その問題とは?

「えっと、今ここにいる三人と、ティミーの違いですか?」

 マイリーにそう問われて、レイは首を傾げつつ必死になって考える。

「ええ、何だろう。年齢が違う……とかじゃあないです、よね?」

「まあ確かに年齢は違うが、今回の質問の正解ではないな」

 苦笑いして首を振るマイリーとルークを見て、レイは困ったように唸り声をあげる。

「ええ、じゃあ何だろう。年齢以外でここにいる三人とティミーとの違い? あ! オルダムにお家があるか無いかかな? ううん、違うなあ。皆、一の郭にお屋敷があるって言ってたもん。ええ、じゃあ何だろう? あ!分かった! 一人っ子ですか?」

 目を輝かせて手を打ったが、マイリーが首を振る。

「残念だが違うな。俺は次男だぞ」

「そうか。じゃあ違いますね。ええ、駄目です。さっぱり分かりません!」

 降参するみたいに両手を頭上に上げたレイの言葉に、ルークとマイリーが顔を見合わせて小さく笑う。



「つまり、身分のある実家の嫡男かどうかって事さ」



 マイリーにそう言われて、納得して大きく頷く。

 確かに、マイリーは辺境の街であるクームスの、貴族ではなく地方豪族出身だと聞いた事があるし、ルークも公爵家の息子ではあるがあくまでも庶子であって、嫡男、つまり公爵家の後継ぎでは無い。

 レイは言わずもがな。元は自由開拓民で、蒼の森の石のお家が実家の何の後ろ盾もない農民だ。

 それに対して、ティミーは伯爵家の一人息子だ。お父上が亡くなられて今はお母上が爵位を継いでおられるが、彼が成人年齢になれば恐らく彼に正式に母上から爵位が譲渡されるのだろう。

 となると近い将来、彼がヴィッセラート伯爵となるのだ。



「成る程、確かにそうですね。分かりました。でもそれがどうしたんですか?」

 先ほどマイリーは、今すぐではないが問題があるような事を言っていた。今の話の何処が問題なのだろう。

 無邪気な質問に、ルークがため息を吐く。

「そこでさっきの、今夜、レイルズが夜会に行ってもらう話と繋がるんだよ」

 ルークの言葉に、レイは意味が分からなくて目を瞬く。

「えっと……」

 戸惑うレイに、もう一度ため息を吐いたルークは詳しい説明を始める。

「今の竜騎士隊で、まあ殿下は別として、オルダム在住の大貴族出身は若竜三人組だけだ。しかもタドラは実家とは完全に縁が切れている上に、その実家自体も今はオルダムにはいない」

 驚くレイにルークが頷く。

「彼が竜騎士になった後の家族とのいざこざ、聞いただろう?」

 無言で頷くレイに、ルークはもう一度ため息を吐く。

「タドラの実家の家族が、彼が竜騎士になった途端に手の平を返して我が物顔で近寄ってきてね。ちょっとタドラが不安定になったりしてね。そりゃあ裏では色々あったんだよ。それで最終的には陛下が判断してくださって、タドラへの幼い時からの非人道的な虐待行為に対する処罰として、彼との一切の接触の禁止とオルダムからの追放を命じてくださった。一家は領地のあるルーシャの街の郊外へ引っ越す事になったんだ。だからタドラも竜騎士になる前の身分としては、あくまでも実家の無くなった貴族の若者が出家した、神殿の見習い神官なんだよね」

 密かにタドラの実家の名前が一切出ない事を心配していたレイは、皇王様が自ら断じて追放してくださったと聞き、安堵していた。

「ヴィゴは、貴族ではあるが地方貴族の三男だし、マイリーは地方豪族の次男坊だから、そもそも正式な身分としては貴族ですらない。俺はまあ父親は公爵だけどあくまでも庶子であって、公爵家の後継に名乗りをあげるつもりは一切無い。カウリも貴族と言えばそうだが、ブレンウッドの地方貴族の庶子だからな」

「僕に至っては、貴族どころか自由開拓民の村出身のただの農民だもんね」

 大真面目なレイの言葉に、二人も揃って小さく吹き出す。

「よく解ってるじゃないか。ロベリオとユージンは、貴重なオルダム在住の貴族の息子ではあるが、どちらも嫡男では無い。しかも本人達は今のところ、自分が家を興すつもりは無いって言ってる。まあ、これは子供が産まれるとどうなるかは未知数の部分もあるけどな。な、つまり血統至上主義の方々からすれば、今の竜騎士隊は、とんでもない下賤な身分の者達の集まりに成り果てている。って言いたいわけだ」

「下賤な身分って、それちょっと酷くないですか」

 自分が農民なのは事実だから仕方がないし、それに文句を言われても困る。申し訳ありませんとしか言えないだろう。

 眉を寄せるレイに、マイリーとルークが揃ってもう何度目か分からないため息を吐いた。

「そこでティミーの話になるのさ」

「えっと、ティミーはヴィッセラート伯爵家の一人息子って事は……嫡男ですね」

 ようやく彼らが何を言いたいのかが理解出来て、レイはもっと困ってしまう。

「えっとつまり、リューベント侯爵夫人はティミーが来たらきっと喜ぶでしょうね」

 単に思ったままを言ったのだが、二人また揃ってため息を吐いた。

「喜ぶ程度で済めばいいんだけど、そうなると当然彼女達はティミーを持ち上げようとするだろうな」

「持ち上げるって……」

 一瞬、ティミーの小さな体ならラフカ夫人でも抱き上げられるね、と言いそうになったが、直前で考え直す。どう考えても、これはレイの苦手ないわゆる比喩の表現だろう。

「持ち上げるって、どう言う意味ですか?」

「おお、ちゃんと聞いて来たな。よしよし」

 二人はレイなら、ラフカ夫人ならティミーを抱っこ出来ますね、などと言うと思って待ち構えていたのだ。

 苦笑いしつつルークが抱き上げる振りをする。

「言っておくけどこの場合の持ち上げるは、こっちの意味じゃあ無いぞ」

「やっぱりそうですよね。じゃあどう言う意味ですか?」

「つまり、ティミーを応援して彼の竜騎士隊内部での地位を上げようとするって意味さ」

 応援してくれるのなら、良いことのように感じるがそれも違うのだろう。レイは眉を寄せて考える。

「えっと、つまり……」

 その瞬間、不意に閃いたその考えにレイは目を見開く。



「つまり、つまりラフカ夫人を始めとする血統至上主義の方が、ティミーを自分の味方につけて、思い通りに動かそうとするって事ですか! そんな絶対だめです!」

「おお、凄い。一瞬で理解したな」

「成る程、実践形式だと理解が早いってのは本当だったみたいだな」

 血相を変えて叫ぶレイを見て、感心したように呟くルークとマイリーだった。

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