風の流れ

「うわあ、何がどうなってるのか全然分からないよ!」

 オルダムの街の上空へ来たレイは、眼下に広がる入り組んだ複雑怪奇な街並みを見て悲鳴を上げた。

「改めてみると確かに凄いな。あの中で暮らしてる人には分かってるんだろうけど……それにしても凄いな」

 隣で並んだルークも、同じように街並みを見下ろして呆れ顔だ。

『ルーク様レイルズ様わざわざのお越し感謝します』

『工事を担当しますドワーフのタルパでございます』

 その時、二人の目の前にシルフが並んで座った。

『こちらでございます』

『噴水の横で旗を振っておるのが見えますでしょうか』

 そう言われて、二人が揃って眼下を見下ろして探す。


『こっちこっち』

『こっちだよ』


 すると、シルフ達が一斉にある箇所を指差して教えてくれた。

「あ、見つけた。噴水広場のところだね」

 レイの言葉にルークも下を見下ろして笑った。

 シルフ達が指差しているのは、入り組んだ街の中では比較的広い道路に設置された噴水のある円形広場で五本の通路が繋がっているがその角度も等分ではなく、またどの道も曲がりくねりながら街に広がっている。

 その噴水の横にある場所に、合計十人程の人達が集まっていて旗を振っている。側にはボナギル伯爵の姿も見ることが出来た。その横には小さいけれど机が置かれているのも見える。

 机の横で旗を持って振っている小柄な人が、ドワーフのタルパなのだろう。

 もちろん、その周りにも大勢の街の人達が集まっていて、いつもよりも低い位置を飛ぶ竜を何事かと揃って目をまん丸にして見上げていた。



「ご苦労様です。では早速始めますか?」

 ルークの言葉に、旗を持ったドワーフが上を見上げて大きく頷いた。

『街に旗を持ったドワーフがいるのが分かりますか?』

『全部で十名おります』

 その言葉に、二人ゆっくりと竜達を少し上昇させて街全体を見渡した。

「あ、黒壁の横に旗があるね」

「ああ、白壁のところにもいるな」

『旗のある箇所が』

『今回の工事の候補に考えている箇所でございます』

『いかがでございましょうか』

「なるほど。まずは工事のしやすい箇所をあらかじめ決めておき、その中から条件の合う場所をやってみようってわけだな。どうするラピス」

 振り返ったルークの言葉に、下を見下ろしたブルーは頷いてぐるりと街を見回した。

「やるなら、まずは黒壁だな。どれ、見てみるとするか」

 そう言ってゆっくりと旋回したブルーは黒壁の上へ向かった。ルークの乗るオパールもその後をついてくる。




 黒壁沿いに、ドワーフの一人が旗を持っている場所の上空に来て留まる。

「どうだ、風の流れが見えるか?」

 優しいブルーの言葉に驚き、レイは慌てて下を見下ろした。

 手招きしたシルフ達が、ドワーフが立っている横にある一本の道路を指差して笑っている。

 身を乗り出すようにして見下ろしていると、ある事に気がついた。

「あれ、確かになんて言うか……空気が動いてるのが見える気がするね」

 透明な波のようなものが、線状になって道沿いに流れているのが微かだが見える。

「見えたか。ではあっちはどうだ?」

 また別の、少し離れた別の広場に繋がる道路をシルフ達に指さされて上から覗き込む。

「ううん、よく分からないです」

 頑張って見てみたが、先程の道とは違って何も見えないように思う。

「それで良い。さっきの道はある程度は風の流れがあるが、こっちの道にはそれが無いのだよ。わかるか? それはつまりこっちの風が無い道の方が空気が澱んで止まっていると言う事だ」

「じゃあ、それを教えてあげれば良いんだね」

「待ちなさい。それだけでは駄目だ。風の流れを考えて開けた時にどうなるか考えねばな」

 笑ったブルーの言葉に、レイは目を瞬く。

「そっか、穴を開けるのは黒壁の何処かなわけで、空気が止まっている箇所に空気を通すように開けないと意味が無いんだよね?」

「意味が無いとまでは言わぬが、効率を考えれば開ける箇所はある程度限られるだろうな」

 笑ったブルーは黒壁を見た。



 すると、ブルーの合図で黒壁に飛んでいったシルフ達が不思議な動きを始めた。

 ある一箇所に集まりその箇所を叩くと、一気に先程の空気が澱んだ道路へと飛んで行った。そして戻ってくると、また別の箇所を叩く。しかし今度は、てんでばらばらに飛び回り始めた。

「ああ、分かった! 開けるなら最初の箇所って事だね。あそこに開ければ、さっきの空気が淀んだ道路に風が通るんだね!」

「成る程なあ。じゃあまずは第一候補だな」

 横で聞いていたルークが感心したようにそう言うと、背中に装備していた弓と矢を取り出した。

 矢には色のついたリボンが括られている。

「じゃあ、まずはここっと」

 そう言ってもう少し降下して城壁に近づくと、弓を引き絞って城壁に向かって矢を放った。

 風を切る音とともに、ものすごい速さで矢が飛んでいき見事に城壁に突き刺さったのだ。

 見ていた街の人達から、感心したようなどよめきと拍手が起こる。

「凄い! 石の城壁に突き刺さった!」

 感心して無邪気に拍手をするレイを見て、ルークが笑う。

「あれはやじりが特殊な合金で出来ているんだよ。なので城壁のような硬い石にも刺さるんだよ。まあ、普通は使わないな。砦や城の攻略の際に使われるような矢だぞ」

「そうなんですね。それに凄い速さだったね」

「上から打ち下ろしてるからだな。それに、これも普通は使わないような強弓だよ」

 笑って弦を弾いて見せてくれたが、確かに硬い金属音がするだけでたわむ事はなかった。

「うああ、僕には引けない弓かも」

 首を振るレイの言葉にルークは面白そうに笑っている。

「弓の訓練もかなり腕を上げてると聞いてるよ。今なら余裕で引けると思うけどな」

 それから、下にいるドワーフに先程の風の流れを報告してまた移動する。

 そんな風にして、合計五箇所、風の流れを確認しては城壁に矢を突き刺し、その日は終了になった。



 一仕事終えて城へ戻る時にも、街から大歓声と拍手に送られたレイは、嬉しくなって何度も下に向かって笑顔で手を振っていたのだった。

 そして翌日から早速、指定された城壁に穴を開ける作業が開始され、初夏のオルダムの街には賑やかなノミと槌の音が響き渡る事になるのだった。

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