追加の演奏
「素晴らしかったわ」
「最後まで堂々と見事に弾きこなしましたね」
左右からリッティ夫人とサモエラ夫人が優しい声でそう言って、労うようにレイの腕や背中を撫でてくれる。
これ以上無い笑顔で大きく頷いたレイは、改めて胸を張って顔を上げた。
以前失敗した曲を見事に弾き切った事で、レイにとってこの舞台は大きな自信となった。
見事な竪琴の合奏を終えた奏者達に、会場からは惜しみない大きな拍手が贈られたのだった。
無事に演奏を終えて安堵のため息を小さく吐いたレイが立ち上がろうとしたその時、ごく近くで音合わせをする優しいヴィオラの音が聞こえてきて驚いて振り返った。
そこには、次の演奏をするはずのヴィオラの倶楽部である鈴虫の会の人達が、揃って舞台に上がって来ているところだった。
レイのすぐ後ろには、マイリーとヴィゴが立っているし、その横にはロベリオとユージンの姿も見える。さらにその奥にはディレント公爵閣下の姿も見える。
このまま竪琴の会の人達は下がるのだと思っていたけれど、どうやら違うみたいだ。
「ティア妃殿下から聞きたいとのご要望があったのだとか。それで急遽合同で演奏するの事になったのだそうですわ。曲は、お星さま聞いてよね。ご存知ですわね?」
リッティ夫人が小さな声で教えてくれる。
この夜会にはティア妃殿下とカナシア様もお越しになっておられる。ただし、今日のお二人は演奏には参加しない観客としてのご参加となっている。倶楽部には、皇族の方は参加していないからだ。
ティア妃殿下らしい可愛らしい選曲に笑顔で頷いたレイは、顔を上げて胸を張った。
主に子供の童謡として歌われるそれは、略して、お星さま、とも呼ばれる誰もが知る歌だ。
夜空に光る星に今日の楽しかった出来事を話す女の子の歌で、可愛らしい歌詞とともに、その軽快な曲は楽器を習う者達が最初に習う練習曲としても有名なのだ。
もちろんレイも、ゴドの村にいた頃に母さんと一緒に何度も一緒に歌った覚えがある。
しかし、常に正しい楽譜がある貴族達と違い、市井の人々の間では口伝で伝えられるその歌詞は、大いに変わっていくため地域によって歌詞に違いがあることでも有名なのだ。
ちなみに、各地には男の子用の替え歌の歌詞もある。
レイが歌っていたのは当然男の子用の替え歌の方で、彼はここに来るまで元の歌詞を知らず、自分が歌っていたその歌詞が替え歌だなんて思いもしなかったのだ。
逆に、レイの歌の先生である城の楽団員のラルフ先生は、彼が休憩時間にカウリと一緒に戯れに歌ったその歌詞を聞いて大いに驚き、大喜びで二人に知る限りの全部の歌詞を歌わせて文字に書き起こした程だった。
ふと、その母さんと歌った替え歌を思い出して可笑しくなったレイは、吹き出しそうになったのを誤魔化すように小さく咳払いをして、改めて竪琴を構え直した。
きっと母さんなら正しい歌詞を知っていただろうに、レイが年上のバフィーから聞いて覚えたその歌を、笑って一緒に歌ってくれたのだ。その時の母さんの楽しそうな笑顔は今でもとてもよく覚えている。
不意にこぼれたその優しい笑みに、また密かなため息があちこちから聞こえたのだが、残念ながらレイは母との懐かしい思い出に耽っていた為に、その自分に向けられた意味深な視線やため息に気付く事はなかった。
気付けば広かった舞台いっぱいに楽器を構えた人達が並んでいた。
コントラバスを演奏するのはヴィゴだけらしく、セロを構えておられる方が数名おられて、彼らはグランドハープの周りに用意された椅子に座ってそれぞれの大きな楽器を構えていた。
車椅子のウィスカーさんの合図で、まずはヴィオラの人達が演奏を始めた。
弾き始めの部分は、いつものように弓で弾くのではなく指先で直接弦を弾く技法だ。それに続いて、同じく竪琴も軽く爪弾くようにして弾き始める。
そこから一気に賑やかになり、転がるような音が上下して音の乱舞が続く。
竪琴とセロとコントラバスは伴奏部分を担当し、何人かのヴィオラの奏者達が主旋律を奏でた。
「あのねあのねのお星様」
「今日の出来事聞いてくださる?」
「お外に出ると楽しい事がいっぱいあるの」
「お花がいっぱい咲いててね」
「てんとう虫さん見つけたの」
「まんまる背中にお星が七つ」
「どこから飛ぼうかあっちへこっち」
「葉っぱの間を迷っていたの」
「だから私が教えてあげた」
「一番高いの私の指よ」
軽快な演奏に合わせて会場からは自然と手拍子が起こり皆が笑顔で歌い始める。
「あのねあのねのお星様」
「さっきの出来事聞いてくださる?」
「お家の中でも素敵な事がいっぱいあるの」
「ふわふわまあるいパンケーキ」
「キリルシュガーはとっても綺麗」
「真っ赤なキリルにクリーム付けて」
「どこから食べようあっちへこっち」
「ジュースも飲みたい迷ってしまう」
「だから私が教えてあげた」
「全部食べれば大丈夫!」
「全部食べれば大丈夫!」
最後は全員での合唱となり、演奏が終わった途端に笑いと拍手が起こったのだった。
思わぬ追加の楽しい演奏に、レイも満面の笑みで演奏を終えたのだった。
ブルーのシルフを始め、それぞれの竜の使いのシルフ達はあちこちの燭台や自分の主の楽器などに座り、素敵な演奏にうっとりと目を細めて聴き入っていたのだった。
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