新しい房飾りと婦人会での一幕

「それでは失礼します。ありがとうございました」

 笑顔でそう言って挨拶を済ませたレイは、迎えに来てくれたラスティと一緒に本部へ戻った。

 この後は婦人会の夜会があるので、その前に夕食を食べておかなくてはいけない。夜会では軽食やお菓子程度しか出ないからだ。

 そのまま食堂へ向かいいつものようにしっかり食べ、カナエ草のお薬も飲んでから部屋に戻って改めて身支度を整えた。



「あれ、房飾りが……」

 いつものように、最後に外してあったミスリルの剣を装着しようとした時、金具の下につけている房飾りが指に当たったのだが、何だかいつもと手触りが違う気がして不思議に思い剣を装着せずに持ち上げて覗き込んだ。

「ああ、房の糸が解れてグシャグシャになってるよ。うわあ、ねえラスティこれどうしたら良いですか?」

 どうやら何かの金具に引っ掛けたらしく、房飾りの房の先の部分の糸が、あちこちに引っ張られて丸くなって絡まりあい塊みたいになってしまっているのだ。

「どうなさいましたか? おや、これは大変ですね。ううん、恐らく何かに引っ掛けたのでしょうね。これは酷い」

 差し出された剣に付けてある房飾りを手にして見ながら、ラスティが困ったように小さく呟く。絡まった部分を手で解してみようとしたが、どうやら糸自体が傷んでしまっているらしく解れる様子が全く無い。

「どうしよう、せっかくタキスが作ってくれたのに」

 あの事件があった年の降誕祭にタキスからの贈り物の一つとして貰ったこれは、厄災を退けると言われるまじない紐の一種で、ずっと大切な剣を守ってくれていた大事な房飾りだ。レイにとってもこれはお気に入りの品でもある。

「装飾品などの小物担当のドワーフの職人がいますから、渡して直るかどうか聞いてみます。何とかなるようならそのまま直していただきますので、これは一旦外しますね」

 そう言って、小さな金具に通した房飾りを手早く引き抜いて外してくれた。



 房飾りの無くなった剣を見て、レイが寂しそうに小さなため息を吐く。

「気に入ってたのになあ。どうして引っ掛けた時にすぐに気がつかなかったんだろう」

 しょんぼりするその様子を見て、ラスティはレイの腕をそっと叩いて一旦下がった。

 そしてすぐに何か小さな包みを持って戻って来た。

 レイは、てっきり先ほど外した房飾りを何かの袋に入れたのだと思って気にしていなかったのだが、ラスティがその袋から取り出したものを見て目を輝かせた。

 そこにあったのは、新しい房飾りだったのだ。

 前回の房飾りは、白を基調にした厄除けの意味のある複数の色糸が混ざっていて明るい感じの色合いだったのだが、新しい房飾りは、まるでブルーの鱗とたてがみのような濃淡のある紺色の糸で房が作られていて、それを束ねる根本の部分と、剣に装着するための細い組み紐の部分が真っ白な糸で作られていたのだ。

「ええ、これどうしたの?」

 渡されたそれを見て、驚いたようにそう叫ぶ。

「昨日、蒼の森のご家族から届いた新しいシャツと一緒に荷物の中に入っていました。もう前回の房飾りをお作りしてから一年以上になるので、もしも汚れたり傷んだりしていたら取り替えてくださいとの言伝がありました。まるで傷むのが分かっておられたかのようですね」

「ありがとう。あとでタキスにお礼を言っておきます」

 嬉しそうに笑うレイに、ラスティも笑顔になる。

「では、これをお付けしますね」

 そう言って、レイが持ったままになっていた剣に新しい房飾りを取り付けてくれた。

「綺麗だね。ブルーの色だよ。これもタキスが作ってくれたんだって」

 嬉しそうにそう呟いて、現れたブルーのシルフに新しい房飾りを見せてやるのだった。




 ラスティに案内されてお城にある竜騎士隊専用の部屋へ向かう。

 そこにいたカウリと若竜三人組と合流して一緒に婦人会の夜会が開催される部屋へ向かった。

 今回の夜会も、話題は結婚を控えた若竜三人組と子供が出来た事を正式に報告したカウリだったので、レイは一通りの挨拶が済んだ後は、のんびりと顔見知りの夫人達とおしゃべりのお相手をしたり、新作のお菓子を好きなだけいただいたりしていた。

