それぞれの出会い

「それでは戻らせていただきます。今日は本当にありがとうございました。一生の思い出になりました。どうか、これからも未熟な私達をお導きください」

 竜騎士達に跪くジャスミンとニーカの言葉に、アルス皇子が笑顔で頷く。

「立ってください。こちらこそ急な事を言ってすまなかったね。今後についてはフォーレイド神官やロッシェ神官が考えてくださるから、貴女達は何も心配しなくていい。だけど、もしも何か困った事があれば、いつでも遠慮なくシルフを飛ばしなさい、良いね」

「はい、ありがとうございます」

 改めて深々と頭を下げた二人にそっと笑いかけ、後ろで控えていた竜騎士隊付きの執事にめくばせをする。

 一礼した執事が、彼女達と共に部屋を出て行くまで、皆黙ってその小さな背中を見送った。

 残ったのは、ティミーだけだ。

「さて、我々はこの後は先約があるので、ここで一旦失礼させてもらうよ。ティミーは、今日のところはお母上と一緒に一旦屋敷に帰りなさい。明日以降については、後ほどロベリオから執事に連絡させるからね。しばらくは、色々と急な予定が入ったりして忙しくなると思うけれど、申し訳ないが、これは自分の務めだと思って頑張ってくれたまえ」

「かしこまりました。どうか、頑張りますのでよろしくご指導ください」

 真剣な顔でそう言ったティミーも、迎えにきてくれた執事のマーカスに連れられて部屋を出て行った。



 ティミーの姿が見えなくなるまで黙って見送り、マイリーが小さくため息を吐いた。

「しかし、まさかティミーがターコイズの主になるとはね」

「ターコイズの決心は、思わぬ形で報われる事になったね。それにしても、今回の竜の面会担当の兵士達には、また大変な思いをさせてしまうね」

 アルス皇子の言葉に、マイリーも苦笑いしつつ頷く。

 予定外だったターコイズを竜の面会に参加させる為に、急遽ロディナから連れて戻って来た事で第二竜舎では竜達の世話の担当者の変更も含めて、段取りが大きく変わり、色々決まるまで裏方はそれはそれは大騒ぎだったのだ。

 何とか担当変更が終わり、いよいよ竜の面会が始まるという矢先のこの出来事に、きっと前回以上の大騒ぎになっているだろう。今夜は担当者達は眠れぬ夜を過ごす事になると思われた。

「ああそうか、ターコイズが来る前に戻ったと思えば案外楽かもな」

 一人で納得するアルス皇子を面白そうに見ていたルークが、笑って頷く。

「まあ、うちの連中は皆優秀ですからね。そこは任せても良いかと思いますね」

「そうだね、ルークの言う通りだ。そこは信頼して任せるとしよう。では、ロベリオ、ユージン、しっかり指導してくれたまえ」

「了解しました」

 直立して敬礼する二人を満足気に見て、アルス皇子とルーク、マイリーとヴィゴとカウリは一旦城へ戻って行き、部屋には若竜三人組とレイだけが残される事になった。



「はあ、お疲れさん、いやあ、しかし人生何が起こるかなんて本当に分からないものだね」

 ソファーに転がりクッションを抱きしめて笑ったロベリオの言葉に、ユージンとタドラも笑ってうんうんと頷いている。

「でも、ターコイズも嬉しそうだったよ」

 あの時の事を思い出した笑顔のレイの言葉に三人が顔を上げる。

「それにしても、レイルズってすごいよな。考えてみたら、新しく竜の主になったカウリとジャスミンとティミー、この全ての出会いの場にレイルズは立ち合ってるんだぞ」

「ああ、確かに言われてみればそうだね。凄いよ」

「自分の時って、もう夢中で周りを見ている余裕なんて全然なかったけど、実際に出会う瞬間って横で見ていて分かるものなのか?」

 笑って興味津々で尋ねる三人に、レイは笑って頷く。

「言われてみればそうだね。えっとね、見てるとすごくよくわかるよ。恐らくだけど竜が主を見つけて出会いを認識した瞬間に、もの凄い数のシルフ達が一斉に呼んでもいないのに集まってくるんだよ。だけど、皆真剣な顔でその竜の主になる人を見つめるだけで、一切一言も話さないし、いつものように踊ったり手を叩いたりもしないんだ。それで、竜が大きな声で吠えて首を伸ばしてその本人の目の前まで顔を寄せるんだ。柵の奥から精一杯首を伸ばすんだよ」

