夜会の後
「えっと、もう今夜はこれで解散ですか?」
普段、これだけ大掛かりな夜会なら、そのまま懇親会に移動するのだが、今夜はどうなんだろう。
よく分からなくて、竪琴を抱えたままシャーロット夫人に尋ねる。
「そうね。倶楽部によってはそのまま別に集まって飲んだりするところもあるみたいだけれど、残念だけど竪琴の会はひとまずこれで解散よ。レイルズ様は他の倶楽部には属しておられないから、もうこのまま解散になるわね」
「分かりました。じゃあ少し人が少なくなったら戻らせてもらいます」
会場はまだ大勢の人達で溢れていて、お互いの演奏を讃えあい、あちこちで賑やかな話し声や笑い声が聞こえる。レイも周りの人達と挨拶をしていたら不意に後ろから背中を叩かれた。
「うわあ、ルーク。もう驚かさないでよ。お疲れ様です。えっと、質問なんですけどもうこのまま本部へ戻っても良いんですか?」
驚きのあまり飛び上がって振り返ると、笑ったルークがいたので、レイは立ち上がってルークに質問した。
こういった集まりは初めてなので、この後どうしたら良いのかよくわからないのだ。
「竪琴の会は、もうこのまま解散ですか?」
笑ったルークが、舞台から戻ってきたボレアス少佐に尋ねる。
「そうですね。私とマシュー大尉はこのまま別室での友人達と懇親会という名の飲み会に参加します。他の皆様はもうこのままお戻りになられますね」
確かに、車椅子のウィスカーさんとシャーロット夫人は、このままご一緒に戻られるだろうし、サモエラ夫人やリッティ夫人は、どうやらハーモニーの輪の友人達とこの後にお茶会があるのだそうだ。
「そうなんですね。じゃあ一緒においで。鈴虫の会の飲み会に、ハンマーダルシマー組もいつも混ぜてもらうんだよ」
「はい、行きます!」
「おお、良い反応だ。じゃあ、控え室にラスティが来てくれているから、竪琴を預けてすぐ隣のハンマーダルシマーの会の控え室へ来てくれるか」
「分かりました。じゃあ竪琴を片付けて来ます」
もう一度笑顔で元気に返事をしたレイは、手をあげて下がるルークを見送ってから竪琴の会の人達と改めて挨拶を交わし、そのまま最初に使った控室へ向かった。
「気さくに話しかけてくださると言うのは本当でしたね」
「孫の若い頃を見ているようでしたわ」
周りにいた何人かの年配の女性達が、レイの後ろ姿を見送りながら楽しそうにそんな事を言いながら笑い合っている。
シャーロット夫人のような年配の女性達のレイを見る目は、もうすっかり孫を見る祖母の視線だ。そしてサモエラ夫人やリッティ夫人達をはじめとする中年のご婦人方。こちらはもう完全に母親目線だ。
最初は見ているこっちが緊張するくらいに全ての事に不慣れで未熟な少年だったのに、見るたびにどんどん立ち居振る舞いは洗練されていき、ちょっとした会話やダンスもこなせるようになり、最近ではもう、どこに出しても恥ずかしくないくらいの凛々しくも立派な若者になっている。
まさに、健やかに育つ伸び盛りの若者特有の美しい命の輝きを放っている。そして彼自身の無邪気とも取れる程の素直な性格。
これを、間近で見て愛しいと思わない人は恐らく少数だろう。
おかげでレイは、彼の預かり知らぬところで、多くの祖父母代理と父母代理を自称する保護者達を得ているのだった。
また、彼と同世代の若者達からは密かな憧れとちょっとした嫉妬心を。そして同世代の女性達からは絶大なる人気を博しているのだが、こちらも。あちこちから送られる意味ありげな秋波や嫉妬の視線にレイは全く気付いていなくて、毎回多くの人達を色々な意味で悔しがらせている。
当然、ニコスのシルフ達はそんな周りからの様々な視線に気付いているが、明らかに問題のありそうな行動時以外は、ある意味面白がって黙って見ているだけなのだ。
今はまだ、変な入れ知恵をしない方が良い事を彼女達はきちんと理解している。
ブルーのシルフは、そんな彼女達に時折何か言いたげではあるが、彼自身も未知の世界であるこれらの人々の様子を黙って眺めつつ、主な対応は彼女達に任せて、自分はせっせと知識の情報収集に努めているのだった。
「ああ、ラスティご苦労様。えっとね。ルークが鈴虫の会の人達の飲み会に、ハンマーダルシマーの会の人達と一緒に連れて行ってくれるんだって」
控え室に来てくれていたラスティを見つけて、レイは笑顔で駆け寄る。
「はい、ルーク様からお伺いしております。どうぞ楽しんできてください」
受け取った竪琴をケースにしまいながら笑顔で頷く。
「はい、じゃあ行ってきますね」
「あまり飲みすぎませんように」
かけられたその言葉に、ラスティを見たレイは笑いながら肩を竦めた。
「はい、酔いつぶされないように頑張って飲みます」
「レイルズ様、そこは頑張ってはいけませんよ。頑張るなら断らないと」
ラスティに呆れたようにそう言われて、顔を見合わせて二人同時に吹き出したのだった。
「あはは、そうだね。じゃあ頑張って勧められたらちょっとだけ頂いて逃げるようにします」
戯けてそう言うレイに、腕を組んだラスティはうんうんと頷いた。
「はい、そうしてください。ですがもしも酔っ払って戻って来られたとしても、私が手取り足取り全部お世話をして差し上げますから、どうぞ安心して遠慮なく酔っ払ってきてください」
「ええ、今、飲みすぎるなって言ったのに!」
もう一度吹き出したレイは、ラスティを横から抱きしめた。
「いつもありがとうね。じゃあ、あまりお世話をかけない程度に酔っ払って来る事にします」
真面目にそう言うと、もう一度ギュっと抱きついたレイは、少し照れたみたいに笑って手を離してそのまま部屋を駆け出して行ってしまった。
驚きのあまり無言でその後ろ姿を見送ったラスティは、その場に声もなくしゃがみ込んだ。
「い、今のはちょっと不意打ちでしたね。全くあのお方は……」
嬉しそうに小さく笑ってそう呟くと、一度大きく深呼吸をして立ち上がり、二台の竪琴を専用の台車に乗せて、部屋付きの執事に軽く一礼してから、裏の廊下を使って本部へ戻って行ったのだった。
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