侍女達と執事達

「なんとか間に合いましたね。とてもお綺麗ですよ」

 最後に、ドレスの胸元に花のようにまとめたレースを縫いつけた侍女が、涙を浮かべて満足気にそう呟いた。

 ラフカ夫人から渡されたコルセットはローザベルの体には本当にギリギリのサイズで、予定していた胸元の開いたドレスでは、とても人前に出られるようなものでは無かったのだ。

 その為急遽ドレスルームをひっくり返して探し回り、胸元が詰まった薄紫のドレスを見つけたのだ。そこにまだ追加のレースをあしらい、背中側にも細いレースを蔓草のように縫い付けて誤魔化し、さらには大振りの首飾りを使う事でなんとか格好をつけたのだった。

 大急ぎで髪を結い、髪飾りもドレスの色に合わせてアメジストとラピスラズリをあしらった細工物に変更した。

「お願い。どうか守って。私にディアを裏切らせないで……」

 小さく震えながら精霊の指輪にそっとキスを贈ったローザベルは、一つ深呼吸をして顔を上げた。

「行ってくるわ。どうか上手くいくように祈っていて。もしも私が今夜、このレースの花を落として帰ってきたら……恥知らずと罵ってくれていいわ」

 無言で必死に首を振る侍女達に泣きそうな顔で頷いたローザベルは、もうそれっきり振り返る事もなく堂々と顔を上げて部屋を出て行ったのだった。

 それはまるで、今から死地へと赴く悲壮なる決意を秘めた戦士のようでもあった。

「精霊王よ、どうかローザベル様をお守りください」

「精霊王よ、そして古竜の主殿にあの薬が効きませんように」

「精霊王よ、どうかローザベル様と古竜の主を夫人の企みからお守りください」

 扉が閉まるまで見送りその場で跪いた侍女達は、揃って手を組むと、もう今の彼女達に出来る最後の手段である、精霊王に必死になっていつまでも祈りを捧げていたのだった。






「これがその薬。上手くやりなさい」

 ごく小さな小瓶に入れられた数粒の薬を見て、ラフカ夫人が満足気にそう呟く。

 彼女の前には四人の執事が集まっていて、それぞれ真剣な顔で渡された小瓶を見つめていた。

「あの平民のワインに入れておやり。厚かましくも貴腐ワインが好きらしいからね。それからせめてもの情けです。ローザベルにも一緒にこれを飲ませてやるがいい。どちらもさぞかし気持ち良くなれるであろう。それから部屋の手配も忘れずにな」

 面白くて我慢出来ないとばかりに喉の奥で笑ったラフカ夫人は、そう言って顎で扉を示した。深々と一礼した執事達が部屋を出て行くのを満足気に見送り、誰もいなくなった部屋を見回しにんまりと笑った。

「これで、あの平民は想い人の友人に手を出した最低の男になる。しかも男を知らぬ結婚前の娘にな。さあ、それを知った巫女は一体どうするかのう。ああ、おかしい、おかしくて堪らん」

 今度は声を上げて笑ったラフカ夫人は、燭台に座ったシルフ達と光の精霊達が睨みつけているのに最後まで気が付かなかった。




 部屋から出た執事達は、裏方専用の控えの部屋に集まり、ドアに鍵を閉め、夫人から直接渡されたその小瓶を取り出し揃って大きなため息を吐いた。

「いくらなんでも、これはおふざけが過ぎように」

 一番年配の執事の呟きに、まだ若い執事が同意するように無言で頷く。

 全員の目はそれぞれの手にした小瓶にそそがれている。

「竜騎士様には薬が効きにくいと聞いたことがありますが、その……この媚薬は効くのですか?」

「以前、タドラ様にお使いになった際には充分に効いた」

 吐き捨てるようにそう言った年配の執事の言葉に、若い執事は目を見開く。

「ええ、それって……」

 これ以上ないくらいに大きなため息を吐いた年配の執事は、横目で若い執事を睨みつけた。

「それ以上聞くな。ただし、言っておくが企みは直前で知られて邪魔が入り、タドラ様はそのままお帰りになられた。まあ、ただこの薬の効いたタドラ様がその後どうなったかは……推して知るべし。だな」

 口元を歪めて、なんとも言えない顔になる執事をもう一度睨みつける。

「しかしあの時のお相手は、年下の若者を相手にするのがお好きだという、少々身持ちが悪い未亡人だったからな。あのまま事に至っていたとしても、女狐に摘み食われたと笑われる程度で済んだだろうさ。まあ、ほとんど噂にはならんが、実際に今でもそう思っているご婦人もおられる」

 驚く若い執事に、他の三人の執事達が揃って苦虫を噛み潰したみたいな顔になる。

「しかし、今回の相手にと命じられたのはローザベル様だ。いくらなんでもこれは酷い。ローザベル様は精霊魔法訓練所では、レイルズ様の想い人である巫女様と仲が良いと聞いている。これはどちらに対しても裏切りとなろう」

「しかも、ご結婚前にそのような噂が立てば、ローザベル様ご自身の将来も……」

「ラフカ様は、これで目障りな三人を一気に片付けてしまおうとお考えなのだよ。しかし、その相手はあの古竜の主だぞ。ただの若者ではない。そう簡単にいくと思うか?」

 揃って無言で首を振る執事達を見て、もう一度大きなため息を吐く。

「しかし、我らは命令には逆らえぬ。せめて、古竜の使いのシルフがこれを聞いていて古竜に告げ口をしてはくれぬだろうか」

「本当ですよね。古竜ならそれくらいはしてくれませんかね」

 不安気に誰もいない部屋を見回しながら、若い執事もそう呟く。

 しばらくの沈黙の後、執事は小瓶を胸元にしまった。

「今ほど、仕える人物を間違えたと思う事はない。本当に情けない事だ」

 もう一度ため息を吐いた執事達は、もう何も言わずにそのまま部屋を出て行った。



 夜会が始まるまでに、密かに準備しなくてはならない事は多い。

 もう何度目か数える気もないため息をまた吐いた執事は、商人から密かに届けられたいわく付きのコルセットをラフカ夫人に確認してもらうために、包みを抱えて夫人の部屋へ向かったのだった。

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