を促す模様になっており、お疲れを癒す効果があるのだと伺っております」

 笑顔の執事の言葉に大きく頷いたティミーは、窓際に置かれた自分のベッドを振り返った。

「今日から早速使わせていただきます。改めてジャスミンにお礼を。本当に素敵な贈り物をありがとうございます。喜んでいたとお伝えください」



 一礼した執事が下がるのを見送ってから、ティミーは改めて自分を見ている竜騎士達を振り返った。

「あの、今日は本当にたくさんの素敵な贈り物をありがとうございます。いただいたものは全部大事に使わせていただきます!」

 改めてお礼を言うティミーに皆も笑顔になった。

「じゃあ、贈り物の開封も済んだ事だし、この後は本部を案内するからね」

 ロベリオの言葉に嬉しそうにティミーが頷く。

「それじゃあ大人組はここで失礼するよ。改めてティミー、ようこそ竜騎士隊へ。ここでの君のこれからに期待しているからね」

 アルス皇子に改めてそう言われて、居住まいを正して元気に返事をするティミーだった。

 そんな彼の肩には、部屋に来た時からずっとターコイズの使いのシルフが一緒に座っていて、いつもブルーがしているように、嬉しそうにまだ幼い主の頬に何度もキスを贈っていたのだった。

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