ニーカの想いと戸惑い
ティミーと話すマイリーの言葉を、ニーカは黙って真剣に聞いていた。
そして改めて考えてみる。
もしも、もしももう一度あの戦場へ出なければならなくなったとしたら……果たして自分に出来るだろうか?
少し視線を落として、マイリーの補助具を見つめながら頭の中で必死になって考える。
「ねえ、マイリー様、一つお聞きしてもいいですか?」
意を決したように顔を上げたニーカが、不安気にマイリーを見上げてそう質問する。
「ああ、もちろん構わないよ。なんでも遠慮無く聞いてくれ。もしかしたら質問によっては、今すぐには答えられない事もあるかもしれないがね」
驚いたマイリーが、それでも正面からニーカに向き直ってそう答えてくれた。
「あの、もしも……もしも私があの時、竜騎士になりますって、そう言っていたら……私も、レイルズがしているみたいな、武器を持って戦う訓練をしたりしたんですか?」
驚いたマイリーがルークと顔を見合わせる。二人は無言で頷き合い、改めてニーカに向き直った。
「もちろんそうなっただろうね、実際にそれが出来るかどうかはまた別の問題だが。もしもあの時、君やジャスミンが、竜騎士になると、もしもそう答えていたら……ずいぶんと辛い事になっていただろうね。言ったようにマルチェロのような例がある。だから、今後は男性だから、女性だからとは考えずに、個人の適性を慎重に見定めるべきだと考えているんだよ。もちろん、どんな形であれ自分に与えられた役割を精一杯頑張ってくれるのなら、それで充分だよ」
「私……」
ニーカは小さくそう呟いて両手を握りしめた。
そして、気がついた時には口を開いて話し始めていた。
その時の彼女の脳裏を埋め尽くしていたのは、あの彼女の全てを変えるきっかけとなった国境での戦いだった。
「私、あの時国境の戦いで、生まれて初めて、武器を持って本気で殺し合う人達を見たわ。怖かった。怖かった。だけど、何もしないで帰ったらどんな目に合うか考えたら……もっと怖かった」
突然始まったニーカの独白を、一人だけ何も知らなかったティミーが目をまん丸にして見つめている。
それ以外の全員は、黙ってニーカを見つめていた。
「ごめんね、後で説明するからちょっとだけ黙って聞いていてあげてくれる」
レイが、口を開こうとしたティミーに気付いてそっと身を乗り出して、ニーカ越しに彼の耳元に口を寄せて小さな声でそう言うと、ティミーは真剣な顔でレイを見上げて黙って頷いた。
「怖くて当然だ。いくら竜の主になったとは言え、戦闘訓練どころか精霊魔法の何たるかも知らないあんなにも小さな竜と少女を、丸腰で戦場に出すなんてそもそも論外だよ。君は間違っていない」
真剣なマイリーの言葉に、震えながらもニーカが小さく頷く。
ティミーとジャスミンも、マイリーとニーカの話を真剣な顔で聞き入っていた。
ニーカがクロサイトの背からヴィゴの攻撃によって叩き落とされた、あの国境の砦での戦いの時、彼女は一般兵の軍服を着てはいたが、乗っていたクロサイトの背には鞍も手綱も無く、細い縄が首に一本括り付けられていただけだったのだ。
そして騎手であるニーカの腰には、竜の主にとっては自分の分身と言えるはずのミスリルの剣どころか、鉄のナイフの一本すらも帯びてはいなかったのだ。
それはタガルノが、竜の主である彼女の身分と命をいかに軽く見て扱っていたかの証明でもあった。
少なくとも過去にいたタガルノの竜の主は皆軍人だったので、そこまで粗略に扱われてはいなかったはずだ。
過去の資料には、捕らえた竜の主がミスリルの剣を装備していたとの記録もあるが、少なくともマイリーが知る限り、わずか数名だがタガルノの竜の主がミスリルの剣を装備していた記憶は無い。
それは、いかに今のタガルノが国として貧しく困窮していたかの証にもなっている。
