その後の事と様々な考え方

「聞きたいことは沢山あると思うが、まずはラフカ夫人の処分について説明しよう」

 ゲルハルト公爵の言葉に、レイは背筋を伸ばした。

「彼女は当面の間、社交会へは出てこない。表向きは体調不良のための療養となっているが、事実上の謹慎処分だ」

「謹慎処分……」

 それがどれくらいの重さの処分なのかが分からず、助けを求めるようにルークを振り返る。

「まあ、妥当なところでしょうね」

 苦笑いして頷くルークを見て、レイはそんなものなのかと無理矢理納得した。

「ただ、ご主人から聞いたが、彼女は未だに少々取り乱しているらしくてね。まあ、しばらくは本当に療養生活になりそうだとの事だよ」

 驚くレイに、ゲルハルト公爵は顔をしかめて見せた。

「元々、最近の彼女の言動は少々常軌を逸する事が多かったが、今回の一件がとどめになったようだね」

 ゲルハルト公爵の言葉に、ヴァイデン侯爵もそう言いながら頷く。

「自業自得です。自分がした事は、良かれ悪しかれ必ず己に返ってきます。それを彼女は最後まで理解出来なかった。気の毒な事ですわ」

 やや突き放したようなミレー夫人の言葉に、レイ以外の三人が苦笑いしながら頷く。

「あの……では、ローザベルは、彼女はどうなるんですか?」

 小さな声での遠慮がちな質問には、ミレー夫人が頷いて口を開いた。

「彼女と昨夜、少し話しました。彼女は、故郷のベルフィアへ帰りたいとの事なので、早急に帰れるように手配をいたしますわ。元々、精霊魔法訓練所を卒業したので夏が終わるまでには帰る予定だったそうです。なので、彼女が急に故郷へ帰っても誰も不審には思わないでしょう。帰る準備が整うまでは、侯爵家から彼女の侍女達を呼び寄せて、一の郭の我が館に招いて客人として滞在してもらう事にしました。久しぶりに若い娘さんが屋敷にいてくれて、娘が帰ってきてくれたみたいで私は嬉しいので、いつまででもいてくださって構わないのだけれどね」

 ヴァイデン侯爵家には娘と息子が一人ずついて、娘さんは少し前に嫁いで今はオルダムにはいない。成人済みの息子は子爵の位を持ち、城の事務官として真面目に務めている。

「そうなんですね。彼女の事、どうかよろしくお願いします」

「大事な方のご友人ですものね」

 にっこり笑って言われた言葉に、レイは悲鳴を上げてルークの影に隠れたのだった。



「今回の一件は、リューベント侯爵も重く受け止めている。これは遊びや冗談で済ませる範囲を超えているよ」

 ゲルハルト公爵の言葉に、レイは戸惑いつつも頷く。

「えっと、単なる疑問なんだけど、聞いても良い?」

 小さな声で隣に座るルークに尋ねる。だが残念ながら、レイの声は部屋にいる全員に聞こえていた。

「おう、どうした?」

 軽く聞いてくれたので、戸惑いつつも口を開いた。

「この場合、もしも遊びや冗談で済ませられるとしたら、何がどうなら遊びや冗談になるの?」

 いっそ無邪気とも取れるその質問に、ゲルハルト公爵とヴァイデン侯爵が揃って吹き出す。ミレー夫人も扇で顔を覆って肩を震わせているので、間違いなく笑っている。

 大きなため息を吐いたルークはにんまりと笑ってレイの額を突っついた。

「まあ、一服盛ろうとしたのは、それが何であれ発覚すれば大問題だが、発覚しなければ問題にならないよ」

 ルークの言葉にレイが目を見開く。

「だからこの場合、お相手が一番の問題だな。今回は未婚の女性。しかもその彼女はお前の想い人の友人だ。これは、万一事が成っていれば、はっきり言ってどちらに対しても手酷い裏切りになる。これは分かるな?」

 嫌そうに頷くレイを見て、ルークも苦笑いして頷く。

「だけど、そうだな……以前、カウリと一緒に参加した夜会で誰かさんが転んだご婦人を助けた一件、覚えてるだろう?」

「あ……」

 何か言いたげなレイを、ルークな苦笑いしながらもう一度頷いた。

「もしも今回のお相手候補が彼女だったら、まあ、陰口くらいは叩かれただろうけど、あぁあ、女狐にお持ち帰りされたって、陰で笑われる程度の事だよ」

「ええ、そんな程度の事じゃないです、そこはお願いだから助けてください!」

 真顔で悲鳴を上げるレイに、しかしルークは笑っているだけだ。

「うう、絶対気をつけよう」

 横に置かれていたクッションを抱えてレイが呟く。

「まあ、君のことは皆注目しているからね。こう言っては何だが、もしも明らかに不審な何かがあれば誰かが止めてくれるだろうさ。それでなくとも君には最強の古竜がついているんだから、まあ普通の若者よりも迂闊な被害に遭う可能性は限りなく低いんじゃないかい」

 からかうようなゲルハルト公爵の言葉に、ルークも笑って頷いている。

「ただし、自分で何とかせずに、今回みたいに俺でも良いし他の誰でも良いから、とにかく呼び出して助けを求めてくれ。間違っても、主犯者を庭の池に頭から突っ込むような真似はしないでくれよな」

『それは思っただけで実行してはおらん』

 ルークの声に、ブルーのシルフが机の上に現れて不満げにそう答える。

「あはは、そうだった。偉い偉い、よく我慢したなあ。今後も是非そうであってくれるように願うよ」

 投げやりなルークの言葉に、鼻で笑ったブルーのシルフはふわりと浮き上がってレイの肩に座った。

『どうだ、少しは分かったか?』

「ううん、分かったかって聞かれると、正直言ってよく分からないけどさ。でも、ちょっとは分かった気がする。それに賛同出来るかどうかはまた別だけどね」

 クッションを抱えたレイは、口を尖らせながらそう言うと、自分を見つめている全員に深々と一礼した。

「改めて、大変お世話になりました。それで今回の一件は、僕は何も知らなかった事にすれば良いんですよね」

「そうだね。言いたい事はあるだろうけど、ここは飲み込んで大人の対応をお願いするよ」

 ため息を吐いて頷くレイに、皆、安堵のため息をもらした。



「今夜の夜会は、沢山お菓子を用意しているからね。好きなだけ食べてくださって結構よ」

 気分を変えるように、ミレー夫人が笑顔で教えてくれる。

「そうなんですね、楽しみにしてます」

 クッションを横に置いたレイも、その言葉に嬉しそうな笑顔になる。

「好きなだけ食べなさい。だけど、竪琴の演奏もお願いするよ」

 ヴァイデン侯爵の言葉に、ゲルハルト公爵やミレー夫人も笑顔で頷くのを見て、レイは笑顔になる。

「あの、それならお礼にもなりませんが、何かご希望の曲があれば演奏します」

 レイのその言葉に三人は揃って顔を見合わせ、口々に希望の曲を上げ始めたのだった。

「ええ、待ってください。一体僕は何曲演奏すれば良いんですか!」

 止まらない曲の羅列に、昨日の希望の曲が書かれたカードの束を思い出して、遠い目になるレイだった。

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