竪琴の会の方々との合奏

「ご準備は出来ましたでしょうか。そろそろ時間でございます」

 ノックの音と共に聞こえた執事の言葉に、応えたボレアス少佐が立ち上がる。

「ああ、では楽器の運搬をお願いします」



 今日は、彼と第四部隊のマシュー大尉が一番大きなグランドハープを演奏するので、まずはその二台の大きなグランドハープを運ばなくてはならない。

 専用の駒がついた台に乗せられた大きなグランドハープが、楽器の運搬専門の担当者達によって運ばれて行くのをレイは驚いて見送った。

「グランドハープは、移動させるだけでも大変ですからね。ですが音の広がりは他とは違います。とても良い音がしましたでしょう?」

 白髪のシャーロット夫人の言葉に、レイは笑顔で頷く。

 あのグランドハープは、初めて竪琴の会の見学に連れて行ってもらった時に弾かせてもらった大きなハープだ。それには、半音を上げたり下げたりする事が出来る足で踏むペダルがついていて、レイ達が弾いている大きさの竪琴よりも奏でる事が出来る音域が広い。

「僕、こんなに大勢の方と竪琴の演奏するのは初めてなので、すごく楽しみです」

「私も楽しみですよ」

 レイの無邪気な言葉に、車椅子に座ったウィスカーさんが笑顔でそう言ってくれる。

 シャーロット夫人といつもご夫婦で練習に参加しておられるとても穏やかな笑顔の紳士で、レイも大好きになった方だ。

 今日は竪琴の会の見学の時には来ておられなかったハーケン子爵夫人のリッティ夫人と、ヴィーン男爵夫人のサモエラ夫人も参加している。

 お二人とも竪琴の名手で、夜会で何度か即興で演奏をご一緒させてもらった事がある。

「では参りましょう」

 ボレアス少佐の言葉に、頷いた一同がそれぞれの楽器を手に立ち上がって後に続いた。

 最後に、車椅子のウィスカーさんが、執事に車椅子を押してもらってついて来るのを見て、レイは安心して前を向いた。



 舞台裏でしばらく待った後、先に運ばれてきていたグランドハープが舞台に運ばれるのを見てから順番に舞台に上がる。

 椅子が用意されていて、それぞれ先に決めてあった席に座る。

 レイは真ん中右側で、その後ろにボレアス少佐がグランドハープを抱えて座っている。

 レイの左右にリッティ夫人とサモエラ夫人が並び、リッティ夫人の横にリオネル大佐が座る。サモエラ夫人の横にはシャーロット夫人と車椅子のウィスカーさんが並んで座っている。

 そして、お二人の後ろにもう一台のグランドハープを抱えたマシュー大尉が座った。

 ウィスカーさんの合図で全員がそれぞれの竪琴を構える。

 彼は今日は二台の竪琴を曲に合わせて弾き分けるのだ。

 一曲目はレイ達と同じくらいの大きさの竪琴だが、二曲目で使うのは高音を担当する普段はあまり使われない小さめの弦の数も少ない竪琴だ。

 そのもう一台の小さめの竪琴は、今は車椅子の横に用意された台の上に置かれている。



 拍手が静かになったところで、ウィスカーさんの合図で前列のレイ達が弾き始める。

 それを追うようにして、二台のグランドハープも演奏を始める。

 曲は、さざなみの調べ。

 竪琴特有の流れるような音の上下が続く。弾き手の技量が問われる曲だが、全員が見事な演奏を披露していた。

 一台だけの演奏と違って、それぞれの竪琴が奏でる音の違いがまさに様々な波の様子を表現しているかのようで、レイは自分も弾きながらも、その見事な音の重なりと広がりに圧倒されていたのだった。

 穏やかな水面と荒れ狂う嵐の夜の水面。様々な場面を表すその音の繋がりに、あちこちから感心したようなため息や囁きが聞こえて、レイの演奏にも力が入る。

 なんだか嬉しくなって笑顔がこぼれ、その優しい笑顔にあちこちから先ほどとは違うため息が聞こえたのだった。

 竪琴の周りに集まってきたシルフ達も、うっとりとその見事な演奏に耳を傾けている。

 普段よりも長く感じた演奏が終わると同時に、大きな拍手が沸き起こった。



 一旦立ち上がって揃って一礼する。

 そのままもう一度座り直してもう一曲の演奏を始めた。

 二曲目は、祝福の花束を捧ぐ。

 以前、演奏中に弦が切れて恥ずかしい思いをした曲だ。

 正直言ってこれを演奏するのは怖かったのだけれども、逆に自分一人ではない事が安心の理由にもなっていた。

 レイの左右に座ったリッティ夫人とサモエラ夫人が、演奏が始まる前にそっと手を伸ばしてレイの背中を撫でてくれた。

 まるで彼の不安が分かっているかのようなその仕草にレイは笑顔で頷き、俯きかけていた顔をしっかりと上げたのだった。

 そうだ。一人で演奏するのでは無く、ここにいる皆との合奏なのだ。

 もしも誰かが失敗しても、他の人達が庇ってくれるだろう。自分もそんなふうに誰かを助けられるようにしっかりと演奏しなくてはいけない。

 小さく深呼吸を一つして、ウィスカーさんの合図を見て演奏を始めた。



 前半の爪弾くような転がる音の時には、ウィスカーさんがもう一台の小さな竪琴を奏でている。

 本当に転がるような可愛らしい音にレイも笑顔になる。

 もう怖くは無かった。

 笑顔だけれど、内心では必死になって竪琴をかき鳴らす。新しく張り直したミスリルの弦は、見事な音を響かせている。

 後ろから聞こえてくるグランドハープの音に合わせて、レイはもう夢中になって演奏を続けた。

 気がつけば、あの弦が切れた箇所を過ぎ、もう演奏は終盤に差し掛かっていた。

 最後の音の上下を見事に弾き終え、小さく安堵のため息を吐く。

 大きな拍手に笑顔で応えて、そのまま舞台から下がった。

「お見事でしたね」

 笑顔のシャーロット夫人にそう言われて、レイは満面の笑みで大きく頷いたのだった。

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