林に作られた訓練場所

「ええ、一体何をするんって言うんですか?」

 ティミーと抱き合うレイの情けない声での質問に、ルークが笑って泉の奥を指差す。

「そうだな。もう準備が出来ているって聞いているから一度皆でやってみよう。とりあえず行くからついておいで」

 笑ってそう言い、泉の奥にある林へ向かう。

 それを見たロベリオ達が当然のようにルークの後について行くのを見て、顔を見合わせたレイとティミーも慌ててその後を追った。




「あれ、ここって……」

 精霊の泉から少し離れた林の中にあった、少し広くなった場所でルーク達が立ち止まる。

 そこは、レイの記憶の中のとある場所にとても似ていた。

「ここで何をするんですか?」

 全く分かっていないティミーの言葉に、振り返ったルークがにんまりと笑う。

 そして、ルークと若竜三人組は揃って剣帯を外し竜騎士の制服である上着を脱いだのだ。それを見てレイの目が輝く。

「ねえ、もしかしてここを走るんですか!」

 驚くティミーに気付かず、レイも嬉々として剣帯を外して上着を脱ぐ。

「そうだよ。じゃあ逆に尋ねるけど、レイルズならどう走る?」

 見回した林の中にあるこの場所は、以前マーク達と来た時には気付かなかった場所だが、明らかに人の手が入っている。

 下草は綺麗に刈られているし、周りの細かい枝も多くは落とされている。

 そして適度に空間を開けて並ぶ大きな木と、その足元に散らばる踏石と思しき石。そして張り出した大きな太い枝。古い石の灯籠や、おそらく門柱だったと思われる苔生した石の柱も複数ある。



 これはギードとニコスが作ってくれた、あの蒼の森の林と似た構造になっているのだ。

 もちろん、あそこほどの難易度では無いので、レイなら初見でも余裕で走れるだろう。



「ここがスタートとゴール。つまり林の縁をぐるっと一周回って戻って来るんだよ。どうだ?」

 目を輝かせたレイが大きく頷く。

「やってみても良いですか!」

「おお、ものすごい食い付きっぷりだな。だけどお前が考えているのとはちょっと違うぞ」

 笑うルークの言葉に、レイは首を傾げる。

「ええ? それじゃあ、どうやって走るんですか? ああ、分かった。何か持って走るとか?」

「それは危ないからやめろ」

 真顔で即座に否定されてしまい、さらに考える。

「よく考えろよ。ティミーはどうやってシルフ達と遊ぶかって聞いてたんだぞ」

 思わず顔を見合わせるレイとティミー。



「もしかして……シルフ達に手伝ってもらう?」



 レイの言葉に、ルークがにんまりと笑う。

「そう、ここ以外にも、今、本部の敷地内に幾つか訓練場所を建築中だ。要するに、いかにシルフやウィンディーネ達としっかり連携を取りながら動けるかの訓練って事だ」

 揃って目を見開くレイとティミーを見て、ルークが林を指差す。

「特に、ティミーには良い訓練になると思うな。まずは難しく考えずに、シルフ達に手伝ってもらって木に登って降りるところからやってごらん」

 笑ったルークの言葉にティミーは言葉も無い。

「僕、木に登った事なんてありません」

「だからこそだよ。ほら、言うよりやってみてごらん。俺達やノームがちゃんと守ってるから、もしも落ちても大丈夫よ」

「む、無理です!」

 怖がって首を振るティミーを見て、レイが笑って手をあげる。

「ねえ、要するに、シルフ達に補助のやり方を教えれば良いんですよね?」

 何やら思いついたらしいレイを見て、ルーク達が不思議そうにしつつも頷く。

「まあそうだな。何するつもりだ?」

 その言葉に、レイは満面の笑みで林を振り返った。



「要するに、一度見本を見せてやれば良いんですよね!」



 そう叫んだレイは、そのまま嬉々として林に向かって走って行く。

「おいちょっと待てって!」

 焦ったルークの言葉は、残念ながら走り始めたレイを止める事は出来なかった。




 駆け出したレイは、そのまま止まらずに思い切り地面を蹴って手前に張り出した枝を掴み、そのまま勢いよく枝の上に立ちポーズを取って見せた。太いその枝は、大柄なレイの体をしっかりと支えている。

「まずはこんな風に木の上へ乗せてね。上がったところで反動を消して止まらせないと、そのまま前に落っこちるから注意してね。それから枝の強度が足りない時は、折れないように枝を支えてあげてね」

 枝を指差してそう言うと、集まって来たシルフ達が一斉に頷く。

「次に、このまま枝を伝ってあの踏石まで走るよ」

 笑ってそう言うと、言葉の通りに丸くて滑りやすそうなその枝の上を軽々と走って別の枝に飛び移る。

「えっと、足元は常に気を付けて滑ったりしないようにしてあげてね。コツは反動を止めてやる事。それから滑りやすいのは、こんな風に木の表皮が剥がれて中がむき出しになっている部分だね。足を置く位置も気をつける事」

 レイの詳しい説明に、またシルフ達が一斉に頷く。

「細い枝を掴んで飛ぶ時は、掴んだ部分の補助と、下から落ちないように支えてあげるのも忘れないでね」

 そう言いながら軽々と別の木に助走も無しに飛び移るレイに、見上げた一同は驚きすぎて言葉も無い。

「それから、足元にある石はこんな風にして使うんだよ。跳ぶルートが決まっている時は、飛び上がるのを支えて補助してあげてね」

 枝を掴んで大きく反動をつけて飛び降りたレイは、勢いはそのままに置かれていたゴツゴツとした大きな石を蹴って側にあった古い石の灯籠に飛び上がった。

「こういう、陽の光の当たらない場所は苔が生えている事が多いから、うっかり踏むと滑るんだよね。それも気を付けて止めてあげてね。ほらこんな風に滑るんだよ」

 片足で、苔むした部分を軽く踏んで見せると、その苔ごと足が滑る。

 もちろん滑ったのは片足だけなので、レイは平然としてる。



「後は、こっちへ飛んだら元に戻れるね」

 当たり前のようにそう言い、石の灯籠から壊れた門の石柱の上に飛び移る。

 そこからさらに横にある大きな木に飛び移って木の股を通り抜けて反対側に飛び降り、そのまま踏石を蹴って張り出した別の枝を飛び越えてルークの目の前に飛び降りた。

「到着〜〜〜! 簡単だから、これなら初心者でも走れると思うね。僕はもうちょっと複雑な方が良いけど、そんなのも出来るのかな?」

 嬉々としてそんな事を言うレイの言葉に、呆れたようにルークがしゃがみ込む。

「お前は除外だ! 全く、そんな簡単に走るんじゃねえよ。ここを設計してくれた工兵達の立場が無いだろうが!」

 ルークの叫び声に、若竜三人組が揃って吹き出し、遅れてレイとティミーも吹き出して、その場で大笑いになるのだった。


『もう分かったよ』

『分かった分かった』

『ほら走ってみて』

『助ける助ける』


 大はしゃぎするシルフ達を見て、ロベリオとユージンが手を挙げる。

「じゃあまずは俺達が走ってみるから、助けてくれるか」

 一斉に頷くシルフ達を見て頷き合ったロベリオとユージンは、レイが先ほど駆け上がった枝に向かって揃って駆け出して行ったのだった。

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