よからぬ企みと答え合わせ
「ルーク! それにゲルハルト公爵閣下。ええ、一体どうしたんですか?」
部屋に駆け込んできた二人を見て、レイが思わず叫ぶ。
「どうしたって、そんなのお前が心配で駆けつけて来たに決まってるじゃないか!」
二人揃って大きなため息を吐いたルークとゲルハルト公爵は、顔を見合わせてもう一度ため息を吐いた。
それからその後に、呆れたようにルークが叫んだ。
「えっと僕、何が何だかさっぱり分からないんだけど、ルークには分かるの?」
いっそ無邪気とも取れるその質問にゲルハルト公爵が吹き出す。
「ルーク、ここは任せるよ。私はちょっと会場の様子を見て来よう」
三度目のため息を吐いた公爵が苦笑いしながらそう言ってルークの背中を叩き、イプリー夫人と一緒にそのまま部屋から出て行ってしまった。
「えっと……」
その後ろ姿を見送った後、レイは困ったように眉を寄せてルークを振り返った。
「とにかく座れ。それで、何があったか説明しろ」
真顔のルークにそう言われて、レイはもう一度改めてソファーに座り直す。
「えっと、だから何がどうなってるのか、その、僕全然分からないんです」
目を閉じて眉間を押さえたルークは、しばし沈黙した後に顔を上げた。
「ラピス、いるんだろう」
『ここにいるぞ』
机の上にブルーのシルフが現れて座る。
「で、どの辺りが緊急事態で、何がどうなったのか詳しく説明してくれ」
真顔のルークの言葉に、ブルーのシルフは嫌そうに首を振った。
『口にするのも汚らわしい所業だよ』
そう言ってふわりと浮き上がり、ルークの左肩に座って彼の耳元に口を寄せた。
『今夜の主催のあの女狐が、よりにもよって未婚の女性をレイにあてがおうとしたのだ。しかもその女性はレイの想い人の友人だ』
ごく小さな声で告げられたその内容に、驚きに目を見開くルークを見て大きく頷く。それからもう一度耳元に口を寄せて、その相手が誰だったのか、更にはラフカ夫人が夜会が始まる前にその女性に何をしたのかも、シルフ達に聞いたと前置きして簡単に説明した。
そのあまりの酷い内容にルークの眉が寄せられる。
「おいおい、それはちょっと冗談じゃあ済まないぞ」
『挙句に、事が露見しそうになった途端に自分は悪くはないなどとほざきおって逃げを打ったのさ』
予想外の展開に、ルークはこれ以上ないくらいのため息を吐いて頭を抱えた。
「でもって、こいつは何も気付いてない訳か」
『何もって事は無かろうが、恐らく意味はわかっていないだろうな』
困ったようなブルーの言葉に、レイは眉を寄せる。
「目の前で内緒話はずるいです。僕にも聞かせてください!」
口を尖らせるレイを見て、ルークは頭を抱えてソファーに置かれたクッションの上に倒れ込んだ。
この一件を彼にどう話すべきかの判断がすぐに出来なかったのだ。
「で、その彼女は今何処にいるんだ?」
場合によっては、口止めを兼ねて自分が保護すべきかとまで考えたルークに、ブルーのシルフは驚くべき事を告げた。
『あのおしゃべり好きの、其方が拡声と同じだと言ったご婦人のところだ』
「おいおい、それって会場に放置されるよりもっとまずい気がするんだけど」
焦るルークにブルーのシルフは鼻で笑った。
『この件に関しては少なくとも信用していい。まあ後日どうなるかは分からんがな』
「お前、面白がってるだろう」
また頭を抱えたルークの情けなさそうな声に、もう一度ブルーのシルフが鼻で笑う。
『面白がりでもせねばやってられんわ。本気であの女狐を庭の池に頭から放り込んでやろうかと思ったのだからな。我慢した我を褒めろ』
「ああえらいえらい、よく我慢したねえ……」
思いっきり投げやりにそう言ったルークは、一転して真顔でレイを振り返った。