「まあまあ、相変わらずお菓子がお好きなのね」

 酸味のある新作のムースを食べていたところに、聞き覚えのある声がして慌てて振り返る。

 ミレー夫人とイプリー夫人が揃って笑顔でレイを見ていたのだ。

「この新しいムース、酸味があって美味しいです。口直しに良いですよ」

「甘いもの好きのレイルズ様がそうおっしゃるのなら、さぞ美味しいのでしょうね。私にもお一ついただけるかしら。でもその前に。ここ、付いていましてよ」

 笑ったミレー夫人が手を伸ばして、レイの口元に付いていたお菓子のクズを払ってやる

「子供みたいだ事」

 愛しげに笑ってそう言われて、全く気付いていなかったレイも笑顔でお礼を言った。その後は並んで一緒にレイのおすすめのお菓子を楽しんだ。




「聞きましてよ。フェリシア様とサスキア様の肩掛けに見事な刺繍をなさったのだとか」

 そう言われた瞬間、ちょうどリンゴのジュースを飲んでいたレイは噴き出しそうになり、こぼさないように慌てて飲み込んで盛大に咽せて咳き込んでいた。

「まあまあ、大丈夫ですか? 気をつけないと」

 笑いながらからかうようにそう言われて、慌てて口元を手拭き布で拭ったレイは小さなため息を吐いて首を振った。

「実を言うと、ブルーに教えてもらってやったんです。以前、カウリの奥様の肩掛けを作った時は、本当に初めてで小花の縁がガタガタになったんですけれど、マティルダ様やサマンサ様が手伝って刺してくださって、それは見事な花になったんです。今回もこっそりブルーに教えてもらって刺したので、それは僕の手柄じゃあないんです」

「あらあら、そうなんですか?」

 驚きに目を見開くミレー夫人とイプリー夫人に、レイはもう一度笑って頷いた。

「ですが、実際に刺したのはレイルズ様なのでしょう?」

 イプリー夫人の言葉にレイはもう一度頷く。

「はい、どこに刺すのか教えてもらいながら僕が刺しました」

 するとその答えを聞いた二人は、顔を見合わせて満足そうに笑って頷き合った。

「ならばそれは、やはりレイルズ様の手柄ですわ」

「そうですわね。誰しも最初は教えて貰って刺すのですから。それで形通りに刺せたのなら充分ですわ」

「ええ、でも……」

「実技、つまり自分で体を動かして行う事は、たとえ誰かにつきっきりで教えてもらったとしても、必ず先生と同じには出来上がらないでしょう?」

「ダンスしかり、武術や、剣術。騎竜に乗る事だってそうでしょう?」

 言われてみればその通りなので、素直に頷く。

「ならば刺繍も同じ事ですわ。レイルズ様の伴侶の竜である古竜ならば、その程度はご存知であっても当然なのでしょうね。ですがそれを貴方に教えたとしても実際に刺すのはレイルズ様な訳で、聞くところによると、最後の糸の始末まで完璧だったとか」

「お見事でしたね。また刺繍の機会があれば、是非とも腕を振るってくださいませ」

「えっと……」

 思わぬところで褒めてもらえて恥ずかしいやら照れるやら、どう反応して良いのか分からなくなって真っ赤になって狼狽えてしまうレイだった。

 そんな彼を見て、お二人だけでなく、周りで密かに聞き耳を立てていたご婦人方までが揃って笑顔になるのだった。



 そしてそんなレイを見て、ブルーのシルフとニコスのシルフ達も、揃って自分達の仕事に満足そうに頷き合って笑っていたのだった。

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