ものの考え方と価値観

「つまり、つまりラフカ夫人をはじめとする血統至上主義の方が。ティミーを自分の味方につけて、思い通りに動かそうとするって事ですか! そんなの絶対だめです!」

 血相を変えて叫ぶレイを見て、すぐに理解したと笑っていたマイリーとルークは、また一つため息を吐いてから真顔でレイを見つめた。

 レイも、口を噤んで二人の話の続きを待つ。



「そこでレイルズ君の出番な訳だ」

 にんまりと笑ったルークの、やや含んだ言い方にレイは眉を寄せる。彼が何か言いたいのであろう事は分かるが、それが何なのかさっぱり分からない。

「えっと、僕に何が出来ますか?」

 どう考えても、ただの農民出身の自分に何か出来るとは思えないが、改まってこんな場を設けて話をしてくれていると言う事は、自分にも何らかの役割があるのだろう。

「まずは今夜の夜会で、ラフカ夫人を始めとする血統至上主義の方々が、お前に何を言うのかをしっかりと聞いてきて欲しいんだ。もちろん俺達もシルフをつけるよ。だから安心して行っておいで」

 笑ったルークの言葉に、レイがまた眉を寄せる。

「えっと……ルークとマイリーは、ラフカ夫人達が僕にどんな事を言うと思ってるんですか?」

 レイにしてみれば、彼女達の言葉は毎回複雑怪奇過ぎて言いたい事が分からない。なので、どれがルーク達の聞きたい言葉なのかも恐らく分からないだろう。なので出来れば具体的な例を挙げて欲しかったのだ。

 しかし二人は揃って首を振った。

「いや、あえて具体例は挙げないよ。先入観を持たせるだけになるからな。構わないよ。君はいつも通りでいい」

 マイリーに優しい声でそう言われて、もっと困ってしまう。

 せっかくの機会なのだから期待に添えるように頑張りたいが、一体どうすればいいのかがさっぱり分からないのだ。

「でも……」

「まああえて言うなら、ティミーに関する事を言われたら、かな」

 笑ったルークの言葉にレイはルークを振り返った。

「ルーク、いくら何でもそれくらいは僕でも分かりますよ」

 口を尖らせるレイを見て、向かいに座ったマイリーが咳き込む。しかし、これは吹き出しそうになったのを誤魔化したと今なら分かる。

「それだけ分かっていれば十分だよ。まあ、今は恐らく向こうも様子見だと思うから、それほど気にしてこちらから何かする必要は無いよ。こういった背景があるのだとだけ今は理解してくれていれば良い」

「つまり、それってティミーを自分達の陣営に取り込もうとする人達がいる、って事ですよね」

「おお、本当にちゃんと理解してるじゃないか。いやあちょっと意外だったがこれは案外使えそうだな」

 嬉しそうなマイリーの言葉に、レイはまた眉を寄せる。

「僕が分からないのは、そんな事をして何になるのかって事です!」

 本気で解っていないであろう彼を見て、ルークがため息を吐いて顔を覆う。

「ここまで理解してて、どうしてそこが解らないかなあ」

 ルークの言葉に眉間の皺が深くなるレイを見て、苦笑いしたマイリーが立ち上がってこっちへ来て、ルーク座ってるのと反対側のレイの隣に座る。



「じゃあ一つ例え話をしてみようか。ティミーがもしも彼女達の陣営に取り込まれたらどうなると思う?」

「そんな事はあり得ません!」

 即座に断言するレイに、マイリーはもう笑うのを止められない。

「そんな事は、俺達だって分かっているよ。だからこその例え話さ」

 無言になるレイに、マイリーは目線で先を促す。

「要するに彼女達に言いくるめられて、ティミーが僕達の事を嫌いになるって事ですか?」

「ううん、考え方としては間違ってはいないが嫌いとはちょっと違うな」

 苦笑いしたマイリーの言葉に、レイは困ってしまう。



 まだレイルズの世界は、好きか嫌いかそのどちらでも無いかの単純な分類で分けられる世界だ。しかし、仕事上の付き合いや、立場として断れない付き合いなどが発生するこれから先は、当然だが好きか嫌いかだけで分けられない相手が多くなる。

 それがまだ分かっていないであろう彼に、マイリーはどうやって説明しようか少し考える。



「そうだな。他人との付き合いで大切な事の一つが、価値観を認めるって事だ」

「価値観を認めるって?」

 首を傾げるレイに、マイリーが頷く。

「例えば、レイルズは本が好きだろう?」

 もちろんそうなので、笑顔で頷く。

「初対面の相手に、あんな小難しい字が書いてあるだけの物の何処が面白いんだ? 読むだけ時間の無駄だ。そう言われたらどうする? どうやって相手に本の面白さを伝える?」

 目を瞬いたレイは、ちょっと考えてから答えた。

「えっと、本は、知らない事を知ったり行った事が無い場所を詳しく知る事が出来ます。本は知識の宝庫だから、それこそはるか昔の人の物語を今でも読む事が出来たり、大学の先生しか知らないような難しい事だって書かれていたりするんです。知識と教養はいくらあっても邪魔にならないんだから、知っておいて損はないと思います」

 嬉々として説明するレイに、マイリーは苦笑いしつつ頷く。

「だけど相手は知らない知識なんて必要無い、行った事もない場所を知ってどうする? ってそう考える人なわけだ。当然、無駄な知識なんて必要ないと思っているから、知識と教養はいくらあっても邪魔にならないと考えるレイルズの価値観とはそもそも全く考え方が違うわけだよ。さあ、どうする?」

「ええ、どうするって言われても……」

 これで説得出来ると思っていたレイは、戸惑うようにルークを振り返る。

 ニコスのシルフ達やブルーのシルフ達は、側で見ているだけで何故か口を開こうとしない。



「教えてください。どうすればその相手を説得出来ますか?」

 すると、ルークは笑って首を振った。

「説得する必要なんて無いさ。だって相手はそもそもそんな価値観を必要としていないんだからさ」

 笑ってそう答えるルークに、レイはもう言葉も無く戸惑う事しか出来なかった。

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