様々な思惑

「ああ、来たな。それじゃあ行きましょうか」

 レイが隣の部屋をノックすると、ルークが出てきて部屋を振り返った。

「はい、では参りましょうか」

 ルークの言葉に、ハンマーダルシマーのメンバー達が立ち上がる。

「よろしくお願いします」

 レイの言葉に、ハンマーダルシマーの会のウイングさんが笑顔でレイの腕を軽く叩いた。

「素晴らしい演奏でしたね。見る度に腕を上げておられる。あの見事な竪琴もふさわしい弾き手を得て喜んでいることでしょうね」

「そうだと良いですけど」

 照れたように笑うレイに、皆も笑顔になる。

「お前が飲み会に来るって聞いて、父上だけじゃなくてゲルハルト公爵を始め何人もの人達が、お前に新しいワインを勧めるんだって張り切ってたぞ」

 からかうようなルークの言葉に、レイは歩きながら顔を覆った。

「僕、大丈夫かなあ。ねえルーク、飲み過ぎそうになったらお願いだから止めてくださいね」

「ええ、そこは自己管理しろよ」

 前回のレイルズの可愛らしい酔っ払いっぷりは、実はあちこちで密かな噂になっていて、見逃した方々がそんな酔い方は聞いた事が無いと言い、見た人達はほぼ全員が、あれは可愛かった。まさかあんな可愛い酔っ払いがいるとは。などとと口を揃えて言うものだから、それは是非とも酔わせて噂を確かめようと、密かに彼を酔いつぶそうと画策している人は両手でも足りないくらいにいるのだ。

 通常の社交やダンスを目的とした夜会と違い、今夜の会は倶楽部の部員同士の交流を目的としているので、煙草やワインなどは通常よりも種類も数も多く用意されている。もちろんお酒のつまみも多数用意されている。

 当然何も知らないレイは、用意されているつまみの種類がいつもよりも多いのだとルークから聞いて、それを密かに楽しみにしている。



 ルークはそんな周りの思惑を知った上で、素知らぬ顔で彼を連れてきたのだ。



 レイルズに、もっと多くの普段はあまり関係しない人達との接する機会を作ってやり、様々な人達の体験談や彼の知らない話を聞かせてやろうとしているのが一つ。

 そしてもう一つ、彼にもっと失敗を経験させてやろうとする意図もある。

 今夜は通常の夜会よりも遊びの意味合いが強い集いなので、仮に酷く酔い潰れたとしてもそれほど悪く言われる事は無い。

 なので、ここならば誰かに酔い潰されても問題無いとの判断からだ。

 当然マイリー達もルークのそんな思惑を全て承知した上で、素知らぬ顔で様子を見ているのだ。



 連れてこられた部屋は、以前来たことがあるかなり広い部屋で、鈴虫の会の方々とそれ以外にも何人もの人達があちこちでワイングラスを片手に談笑している。

「ああ来たね。ほらこっちへ来なさい」

 部屋に入ってきたレイ達に気付いて、笑顔のディレント公爵が手を挙げる。

 その周りには、年配の方々が何人も笑顔で手を振っている。

「あれあれ、聞いていたよりも人数がかなり多いんですけど、俺の気のせいでしょうかねえ?」

「気のせいではないか?」

「ですよねえ。エントの会の方々やアウロスの囀りの会の方々がいるのも気のせいですか」

「気のせいだろうな。其方もう酔っ払っておるのか?」

 にんまりと笑ったディレント公爵の言葉に、ルークはわざとらしく笑って一礼した。

「そうかもしれませんね。では気にしない事にします」

「懸命な判断だな」

 顔を見合わせて揃って頷き合うその仕草はそっくりで、レイは密かに面白がって眺めていたのだった。



「ほら飲みなさい。其方の好きな貴腐ワインだ」

 笑顔で差し出されたそれをレイも笑顔でお礼を言って受け取り、銘柄を聞いてそれほど酒精の強いもので無い事を確認してから、ゆっくりと香りを楽しんでから口に含んだ。

「美味しいです」

「去年のワインは、どこもかなりの良い出来だったからな。さて、今年の新酒が今から楽しみだな」

「えっと、秋なんですよね。ワインの新酒の樽が開けられるのって」

 二杯めのワインを頂きながら、レイはグラントリーから習った事を思い出しながらそう尋ねる。

「ああ、そうだ。今は来年の仕込みのためのワイン用のブドウがそろそろ実り始めておる頃であろう」

 ディレント公爵の言葉に、レイは頷いて口に含んだワインを飲み干した。

「果実としてのブドウなら、八の月から十の月辺りまでが収穫期だと思いますね。ワイン用も同じなんでしょうか?」

 果樹は蒼の森では育てた事は無いが、ニコスから街での果物の買い物の際などに、収穫時期については教えてもらっている。

「ワイン用のブドウは、もう少し遅いね。私のワイナリーでは九の月の下旬から十の月にかけて一気に収穫するね」

 ディレント公爵の隣に立っていた白髪の男性が、笑ってグラスのワインを見ながら教えてくれる。

「ワイナリーをお持ちなんですか?」

 ワイナリーとは、文字通りワインを作るための醸造所で、ワインのラベルにはどこの醸造所で作られたワインなのかや、作られた時期などが明記されている。

「はい、残念ながら私の醸造所では貴腐ワインは作っておりませんがね。通常のワインの場合は、収穫と同時にワインの仕込みをしますから、それはもう大変な作業なんですよ」

 ハップル伯爵と名乗ったその方は、大河リオ川から分かれたもう一つのリグラス川沿いに大きな葡萄畑を幾つも所有していて、オルダムにも様々なワインを商人達を通じて沢山出荷しているのだと教えてくれた。

 若い頃には自分も父上に言われて葡萄畑へ出て農夫達と一緒になって働かされた事や、ワインの仕込み作業で唯一楽しいブドウを潰す作業の話を聞き、そこからレイは、季節に応じた葡萄畑での作業についても少し教えてもらい、密かにエケドラにいるテシオスとバルドの事を思っていた。

 次々に勧められるワインを半ば無意識で頂きつつ、伯爵の話を夢中になって聞いていたレイは、すでに自分がどれくらいのワインを飲んでいるのか全く把握出来ていない状況になっていたのだった。



 ルークとディレント公爵は、そんなレイを横目で見つつ素知らぬ顔で、集まってくる他の人達と、どのワインが美味しいとか、つまみはどれが良いなどと好き勝手に話してワインを楽しんでいたのだった。

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