「お前が気が付いた事でいい。今夜の夜会であった事を一つ残らず全部話せ」
正面からそう聞かれたレイは、戸惑いつつも今夜の夜会の始まりの部分から、ローザベルの様子がおかしかった事まで全部詳しく話したのだった。
「成る程なあ。レイルズから見たらそうなるわけかあ。ううん、これは何処から説明すればいいんだ?」
本気で困っていると、ノックの音がしてゲルハルト公爵が戻って来た。
「ああ、閣下。そっちはどうでしたか?」
しかし、答える代わりに公爵の後ろにイプリー夫人が顔を出したのを見て、ルークは黙ってレイの隣に移動して座った。
二人と向かい合わせになったソファーに公爵とイプリー夫人が並んで座る。
「レイルズが大変お世話になりました。お助けいただき心から感謝します」
真顔でそう言って頭を下げるルークの言葉に、レイも慌ててそれに倣った。
「お気になさらず、当然の事をしたまでですわ」
平然とそう言ったイプリー夫人は、レイを見てにっこりと笑った。
「ラフカ様は、ちょっとお加減が悪くなられてもうお帰りになりました。なので今夜の夜会はもうここまでです。せっかくの素晴らしい演奏と歌でしたのに、こんな事になって申し訳なったわね」
「あの……」
戸惑うレイを見て、イプリー夫人はゲルハルト公爵を横目で見た。
まるで、説明は貴方の役割でしょう、と言わんばかりの視線にまたため息を吐いた公爵は、レイに向き直る。
「実は今夜の夜会の裏で、あるよからぬ企みが進行していた」
「よからぬ企み、ですか?」
不思議そうにするレイに、公爵は真顔で頷く。
「そうだよ。しかもその企みの標的は、君だったんだよ」
「ええ、僕……? ええ? あの、一体何があったんですか?」
戸惑うレイの質問に、思いきり嫌そうに首を振った公爵は机の端に置かれていたベルを鳴らした。
即座に衝立の向こうに控えていた執事が一人出て来て、公爵のすぐ後ろまで来て深々と一礼した。
「先程のあれを出せ」
怒ったような短いその指示に、執事は懐から小さな小瓶を取り出して公爵に渡した。
黙って受け取った公爵は、その小瓶を机の上に置いた。
コルクの栓がされたままのその小瓶の中には、ごく小さな丸薬が数粒入っているだけだ。
「えっと、何のお薬ですか?」
初めて見るその薬瓶を覗き込んだレイの質問に、公爵は嫌そうに顔をしかめた。
「媚薬って言えば分かるかい?」
その言葉に目を瞬いたレイは、しばらく沈黙した後、唐突に真っ赤になった。
「おお、通じたな」
何故か安堵したような公爵の呟きに、真っ赤なままのレイはもう一度小瓶を見た。
「ええ、ちょっと待ってください。今の話の運びだと、今夜の夜会でよからぬ企みが進行してて、その標的が僕で、これがその……媚薬、で……ローザベルがワインを飲むなって言ったのって、そういう意味だったんですか!」
「何でこんな時だけ察しが良いんだよお前は」
呆れたようなルークの呟きに、ブルーのシルフが何度も頷く。
「ええ、ちょっと待って!」
もう一度そう叫んだレイは、不意に襲われた寒気に大きく身震いした。
これは、以前読んだ恋愛小説の中に出てきた展開そのままだ。
しかも、その恋愛小説の主人公は、それと知らずにその媚薬入りのお酒を飲んでしまい、彼を狙っていたその媚薬を仕込んだ悪女にベッドに引き込まれてしまうのだ。
その後の話の展開を思い出してもう一度小瓶を見たレイは、真っ赤な顔のままでルークを振り返る。
嫌そうに頷くルークを見て、レイは悲鳴を上げてソファーに突っ伏したのだった。
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