それぞれの事情
「はあ、夢のようだったわ。まだ手が震えているわ」
小さなため息を吐いて一番最初に復活したのはジャスミンだった。
自分の膝の上に座って、心配そうに見上げているルチルの使いのシルフをそっと撫でる。
その様子に、見ていた竜騎士達は揃って笑顔になる。
「あの、この後ってニーカやティミーはどうするんですか? 二人とも本部に引っ越しですか?」
レイは、まだ緊張したまま固まっているニーカの背中を撫でてやりながら、向かい側のソファーに座ったルークに質問した。
儀式が終わった時から、一番気になっていたのはニーカの事だ。
神殿で今まで通りに寝起きをして、そのままお務めをしても良いのだろうか?
それとも、カウリがそうだったように、もうこのままジャスミンと同じ階にすぐに引っ越してくるのだろうか?
もしそうなら、仲良しのクラウディアと急に別れる事になるのは可哀想だ。
ジャスミンだって、竜騎士隊の本部に引っ越して来ていて部屋はあるが、月の半分以上はまだ見習い巫女として女神の神殿で他の巫女達と寝食を共にしている。習わなければならない事は、まだまだ山のようにあると言っていたし、それに一人っ子であり貴族の生活しか知らなかった彼女にとって、神殿での生活は何もかもが未知の場で、大変だけれど共同生活はとても楽しいのだと聞いた事がある。
レイの疑問に答えてくれたのは、ルークの横に座っていたマイリーだった。
「ニーカはまだ神殿側と調整中の部分もあるが、ティミーもニーカも、少なくともカウリの時のように今すぐに移動させるような事にはならないだろうね」
「そうなんですか?」
「だけどまあ、いずれにしても、近いうちには二人にはこっちへ来てもらう事になるだろうね」
今回の儀式により、ニーカやジャスミン、そしてティミーの顔が貴族達に知られてしまった。
もうこうなると、ニーカやジャスミンは今までと同じようには神殿での勤めは果たせなくなるだろう。
普段は裏方に徹してもらうにしても、公式の祭事の時などには出ないわけにはいかない。
精霊達には守らせるが、邪な思いを抱く悪意を持った者が、彼女達に何らかの伝手を使って身辺に手を伸ばさないとも限らない。
彼女達の身の安全を図る為にも、本来ならば今すぐにでも竜騎士隊の本部に来てもらうのが一番なのだ。
「しかし、ここへ来たところで彼女達の当分の間の仕事場は神殿な訳で、通いで神殿に行くとなると、逆にそっちの方が人目に付くことになるからなあ」
ルークの言葉に、マイリーも苦笑いしながら頷いている。
「なので、当分の間は俺達から護衛役のシルフ達をつけて、それからジャスミンと一緒にいるケイティのような女性の護衛の兵士をニーカにも付けてもらう予定だよ。それで、そのまま神殿で今まで通りに過ごしてもらう方向で調整中だ。まあ、普段の日常業務はある程度人目につかない裏方中心でお願いする事になるだろうけれどな」
マイリーの説明に、レイは感心したように頷いた。
「じゃあティミーはどうするんですか?」
「そっちはまあ、お母上と話をしてからだな」
真剣な顔で自分を見つめていたティミーに、マイリーは小さく笑って向き直った。
「ティミーはどうしたい? いずれはここに来てもらわなければならないけれども、もう少しお母上と一緒にいたいと言うのなら、まだしばらくの猶予はある」
戸惑うように、視線をあちこちに彷徨わせたティミーだったが、一つ大きく深呼吸をしてからマイリーに向き直った。
「僕、まだお母上と離れたくありません。お父上を亡くしてから、ずっと無理をなさって大変な思いをしてこられたんです。最近やっとお友達と一緒にお茶を飲んだり、僕と一緒に食事をしているときにも笑ってくれるようになったんです。その、だから……」
レイルズが、竜騎士見習いとして挨拶に行った時の一部始終を報告で聞いているマイリーは、大きく頷いた。
「君の気持ちは了解した。この後お母上と詳しくお話をする予定だからお母上のお気持ちも聞いて、君の今後についても詳しい予定を立てる事にするよ。安心していなさい、無理な事はさせない。しかし、これから先は厳しい戦闘訓練などもある。もしもどうしても、どうしても自分には無理だと思う事があれば、その時は遠慮無く言って欲しい。良いね、約束だ」
「でも、男性は竜騎士に、女性は竜司祭になるのでしょう? 無理でもやらないと駄目じゃないんですか?」
驚くティミーの言葉に、マイリーはアルス皇子と顔を見合わせた。
「男性は竜騎士に、女性は竜司祭に。これはあくまでも一つの例に過ぎない。例えば現役の軍人の女性がもしも竜の主になったとすれば、それはほぼ間違いなく男性と変わらない即戦力となるだろう。この場合は女性だが竜騎士となるだろうな」
マイリーの説明に、ティミーだけでなくニーカやジャスミンまでがポカンと口を開けてマイリーを見つめていた。
「逆に男性でも、身体が弱く無理をして鍛えてもどうにもならない場合もある。凄惨な実戦の場に出られるかどうかは、性格的な部分だってあるだろう。マルチェロの例があるから、個人の適性は慎重に見定める必要があると我々は考えている。もちろん、頑張れるのならそれに越した事は無い。大丈夫だよ。進む先がどうであれ、我々は全力で応援するだけだよ」
その言葉を聞いたティミーの目から、堪えきれない涙がこぼれ落ちる。
「何だか、そんな風に言っていただけたら急に気が楽になりました。僕、何がなんでも強くて立派な竜騎士様にならなきゃ駄目だって、そう思っていたから……だけど、もしも本当に駄目だと思ったら、そう言っても良いんだって思ったら、何だか頑張れそうな気がしてきました」
泣きながら笑って顔を上げるティミーを、聞いていたレイは堪らなくなって横からしっかりと抱きしめた。
「大丈夫だよ。君にはターコイズって立派な伴侶の竜がいるんだから、どうか一人で抱え込まないでね。何か困った事があれば、いつでも話してくれて良いからね」
「はい、よろしくお願いします」
細い腕が抱きついていて、レイは笑ってティミーと額を突き合わせて、もう一度しっかりと細くて小さな体を抱きしめて笑い合った。
そんな二人を愛おし気に見つめていたターコイズの使いのシルフが、ティミーの頬と、それからレイの頬にもキスを贈るのを見て、笑ったブルーのシルフも二人の頬に順番にそっとキスを贈ったのだった。
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