歌う事とそれぞれの声

 予定外だった追加の演奏を終えて、大きな拍手と歓声に送られて竪琴の会の人達が順番に舞台から下がる。

 レイも会場に深々と一礼してから竪琴を抱えて下がった。

 大型のグランドハープは、最後にもまた使用するので舞台の隅にそのまま置かれている。

 舞台では、鈴虫の会のヴィオラの見事な合奏が始まる。

 レイは竪琴を抱えたまま舞台袖で、その見事な演奏にうっとりと聴き惚れていたのだった。

「皆、すごいなあ。僕ももっと頑張らないと」

 演奏が終わったところで肩を叩かれて我に返り、担当の執事に持っていた竪琴を預けて会場へ戻って行った。

 そのまま待っていてくれた竪琴の会の人達と一緒に、ティア妃殿下の元へ挨拶に行く。

「急な我儘を聞いてくれて感謝します。本当に素晴らしい演奏でしたね」

 満面の笑みのティア妃殿下にそう言われて、レイ達は揃って深々と一礼したのだった。



 ティア妃殿下の元から下がった後は、来てくれたミレー夫人やルーク達と一緒に、のんびりとワインを頂きながら様々な演奏や歌、そして古典舞踊などを楽しんで過ごした。

 ルークは、レイが演奏をしている間にミレー夫人から、先程のリーゼン夫人とのやりとりや、レイの教育への忠告を頂いていたのだが、ここでは特にレイには何も言わず、ミレー夫人も知らん顔でおすすめのワインをレイに楽しそうに教えたり、今舞台で演奏されている曲の謂れや作曲した人について話して聞かせたりしていた。

 さすがにそういった音楽や芸術に造詣が深いミレー夫人の解説に、レイは目を輝かせて夢中になって聞いていた。

 思わぬところで現れたレイの苦手分野を担当してくれそうな良き先生に、ルークも苦笑いしつつ隣で一緒になって聞いていたのだった。



 エントの会とハーモニーの輪の合同合唱では、以前レイも歌った事がある、この花を君へ、が歌われ、見事な歌声を響かせていた。


「この花を君へ」

「想いを込めて、今、届けよう」

「想いを込めて、今、届けよう」


 最後はこれも会場の人たちも参加しての大合唱となり、レイも嬉しくなってワインを片手に一緒に歌ったのだった。



「しかし、相変わらず見事な歌声だったな」

 ルークが一旦下がっていくエントの会の人達を見ながら悔しそうに呟いている。

「ねえ、そう言えば竜騎士隊の人達って、合唱の倶楽部には誰も入っていないんだね。僕、マイリーの歌声が大好きなんだけどなあ」

「ああ、マイリーは本当に良い声をしてるよな」

 ルークが同意するように頷く。

「俺達竜騎士は、様々な場面で歌を奉納する役目を担っているからね。なんとなく歌う事は仕事の延長みたいな気がするんじゃないか?」

「でも楽器の演奏だって、お仕事でするよ?」

 無邪気なレイの質問に、改めて聞かれてルークも考え込む。

「改めて聞かれたら確かにそうだなあ。だけど、アルジェント卿だってエントの会に参加したのは、竜騎士を引退してからだったものなあ」

 顎に手をやって考えるルークを見て、レイも不思議そうに首を傾げる。



「引退なさった後にアルジェント卿から聞いた話だが。歌は個人で楽しむよりも大勢で合唱した方が楽しいからだと仰っていたな」

 背後から聞こえたマイリーの声に、レイは慌てて振り返る。

「楽器の演奏は一人でも出来るけれど、鼻歌程度ならまだしも、一人で歌う機会なんてそうは無かろう。誰かと歌う方が楽しいし、歌には伴奏だって必要だ。俺達は仕事の範疇だから普段から練習もするし伴奏も手配出来るが、一人で歌を歌う為だけにわざわざ伴奏を手配するのも大変だろうさ。それに、ずっと歌っていたのに急に歌わなくなって寂しかったらしい。だから合唱の倶楽部に入ったんだって仰っておられたな」

 マイリーの言葉に、納得したレイは笑顔で頷く。

「そうなんですね。でも僕はまだ人前で一人で歌うのはちょっと恥ずかしいです」

「あらあら、レイルズ様の歌声もとても素晴らしいですわよ。若者特有のあの声は、まさに今しか出ないのですから、恥ずかしがったりなさる必要はありませんよ」

 ミレー夫人に笑ってそう言われてしまい、慌てたように首を振るレイだった。

「だって、去年の中庭のツリーをマーク達と一緒に見に行った時、マイリーとルークとタドラが歌を担当していたんだけど、すっごくすっごく素敵な歌声だったんです。僕の声はほら、声変わりしてもまだちょっと子供みたいに高いままだから、実を言うとマイリーやカウリみたいな低い声って憧れなんです」

「なんだなんだ、嬉しい事を言ってくれるじゃないか」

 マイリーのからかうようなその言葉に、レイは真っ赤になって慌ててルークの後ろに隠れた。

「でかい図体して、全然隠れられていないから諦めろ」

 呆れたようにルークにそう言われてしまい、誤魔化すように笑って小さく舌を出した。



「ほら、そろそろ最後の合同演奏の準備だぞ」

 マイリーの言葉にレイとルークも揃って頷き、ミレー夫人に見送られて準備の為に控室へ向かった。

 その頃舞台では、二十代の女性達の合唱倶楽部の一つである金糸雀カナリアの会の女性達が、こちらも見事に揃った高音の歌声を響かせていた。

 金糸雀の会も、合唱の倶楽部の中では相当上手な歌い手が揃っていて、三十代になるとそのままハーモニーの輪に移動する人も多い。

 特に、高音部の見事さはハーモニーの輪をも凌駕すると言われているほどなのだ。

「綺麗な声だね」

 残念ながら近くで聞く事は出来なかったが、漏れ聞こえるその見事な歌声に廊下を歩くレイが嬉しそうにそう呟き、それを聞いたマイリーが小さく笑う。

「高い声っていうのは、ああいう声を言うんだよ。お前の声だってしっかりした男性の声だから安心しなさい。まあ年齢を重ねればそれなりに声は低くなってくるから、心配しなくていいよ」

「そうだと良いけどなあ」

 眉を寄せて口を尖らせるレイを見て、マイリーは堪えきれずに小さく吹き出したのだった。

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