神殿側の対応

「ええい、皇族を抱き込むとは卑怯な事を!」

 吐き捨てた大僧正の怒声に、会議に同席している神殿を統括する立場である上層部の上位の神官達が、一斉に飛び上がって肩を竦めて俯く。

 この件に出来る限り関わり合いになるまいとする事なかれ主義が垣間見え、更に苛立ちが募る大僧正の額に皺が寄る。

「おのれ……どうしてくれようこの始末……」

 イライラと指で机を絶え間なく叩きながら、吐き捨てるようにそう呟いた大僧正はそれっきり黙ってしまった。

 そんな彼を、周りの神官達は恐る恐る横目で見たっきり誰も言葉を発しようとはしない。

 彼らにとっても、この展開ははっきり言って予想外だったのだ。



 先日行われた夜会で、クラウディア達が舞いを舞う事は大僧正も聞き及んでいた。

 オリヴェル王子を始めオルベラートの貴族達も大勢参加している夜会にクラウディアを行かせる事は、彼女の将来への布石でもあったのだ。ディレント公爵の後見を得て、さらにはティア妃殿下との親交も深まったと聞いている。そんな彼女に更なる繋がりを期待しての事だったのだ。

 しかし、蓋を開けてみればそのティア妃殿下の行動により、あの竜騎士隊の見習いと彼女が、ティア妃殿下とまさかの共演。そんな予定は聞いていない。

 しかし、そんな神殿側の言い分は全く意味をなさない。

 あの夜会の一件により、皇族側があの二人の恋を全面的に応援しているという立場を明確にしたのだ。これでもう、彼女とあの若造との恋を神殿側があからさまに邪魔する事は出来なくなったと思っていい。

 さすがの大僧正であっても、たかが一人の巫女の為に皇族と正面切って対立する気は無いからだ。

「して、この件如何なさいますか?」

 不安そうなその言葉に、大僧正はもうこれ以上無いくらいのため息を吐く。

 イライラして何かに八つ当たりしそうになるが、さすがにこれだけの神官達がいる場所では、立場上そんな軽率な事は出来ない。

「しかし、彼女を手放すのは神殿にとっては大いなる損失となる」

 苦虫を噛み潰したようなその言葉に、あちこちから密かな同意の声が漏れる。

「では逆に、代わりになる様なものをお求めになられるのは如何でしょうか?」

「代わり?」

「はい、例えば神殿の改築に関する国庫からの負担金の増額。或いは、人員の増員や援助金の増額など……」

「その様なあからさまな真似が出来るものか!」

 思いきり机に手を叩きつけ、響き渡った大きな音にまた神官達が飛び上がって肩を竦めて一斉に俯く。



 何故、こちらの思い通りに動いてくれぬのだ。

 苦々しい思いと共に、また大きなため息を吐く。



 ただの巫女如き、はっきり言っていざとなればどうとでも出来ると思っていた。

 しかし、巫女本人にも釘を刺していた筈なのに、二人の中はどんどん親密になっていき、周りの貴族達までが横から口を出し始めている。

 更には竜騎士隊からニーカだけでなくクラウディアも本部のエイベル様の像の掃除に寄越す様にとの依頼。あからさまに反対する理由も無かったために許可したが、結果として彼女はあの若造だけでなく他の竜騎士隊の者達とも親密になっていると聞く。

