事務仕事とレイの考え

「じゃあ、そっちの資料と一緒にしておいてくれ。あとは、こっちは別口だよ」

「了解です。ええとこれがこれと一緒で……」

 資料室で、レイはルークに言われるままに集めた資料の整理を手伝った。

 カウリとタドラは、事務所でヴィゴと一緒に顔を寄せて何やら真剣に相談を始めている。

 しばらくは黙々と言われるがままに資料整理を手伝っていたのだが、一段落して片付けていると、どうしても昨夜のことが気になってくる。



「ねえ、ルーク。ちょっと聞いてもいいですか?」

 小さくため息を一つ吐いたレイは、持っていた資料を一つにまとめてからルークを振り返った。

「おう、良いぞ。今ここで答えてあげられるかは分からないけどな」

 小さく頷いたレイは、もう一度ため息を吐いてから口を開いた。

「えっと、あの後、ローザベルはどうしてるのかなって……」

 もしも侯爵家に帰っていたとしたら、夜会から戻って来たラフカ夫人と顔を合わせる事になるだろう。

 昨夜はミレー夫人の所に泊まったとしても、いずれは屋敷に戻らなければならないはずだ。

 女主人であるラフカ夫人に、何か言われたりしないだろうか。

 ようやく昨夜の事を客観的に考えられるようになってきたが、そうなると彼女の事が心配になってきたのだ。

「お前は相変わらずだな。あれだけの目にあっても、彼女の心配をするんだ」

「ええ、どうして?」

 驚くレイに、今度はルークがため息を吐く。

「俺はそのローザベル嬢には多分一度か二度くらいしか夜会でお目にかかった事が無い。訓練所でも、話した記憶は無いな。正直言って、顔も思い出せないくらいさ。だから、彼女がどんな性格でどんな風に物事を考える子なのかは分からないから、何とも言えないけど……」

 何やら含んだその言い方に、レイは眉を寄せる。

「何が言いたいの?」

「つまり、彼女がお前との事を了承していたかどうかで、はっきり言って今の彼女の立場は全く異なると思うって事だよ」

 目を見開くレイに、ルークは肩を竦める。

「つまり、夫人に無理強いされて、もしかして弱みの一つでも握られて命令されていたのなら、彼女はおそらくミレー夫人に泣きついて助けを求めてるだろう。逆に、お前を落として自分のものにしてやる、くらいの意気込みで事に当たっていたのだとしたら、ミレー夫人に邪魔されたと思って、きっと今頃は怒りの余りはらわたが煮え繰り返ってると思うぞ」

「彼女はそんな事しないよ」

 真顔で否定するレイに、ルークは笑顔で頷く。

「お前は彼女を信じる。か」

 無言で頷くレイに、ルークは優しく笑った。

「お前がそう考える根拠を聞いてもいいか?」

 優しい言葉に、レイは一瞬口籠もった後に、口を開いた。

「僕に、小さな声でワインを飲むなって言ってくれた時、彼女の手は震えてた。口止めされてたけどあれに何が入ってるのか知っていた彼女は、何とか必死で隠れて僕に教えてくれた。あの時ワインをこぼさなかったら飲まずに返すのは不自然だもの。それに彼女はディーディーやニーカの友人だよ。だから僕は彼女を信じます」

 ラフカ夫人が彼女に何をしたのかまで含めて、シルフ達から聞いて詳しい裏の事情まで知っているルークは笑って頷いた。

「そうか、それなら良い。きっと彼女はミレー夫人に助けを求めただろうな」

 笑顔で頷いたレイだったが、戸惑うようにルークを見る。

「えっと、助けを求めるって、この場合はどうするのが正解なの?」

 どう考えても、単に一晩屋敷に泊めただけでは、問題の先送りに過ぎないだろう。

 自分を見つめるレイに、ルークは苦笑いして首を振った。

「まあ、その辺りは後でミレー夫人とゲルハルト侯爵閣下が詳しく教えてくださるよ。きっと今頃、後始末に奔走してくださってるだろうからな」

 目を瞬くレイに、ルークは笑ってもう一度大きく頷いた。

「まあ、ここは任せておけば良いさ。これは年長者の役割だよ」

「でも……」

「だから、後で会わせてやるから、その時にしっかりお礼を言っておけば良い。逆の立場なら、お前はどうする? 何も知らない年下の見習いが、身分を傘に嫌がらせ半分に遊ばれて黙って見ていられるか?」

 真顔で首を振るレイに、もう一度ルークは笑って頷いた。

「な、そういう事さ。俺も最初の頃には色々と世話になったよ、だからお前も早く一人前になって誰かを助けてやれるようにならないとな」

「ええ、そんなの僕に出来るかなあ」

 眉を寄せて困ったように呟くレイに、ルークは遠慮なく吹き出した。

「だからお前、その顔はやめろって」

 そう言って背中を叩くと、整理した資料を入れた箱を抱えた。

「ほら、この話はここまでだ。じゃあ運んでくれるか」

「はあい、じゃあこれを持っていくね」

 もう一つ資料が入った箱を抱えると、急いでルークの後に続いた。



 昼食を挟んで、今度はマイリーの資料整理を手伝ったり、ルークやタドラの資料整理を手伝って過ごした。



 夜会に備えて早めの夕食を食べた後、身支度を整えたレイはルークに伴われて早めに城へ向かった。

 案内された部屋には先客がいて、ミレー夫人と彼女の主人であるヴァイデン侯爵閣下も一緒だった。その隣にはゲルハルト公爵の姿もあった。

 部屋に通されたレイは、挨拶もそこそこに一生懸命昨夜の礼を述べた。

「気にしないで良い。今回の一件は、君は完全に被害者だからね」

 苦笑いするゲルハルト公爵にそう言われて、戸惑いつつも頷く。

「まあ座りなさい。きっと知りたいだろうから、あの後どうなったかの詳しい話をしてあげよう」

 ゲルハルト公爵の言葉に、頷いて素直に座ったレイの隣にルークが座る。

 低めの机を挟んで置かれた向かいのソファーにヴァイデン侯爵夫妻が並んで座り、レイの右横に置かれた一人用のソファーにゲルハルト公爵が座っている。

 真剣な顔で座ったレイを見て、執事が黙ってそれぞれの席にお茶を用意する。五人共黙ったまま、それぞれの前にお茶が置かれるのを見ていた。

 一礼した執事が衝立の奥へ下がるのを見て、まずはゲルハルト公爵が口を開いた。

「聞きたい事は沢山あると思うが、まずはラフカ夫人の処分について説明しよう」



 レイが座ったソファーの背には、ブルーのシルフと並んで、ニコスのシルフ達が真剣な顔で話し始めた彼らを見ていたのだった。

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