「大丈夫だ。ここには君を無理矢理に戦場へ行かせるような事を考える奴はいないよ。安心して、聖なる結界に守られた安全な場所でしっかりと学びなさい」
「ありがとうございます……でも、私はタガルノをどうしても嫌いにはなれない。あんなにも酷い事ばっかりあった所なのに、スマイリーと出会えただけで……それだけで全部どうでも良くなるくらいに私……そんな風に考える自分が嫌。この国にどれだけのものを頂いたのか考えたら、何を返せば良いのか分からないくらいの御恩があるのに、私は自分の事ばかり考えてる。あの戦場へ行かなくて良いって言ってもらえたのに、安全な場所でスマイリーの側にいられる代わりに、何も返せない……」
「それは当然の事だよ。竜の主にとって、自分の竜が一番だからね。他の何かと比べようなんて考えは捨てなさい。そもそも比べられるようなものじゃあないよ」
聞いていたアルス皇子の言葉に、竜騎士達全員が頷く。
「でも……」
「では、一つ尋ねよう。まだ幼いクロサイトと君にとって、今一番しなければならない大切な事が何か分かるかい?」
言い聞かせるようなアルス皇子の優しい声に、泣きそうな顔でニーカが首を振る。
「それは大きくなる事だ。そして学ぶ事だよ。子供の一番大切な役割は、しっかり食べてよく眠り、よく学び、そしてよく遊んで大きく育つ事だ。助けられた恩を感じ、何かをこの国に返そうと少しでもそう考えてくれているのなら、今は言ったように、学び、成長する事が自分に与えられた役割だと思っていればいい。そしてしっかりと学んで成長すれば、自ずと自分に何が出来るか、そして何が出来ないかが見えて来るよ。分かるかい、それを判断出来るようにするためには多くの知識や経験が必要なんだ。だから今の君に必要なのは、文字通り学びの時間なんだよ」
「良いんですか。そんな……」
縋るような目で自分を見つめるニーカに、立ち上がってすぐ側に来たアルス皇子はそっと彼女の手を取った。
「ああ、それで良い。以前も言ったね。この手に守り刀以外の剣を持たせるつもりはないよ。心配しなくて良い」
「ありがとございます、ありがとう、ござい、ます……」
握られたその手に深々と頭を下げて、額に押し頂くようにして何度もお礼を言う。
「難しく考えなくても良いよ。そういう難しい事は、我々に任せておきなさい」
笑ったアルス皇子に肩を叩かれて、ようやくニーカも笑顔で顔を上げた。
「すみません、何だか自分でも自分の気持ちがよく分からなくて……」
気持ちの昂るままに思いつくままに話したので、ニーカは自分のした事に戸惑っていた。
しかし、そんな彼女を誰も笑いも怒りもしない。
「構わない。今のように何か思う事があれば、いつでも遠慮無く話してくれれば良い。喜んで時間を作るよ」
もう一度笑顔でそう言ったアルス皇子は、隣で揃って真剣に自分を見つめるティミーとジャスミンを見た。
「君達にも今の言葉を贈ろう。今の君達に与えられた役割は、よく学び、よく遊び、そして心身ともにしっかりと成長する事だよ。不安に思う事があれば、どうか遠慮せずに身近にいる誰でも良いから言っておくれ。必ず守るからね」
アルス皇子の言葉に、三人はその場に跪いて握った両手を額に当てて深々と頭を下げた。
「分かりました。今は出来るだけ沢山学び、そして頑張って大きくなります!」
無邪気なティミーの言葉に、ニーカとジャスミンも顔を上げて笑顔で頷く。
『そうだよ』
『僕達だって頑張っていっぱい学んでるんだからね』
『どっちがより多くの事を覚えられるか』
『競争だよニーカ』
得意気に胸を張ったクロサイトの使いのシルフの言葉にニーカだけで無く、それを聞いたその場にいた全員が笑顔になる。
レイも何だか胸がいっぱいになり、自分の右肩に座ったブルーのシルフに何度も何度もキスを贈っていたのだった。
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