 自分の腕を伸ばして、その時の場面を再現する。

「えっとね、カウリとジャスミンは、そのまま大きな竜の顔に抱きついてた。ティミーはしばらく呆然としてて、差し出された鼻先にそっと手を伸ばして触れたんだ。その瞬間にシルフ達が大騒ぎするんだ。『祝えよ祝えよ』『新たなる竜の主が現れた』って言ってね」

「へえ、そうなんだ」

「成る程ね。そんな風なんだ」

「ふうん、分かるものなんだね」

 感心したように三人が頷く。

「えっと、こうも言ってたね。『この出会いに祝福を』とか『愛しき竜に祝福を』って」

 その言葉に笑った三人が拍手をする。

 そこから、それぞれの竜との出会いの話になり、レイは目を輝かせて三人の出会いとその後を聞きたがった。



「えっと、タドラとロベリオは以前、少しだけ聞いたよね。出会った時にどんなふうに見えたかって」

「俺の時は、体が急に震え始めて立っていられなくなったんだ。何が起こったかさっぱり分からなかったからね。その後、確かにアーテルに抱きついた記憶があるね」

 ロベリオが、初めて自分の竜と出会った時の事を話してくれた。

「そもそも俺達同時に出会ったみたいに思われてるけど、実際には面会に行った日は違うんだよ」

「ええ、そうなんですか?」

 面会も一緒に行ったのだと思っていたレイは驚いてユージンを振り返る。

「確かロベリオが最終日で、俺は三日目だったね」

「そうそう。それでどっちが先輩だって話で、後から大いに盛り上がったよな」

「先に出会った方が先輩なら、俺が先輩だけど、ロベリオの竜であるオニキスの方が、僕の竜であるマリーよりも同じ若竜だけど少し年上らしいんだよね」

「だから、竜の年齢なら俺が先輩だ! ってね」

「確かに、それで何回喧嘩したか」

「先輩って呼べ!」

「絶対嫌! そっちこそ先輩って呼べ!」

「絶対嫌だ〜! ってね」

 顔を見合わせて大笑いしている二人を、レイとタドラは羨ましそうに見つめていた。

「ティミーも一人っ子だったから、兄弟喧嘩に憧れてたって言ってたものね。レイルズと喧嘩出来るかな?」

「兄弟喧嘩って僕も憧れてました。どうだろう、ティミーと喧嘩出来るかな?」

 大真面目に悩むレイを、若竜三人組は笑って見つめていたのだった。




「えっと、ユージンは出会いの時ってどんな風だったんですか?」

 無理矢理話を戻したレイに、ユージンも笑って乗ってくれる。

「俺の時は、突然耳鳴りみたいな大きな音が聞こえて来たんだよね。いきなり何が起こったか分からなくて、どこかで何かが鳴ってるんだと思って慌てて周りを見回したんだ。だけど皆平然としてるし、案内役の兵士は、どうしたんですか?って感じで驚いてるだけだし」

「へえ、それでどうなったんですか?」

「そうしたらいきなり目の前にシルフ達が現れたんだ。それまでは当然だけど精霊魔法なんて自分とは関係の無いものだって思ってたから、そりゃあ驚いたよ。そのままその場に力が抜けて座り込んだ。確か。耳鳴りは鳴ってるし、力は入らないし、あの時はもう本気で自分が何か病気になったと思ったよ。その後、突然無音になったんだ。驚いて顔を上げるとマリーがこっちを見ているのと目が合って、確かに俺も抱きついた気がする」

「僕の時は、ベリルの顔が一気に目の前まで迫ってくるみたいに、ベリルしか見えなくなったっけ。その後、確かに僕もベリルの顔に抱きついたような気がする」

「出会い直後って、立て続けに色んな事が起こるから、今から思えば当時の記憶って結構曖昧だよな」

「確かに」

 苦笑いする三人を見て、ティミーの出会いの時はどんな風に見えたのか今度聞こうと密かに楽しみにしているレイだった。

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