 しかも、突然のディレント公爵からの後見の申し出。

 これで、公爵を神殿側に引き入れられたと密かに狂喜乱舞する上層部をよそに、当の公爵は全く神殿側の思惑通りには動いてはくれない。

 それどころか、彼女をあの若造が主催する勉強会に参加させるので外泊させるとまで言い出す始末だ。

 お前は一体どっちの味方なのだと、正面切って怒鳴りそうになるのを必死で我慢しているくらいだ。



 彼らは皆、自分達の立場でしか物事を考えていない。

 クラウディアは神殿の巫女で、ディレント公爵がその後見人になったのならば、彼は神殿の為に働くはずだと考えて疑いもしない。

 それは、神殿内という狭い世界でしか通用しない考えなのだと言う事を彼らは全く理解していないのだ。

 気まずい沈黙が会議室を覆う。



 その時、それまで黙って見ていたフォーレイド神官が手を挙げた

「ここまで皇族側が彼女の味方についたと立場を明確にした以上、こちらとしても全くの無反応でいる事は少々不味いかと思われます」

「そのような事、言われずとも分かっておるわ!」

 苛立ちを隠そうともせず、また机を力一杯叩く。

 響き渡る大きな音に眉を寄せたフォーレイド神官は、わざとらしいため息を吐いた。

「この際、これ以上彼女に固執する事は、神殿側としても害こそあっても利は全く無いかと思われますね」

「ではどうしろと? はいどうぞと、丸ごとリボンで包んであの若造の前に差し出すか?」

 嘲るようなその言い方にまた無言で眉を寄せたフォーレイド神官は、ゆっくりと立ち上がって会議室に座る面々を見渡す。そして話しながらゆっくりと歩き始めた。



「神殿にとって、どうする事が一番の利となるかをお考えください。もしもここで神殿側が二人の仲についてあからさまに反対すれば、おそらく皇室側から還俗させろとの申し入れという名の命令があるでしょう。そうなってしまってはもう逃げられません」

 その言葉に、会議に参加している神官達が動揺するように騒めく。

 皇王の名前で、もしも彼女を正式に還俗させろと申し入れをされたら、それは命令と大差ないものとなる。そうなってしまったら、神殿側としては従う以外には無い。

「では、金の卵を易々と手放すと申すか?」

「ここまで己の恋の為に騒動を起こし、貴族どころか皇室さえも巻き込んで己にとって有利になるように図ろうとする彼女が、果たしてこれから先、神殿内部に留めたとしてこちらの思惑通りに動くでしょうか?」

 わざと、彼女が今回の騒ぎを引き出したかのような言い方をする。

「其方、何が言いたい?」

 睨みつける大僧正の射抜くような視線に怯みもせず。フォーレイド神官はにんまりと笑って見せた。

「ここは無駄に彼女に執着せず、皇族側に対し明らかにこちらが譲歩したという事実を残すべきです。いわば恩を売っておくわけです」

 すぐ側へ来て話すフォーレイド神官の言葉に、あちこちから感心したようなどよめきがもれる。

「では、還俗を認めよと申すか」

「お待ちください。そもそも、いきなりそこまで話が飛ぶ事も、事態を混乱させている一因かと」

 ゆっくりと近寄ってくるフォーレイド神官の言葉に、大僧正が眉を寄せる。

「竜騎士隊側の反応を見る限り、少なくとも今現在、二人の間をいきなり進展させるかのような考えはありません。ある意味、幼い初恋を微笑ましく見守っているようなものです」

「幼い初恋と申すか」

「はい、ですから今はある程度の自由は認め、こちらが譲歩しているのだという立場を明確にして皇族側や竜騎士隊に恩を売り、いざ本当にその時が来たならば、その際には、先程のラディ神官殿が仰られたように、国庫からだけでなく竜騎士隊からも然るべき支援を堂々といただきましょう。大事な巫女を引き抜こうというのですから、それ相応の対応をお願いするのは当然の事でございましょう」

 あちこちから感心したような声が漏れる。



 大僧正でさえも、その言葉に考え込んでしまった。



 しかも、しばらくの後に同じようににんまりと顔を上げて彼を見た。

「あい分かった。今回の一件、確かにフォーレイド正一位高等神官の言う事にも一理ある。では、こうしよう。今まで通りに神殿側としても二人の恋を邪魔はせぬ。しかし巫女である以上当然だが、神殿としてもあからさまな男女の行為は否定する。節度を持った付き合いをする限り反対はせぬ。これで良いか?」

「良きお考えかと存じます」

 深々と頭を下げたフォーレイド神官は、しばらくしてゆっくりと席に戻って座った。


 明らかにこの場を完全に支配して思い通りに話を持っていったフォーレイド神官は、内心で安堵のため息を漏らしていた。

「マイリー、一つ貸しにしておくぞ。あとはよろしくな」

 小さくそう呟いたその言葉は、しかし誰の耳にも届かないままに消えていったのだった。



 会議が始まった時から机に置かれた燭台に座っていたブルーのシルフとクロサイトのシルフは、フォーレイド神官の思い通りに進んだ話し合いに、満足そうに頷きあっていた。

 そしてその隣では、ルビーの使いのシルフまでが、面白そうに頷きながら、会議室に集まった神官達を眺めていたのだった。

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